呪縛と刻印 2





 レイムという吟遊詩人にあった、その日の夜。
 はどうにも、胸のあたりが気持ち悪くて眠れずにいた。
 ‥‥胸‥‥だろうか。
 さっきから、体中に空気がまとわりついているような気がする。
 お風呂に入っても、決してぬぐえない気持ち悪さ。
「‥‥うぅ‥‥なんかへンなんだよねぇ‥‥。」
 寒気も同時に感じてしまい、体をさすってみる。
「‥‥なんかヤダー!」
「なに吼えてるんだよ。」
「バルレル!!何なに人の部屋に勝手に入ってるのよ。」
 エッチ変態ーー!!と枕を投げるが、バルレルは難なくそれを避ける。
「誰がエッチだ!俺はな、テメェがなんか変な気配しょってるから、気になって来てみただけだ!」
 変な気配‥‥?
 確かに、気持ち悪い感じではあるが‥‥。
 それ以外に、別段変な所はない。
「お前平気なのか?」
「別に‥‥ちょっと気持ち悪いけど。」
「お‥‥おいっ!?」
「え?」
 バルレルがを指さして、驚愕の瞳を向ける。
 それもそのはず、の周囲に、薄黒い雲のようなものが集まり、次第に彼女の周りに集中し始めた。
 雲は黒から紫色に変わり、完全に彼女の姿を覆い隠す。
「な‥‥なによこれっ!?」
「お、おいニンゲン!?」
 どこか、遠くへ引っ張られるような。一度、体験している感覚だった。
 リィンバウムに来た時と、酷似する感覚。
 そう認識する間に、バルレルの視界からが消えうせた。
 紫色の余韻を残したまま‥‥。
 バルレルは、慌てて魔力の残骸を追って、走り出した。

 一方、はというと‥‥。
「った‥‥。」
 空中から放り投げ出されたような状態で、したたかに尻餅をつく。
 何が起こったのか全く判らない。
 周りを見ると、月の光りに照らされて、外だという事と、どこかの森だという事だけは判る。
 しかし、また何処かに召喚されたのだろうか。
 リィンバウムとは別の世界?
 だが、風の匂いや月の大きさから考えて、リィンバウムの何処かである事は、間違いないように思える。
 パジャマのままだったので、少し肌寒さを感じた。
「‥‥まあ、リィンバウムだし、何が起こっても不思議じゃないしね。」
 体をさすって少し暖め、立ち上がって土ぼこりをはたく。
 どちらに行こうかと前後を見るが‥‥、道らしき道は見えない。
 うっそうとした森の中に、放り出されてしまったようだ。
 どうしようかと考えていると、目の前にいきなり変な人物が現れた。
 ‥‥召喚師?
 暗闇と月光の明暗で、元々白いのだろう顔が、更に青白く見える。
 初対面の人に対して失礼ではあるが、は気味が悪いと思った。
「あの、スミマセン‥‥。」
「‥‥‥‥。」
 男は、答えない。
 この状況で、彼が普通の人間だとはいい難く思える。
 もしかしたら、勝手に連れてきた張本人かもしれない。
 そう思うと、油断しきっているのは危険だと判断し、少しばかり体を緊張させる。
「‥‥‥‥。」
 先程から、男は小さな声でなにかをブツブツ呟いているが、なにを言っているのかまでは聞き取れない。
 聞き取れれば、こんな状況でなければ、あるいは回避できたかもしれないのに。
「‥‥‥‥縛せよ‥‥。」
「ねぇ、ちょっと‥‥。」
「‥‥の‥‥て‥‥。」
「?」
「封じ戒め呪われよ。」
「っきゃぁっ!」
 男が最後の言葉と共に、右手を振りかざすと、その手から、なにかが彼女の中に侵入した。
 特に、右手に、熱いような冷たいような感覚が与えられ、痛みを感じてその手を左手でつかむ。
「なに‥‥なんなのよっ!」
 異常な感覚が治まった時、はそっと掴んでいた左手を外した。
 今までは何もなく、普通の肌だったその右手の甲に、なにか、文字‥‥いや、絵のようなものが浮き出している。
 まじまじ見ていると、男がを嘲笑する。
「これで、お前は無力になった。」
「‥‥どういう事よ。」
「自分で気付かぬはずはないだろう?」
 うるさい、と心の中で怒る。
 そう、自分でもとっくに気付いていた。
 力が、入らない。
 別に手足の力が入らない、という訳ではない。
 魔力‥‥要するに、召喚術を使える気が全くしない。
 今まで、こんな事一度もなかったのに。
 原因があるとすれば‥‥目の前の男の唱えた呪文だけだ。
「あんた、何者?」
「我が名はガレアノ。お前のその力がある方にとって邪魔だったのでな、悪いが封じさせてもらった。」
 なかなか骨の折れる作業ではあったが、と事も無げに言うガレアノ。
 信じられない思いで、は己の手の甲を見る。
 とりあえず、目の前にいるガレアノという男は、自分にとっては害を成す存在だと認め、しかも‥‥雰囲気から人間ではないことに気付き、サモナイト石から意識を集め攻撃した。
 ちょっと卑怯かもしれないが、先手必勝というやつだ。
「エヴィルクエイク!」
 召喚術は、発動した。
 だが、召喚獣は出て来ず、右手の甲が紫色の光りを発しただけで変化がない。
 発した言葉だけが、虚しく風に流れる。
 ―――これは、普通じゃない。
「そんな‥‥。」
「無駄だ、封じたと言っただろう。自分では決して外せない。かといって、名の知れた術者でも、そうそう解除できないだろう。」
「どういうつもりでこんな‥‥!」
「お前が、邪魔だからだ。」
 勝手な。
 大体、なにも邪魔していないというのに、なにをどう邪魔すればいいというのか。
 存在自体が邪魔と言われたら、どうしようもない。
「あの方が必要だという時まで、せいぜい”人間”を楽しむがいい。」
「あの方って誰よ!」
「お前が知る必要はない。‥‥あぁそうだ、この辺に魔物を配置しておいた。訓練相手にでもするんだな。」
 召喚獣も呼び出せないのに、魔物!?
 体1つで戦うとしても、武器も何も持ってはいない。
 大体、どちらがゼラム方面なのかも、さっぱり判らないのだから‥‥。
「ちょ‥‥‥‥消えた。」
 ガレアノという男は、一瞬目を離した隙に、掻き消えていた。
 は、どうしようかと悩むが‥‥。
 余り、ゆっくり悩んでいる時間も、与えてはくれないようだ。
 背後には、その配置しておいた魔物が、爪を彼女の背中に振り下ろそうとしていたから。
 すんでの所で避ける。
 もう、悩んでいる暇はなかった。
 カンに任せて、走り出す。
 魔物は、一体から、二体に増えていた。
 剣なんて、高級なものでなくていい。
 とにかく、なにか‥‥そう、戦えるものが欲しい。
 は、二体の魔物から間合いを取って、割合太そうな棒っきれを拾って、また走り出す。
 自分の身に起きた異常を感じつつ、彼女は走るしかなかった。



さーっぱり。完全オリジナル。しかもまた続く‥‥あぅ、スミマセン。
変化球過ぎてどうしようもないですね;
えと、まだこんなんが続きます。次回、バルレルが出てくる‥‥ハズ。
ちなみに。女主のサモナイト石はちょっといじってありまして。
ペンダントや剣、指輪なんかに装着されております。パジャマ姿でなんで召喚できたかって、
ペンダント(ネックレス)に石がついていたからであります。‥‥と言う事にしておいて下さい;;
本当は、もっとデッカイんでしょうけど、石。

2002・4・13

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