紅 の護衛召喚獣であるバルレルが不機嫌なのは、今に始まった事ではない。 『酒を飲むな』と言われて不機嫌になり、『女の子を威圧するな』と言われて不機嫌になり、『戦闘でむやみやたらに相手を滅多打ちにするな』と言われて不機嫌になり、『子ども扱いするなと言われても外見子供だし』と言われて不機嫌に…以下延々と続く。 要するに、彼は非常に不機嫌になりやすい。 そして特に不機嫌になるのは、召喚主――護衛する対象であるに、何かしらの関わりがある時。 今回もそれに当たる。 「うんうん、いい感じ」 いつも元気なトリスの声。 「そうかなぁ……」 ちょっとだけ不安気なの声。 「いいんじゃないか?」 事実をとつとつと言っているという感じのネスティ。 その場にいるマグナは、不思議と何も言わない。 微妙にテレているだけだ。 そこへ降ってきたのは、いつも以上に不機嫌な彼の声。 「……何してんだテメェら」 不機嫌。 朝ご飯を寝坊して食い損ねたという所から来ているだろうその不機嫌さは、仲間に囲まれていたの姿を見た途端、これまで以上の不機嫌さに取って代わる。 その視線の先は、の口唇。 トリスがそれに気づき、バルレルの不機嫌もなんのその。 笑顔で彼に教えてやる。 「えへへー、可愛いでしょ。マグナお兄ちゃんがね、に買って来たんだよ」 「凄く似合いますよね」 バルレルに同意を求めるアメル。 しかし彼はむすっとした顔のまま、を見ていた。 彼女は微妙に居心地が悪そうに、周りを見ている。 その口唇には、薄くだが紅(べに)が引いてあった。 赤い色。 それが、マグナの買ってきたものだという。 ……明確に渡す人物を想定して買って来たのだろう。 バルレル自身はに赤が似合うとは思わないが、マグナが買って来たそれは、赤い中に微妙にオレンジ色を含んでいる。 腹が立つ事に、それはにそれなりに似合っていた。 「ねえねえ、似合うよね!」 トリス、不機嫌MAX状態のバルレルに恐れもせず笑顔で同意を求める。 強い。 アメルの次ぐらいに。 「………別に」 ふん、と横を向きながら鼻を鳴らす。 やっぱり不機嫌だ。 は立ち上がると、バルレルを覗き込む。 「ねえ、なに物凄い不機嫌なの?」 「……うっせぇ」 「うるさくてもいいから」 引かない。 こういう所はさすが召喚主。 ネスティは苦笑いしながら、問題提起者であるマグナを見た。 彼はなんとも言えない複雑な顔で、とバルレルを見ている。 そもそも彼は、に振り向いて欲しくて――というか、少しでも好意を見せようと、普段は絶対に買わないような口紅なるものを手に取った。 それをこっそりプレゼントしようと思ったら、トリスに見つかり、アメルに見つかり、ついでにネスティに見つかって、結果としてこうなってしまい……。 「はぁ」 ため息しか出てこない。 そうこうしているうちに、バルレルはの口紅を、思い切りふき取っていた。 「あああ!!!」 トリスが怒り、 「あー」 アメルが残念がり、 「……」 ネスティが無言でマグナを見る。 マグナはマグナで、がっくりと肩を落としているだけ。 これでは、バルレルに勝てるはずもない。 はで激怒。 「ちょっとバルレル! 折角マグナが買ってきてくれたのに!!」 「うるせぇ! ちょっと来い!!」 言うが早いか、バルレルはを引っ張って外へ連れ出してしまった。 後に残るは呆然とした二組の男女。 そのうちの一人、ネスティがマグナにぽつりと言った。 「……マグナ」 「?」 「あれぐらい強引な方が、にはやりやすいかもしれないぞ」 「………」 返す言葉はなかった。 一方。引きずられていったはというと。 商店街の広場にぽつねんと取り残されていた。 「……ったく、バルレルってば…『ここで待て』とかいってさっさかどっか行っちゃうし」 ぶつくさと文句を言ってみても、その文句をいいたい一番の人間……じゃなかった悪魔は、帰って来る様子もなく。 仕方なく足をぷらぷらさせながらバルレルを待っていると、暫くして彼が何か小さなものを持って、不貞腐れながらも側に来た。 「バルレル?」 「ほらよ」 「??」 不思議がりながら、でも、ある種のカンで中身を予想しながら小袋を開けてみると――やはり。 「これ、買いに行ってたんだ」 袋の中に入っていたのは、キャップのついた小さな入れ物。 開けてみると、ピンク色の紅が入っていた。 やっぱり、と顔を上げると―― 「テメェにはな、赤よりオレンジよりピンクだ」 そっぽを向いたまま、そう言い放つ。 は『素直じゃないなぁ』と苦笑いしながら、それを小指に付け、薄く口唇に引いた。 バルレルの指の一本を引っ張り、振り向かせる。 「どぉ? 似合う??」 似合う、と素直に言わないタイプだと分かっていながら、わざと聞く。 バルレルはの顔をまじまじと見ると、いきなりそっぽを向き、 「……さっきよりマシだろ」 とだけ言った。顔は真っ赤。要は照れている。 そういう事。 「でも、マグナの口紅も綺麗だったよ?」 「………つけんな」 「何で」 「つけんなっつったらつけんな」 「ヤキモチなら素直にそう言えばいいのに」 素直に言えないからヤキモチなのでは。 ネスティがいたら、きっとそう言うだろう。 「……ありがとね、バルレル。大事に使う」 「あんま化粧すんなよ」 男が今以上に寄ってくるから。とは言わない。 結局、マグナがプレゼントしたものもバルレルがプレゼントしたものも、余り使う機会はなかったので、減りは非常に遅かったりする。 なぜなら、は化粧が余り好きではなかったし、戦闘中に化粧崩れを気にしていては、効率が悪いため、つけないからだったりする。 という訳で、今でもの道具入れには、二つの口紅が大事に保管されているのだった。 かなり前にやった、投票の結果御礼に考えてたバルレルのお話。 前もこんな感じのネタを使って書いたような気がしないでもない。 何だかんだと物凄く遅くなってしまって申し訳ありません;; 2004・1・16 back |