タコ


 船に戻ったたちは、何やら香ばしくていい匂いをかぎつけ、その匂いがする方へと近づいてみた。
 近づけば近づくほどにその香りはかぐわしい。
 懐かしいその匂いに吊られ、はその匂いの元へと駆ける。
 船の傍らで作業しているオウキーニ。
 作業台――鉄板――を見て、思わず嬉しくなる。
 にこにこしていくと、横合いからカイルが声をかけてきた。
「よう。食ってみろよ」
 は頷き、オウキーニに渡されたパックの中に鎮座しているそれを口に含んだ。
 ――おいしい。
「懐かしい味だぁ……」
 感涙ものである。
 外はカリカリ、中はふわふわなそれは、『たこ焼き』だ。
 日本で気軽に食べていたものは、リィンバウムで食すと感慨深いものがある。
 離れた所でレックスたちの驚いたような悲鳴が上がったが、そういえば彼らはタコが苦手だったなぁと頭の隅で思う。
 やって来たバルレルによると、食わず嫌いだと認めたようだが。

 1パック軽く食べてしまった
 まだ夕食までには時間があり、たこ焼きで少々膨れたお腹をこなすため、散歩しに出かけた。
 同行しようとするバルレルを、『考え事がるから』という理由で拒み、暁の丘へと向かう。
 別に丘が気に入っているわけではない。
 どちらかといえば、この島でのオルドレイクの初見の場であるから、いい思い出なんていうものは存在しない。
 それなのにここに足が向く理由は――自身への戒めのためかも知れなかった。
 己の愚かさをこれ以上なく発揮した場所だからこそ、自戒にもなろうってものだ。
 考え事があるとバルレルに言ったが、それは嘘ではない。
 真っ直ぐに彼に好きだと言われた、その事を考えたかった。
 船の中ではなかなか集中しにくい。
 ひとりで落ち着いて考え事をできる環境ではないからだ。
 部屋で静かにしていれば、レックスやアティ、ナップにウィルと、心配して部屋を訪ねてくる者がある。
 それはとても嬉しいのだけれど、口に出して相談するには少々はばかられる内容で。
 かといってどこかの集落では、それこそ邪魔になってしまうし。
 どこかに出向く必要があったのだった。

 好き、と、確かにバルレルはそう言った。
 いつもの冗談だろうと茶化してみても動じず、ただ真摯に好きだと――同じ言葉をもう一度言った。
 そのバルレルに、はその場で返事を出す事ができなかった。
 余りに唐突で――否、
「……考えてみれば、全然唐突なんかじゃなかったなあ」
 ぺたんとその場に座り込み、空を仰いで息を吐いた。
 ほんのり夕暮れ色に染まり始まった上空は、の息を受け止めてゆく。
 今まで散々文句を言われながらも、確かに護られてきた。
 キスだって(大抵は抜き差しならぬ問題下でだが)何度もされている。
 護衛召喚獣だから護るんだと言われて鵜呑みにしてきたが、バルレルの『護る』は、契約の範疇を超えてすらいた。
 聖王都ゼラムを出た現時点で、とバルレル間の召喚契約は、その効力の殆どを失っている。
 枷を外してしまっているからこそ、彼は自分の意思のままに大小の変化を起こす事ができるのだ。
 ならば彼は、いつなんどきでも狂嵐の魔公子の姿に立ち戻り、自分の場所――サプレスへと戻る事ができる。
 戻れるのに戻らない。
 それが自分のためだったのだと、好きだと言われたと同時に告げられた気がした。
「――バルレル」
 小さく名を呟く。
 今では自分にとってなくてはならない人物で。
 彼の事は好きだ。
 そりゃあ召喚した当初は、物凄く生意気だったし、こんなので護衛召喚獣になるんだろうかと本気で訝ったものだけれど、今は違う。
 彼は無茶をする自分を大事にしてくれ、時には怒鳴り散らして、間違った方向へ行過ぎないように尽力してくれている。
 がサプレスの花嫁だと知って尚、彼はこちら側にいる。
 本来敵対する者にも関わらず。
 戻らないのはバルレルがリィンバウムを気にかけてくれているからだと――そう思っていた。
 知らず、足の間に深いため息を落とす。
「私……凄い鈍いんじゃ……」
 とはいえ、今、彼の想いに答えられるかどうかという問題になると……頭を抱えてしまう。
 今現在、バルレルの気持ちに応じでもしたら、とても弱くなってしまう自分がいる気がしていた。
 決して護られる事に慣れているわけじゃない。
 だからこの先も慣れてしまったりはしないだろうけれど、それでも。
 もうひとつ深く息の塊を転がした。
 丁度その時、背後に気配が現れ――声をかけてきた。

「随分と沈んでるみたいだね、


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かなりすっきり終わっちゃいました…、タコ話。更新とろくてホントすみません。
2005・9・20
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