ウィスタリアス



 カイルたちを最初に発見したのはバルレルだった。
 何をするでもなくただ2人、潮風に身を任せながら島の景色を見ていた際の事で。

「おい、あいつらどっか行くみたいだぞ」
「え、あいつら?」
 あそこだ、と示された道は遺跡への道順だったけれど、森に隠れてその『あいつら』は見えない。
 どういう目をしているんだと思うが、悪魔なので深く突っ込みを入れない事にする。
「遺跡に向かう道にいるって事は、当然遺跡に向かうんだろうけど……」
 けれどカイルたちがどうして遺跡へ?
 碧の賢帝、紅の暴君がなければ遺跡の機能を完全に停止させる事ができないのは、もう分かりきっているのに。
 レックスのシャルトスは折れて今現在修復作業中だろうし、紅の暴君に至ってはイスラの手の中だ。
 護人たちだけでどうこうできる物ではないのだし、だとしたら一体何をしに遺跡へ行くのだろう。
「あれって追いかけた方がいいのかなぁ?」
 バルレルに問いかけると、彼は暫く目を瞑っていたが――
「だろうな。あの遺跡ん中、無色のヤローどもがいるみたいだしな」
 ――無色。
 ぐ、と唇を噛む
「……平気かよ」
「――ん、大丈夫」
 まだ憎しみの全てが消えたわけじゃないが、それでも愚かな行為を、もう一度繰り返すほどバカではない。
 腰にある剣を確認し、バルレルに目配せする。
「行こう、みんなの所へ」

 遺跡に着いたとき、既にメンバーの大半は無色の攻撃を受けて、あちこちに傷を作っていた。
「みんな!」
……」
 口の端から流れている血を手の甲で拭い去りながら、カイルが立ち上がる。
 ヤードが召喚術を唱え、上空から光を一定区間に降り注がせる。
 聖母プラーマにより、全快とは行かないまでもそれなりに傷を癒したようだ。
「みんなして何してんの! レックスやアティには言ってないでしょ、これ!」
 もしこの行動が耳に届いているのなら、彼らは絶対について来たはずだ。
 剣を引き出し、傷ついた皆の前に出る。
 バルレルも同じように無色と対峙した。
 カイルが苦々しく言う。
「アイツらに任せっきりだったからな……こんな時ぐらい、俺らが動かなくてどうするよ」
 ソノラもそれに同意する。
「そうよ! 先生の笑顔をこれ以上曇らせるわけにはいかないもん!」
「分かるけどね」
 は苦笑し、正面の男――オルドレイクを睨みつけた。
 彼はほんの少し眉を寄せ、けれど直ぐに口の端を上げてニヤついた笑いを浮かべる。
「ほう、呪薬を使って使役したと思った女がこんな所にいるとはな。イスラの小僧に助けられたか」
「あれを助けたっていうのは、ちょーっと間違いな気がするけど。助けてくれたのは、レックスとバルレル。それからここにいるみんなよ」
「ふむ。ならばもう一度我への憎悪で――」
 ふ、とは笑む。
 目を瞬くカイルたち。
 以前、オルドレイクと対峙したときとまるで雰囲気が違う彼女に驚いているのだ。
 バルレルは槍を構え、彼女の様子に笑みを浮かべた。
 ――もう、本当に大丈夫らしい、と。
「悪いけど、バカをするのは一度こっきりで結構。ハッキリ言ってアンタは今でもこれ以上ないほどに嫌いだし、憎い。でも過去の自分の愚かさを理由にして、今のアンタに復讐するなんてのはもう止めんの」
「ふむ。だがお前は我に剣を向けておるではないか」
「そりゃね。コレは復讐じゃなくて、みんなに協力するって行為。――私の超個人的な憎しみのためじゃないからねー」
「そうか――」
 残念だ、と言い終らぬうちに、ツェリーヌがサプレスの召喚術を放ってきた。
 危ない――と叫ぶ仲間たちを尻目に、バルレルがを庇うように前に出、槍を大きく上に上げたかと思えば魔力を一気にぶった切った。
「ケッ。こんな低レベルな召喚の魔力なんざ、俺にもこいつにも通用しねえよ。やるなら本気でやりやがれ」
 かつんと床に槍を突く。
 はオルドレイクを見据えた。
「今なら逃がしてあげるけど?」
「くっ……傷さえなければ――!」
「残念ねー。今のアンタは手負い。現実見なきゃだめよ?」
 じゃき、と音を立てて剣を構え――走りこむ。
 ツェリーヌが助けに入ろうとするが、バルレルによって弾かれ、背中を地面に打ちつける。
「あなた!!」
 ぎゅ、と唇を噛み締め、は剣を横に凪ぐ――が。
 オルドレイクに切っ先が届く一瞬前に目の前に斬撃が繰り出され、慌ててそれを剣の腹で受けた。
 金属音と一緒に火花が散る。
 ぎゃりりと音を立てて剣を離し、距離を取った。
 たった一撃で手が痺れている。
 やはり物理攻撃は弱いなと思いながら、オルドレイクを守るように立っている男――ウィゼルを見やった。
「来ちゃったか……」
 無言のままのウィゼル。
 ほとんど同時にレックスとアティ、ナップにウィルが走ってきた。
「先生!」
 ソノラの嬉しい悲鳴にレックスが苦笑する。
「遅くなってごめん」
 現れたレックスたちに、オルドレイクは野卑な笑いを浮かべる。
「ほう。剣のない適格者のお出ましか……。悪いが貴様に用はない……我らが遺跡を確保する邪魔をするのなら、容赦なく屠らせてもらう」
 オルドレイクが放った強力な召喚術に、ヤードが防壁を張ろうとした。
 しかし――。
「な、なんだと!?」
 光が溢れて視界が一瞬消え去る。
 瞳を開けたときに見たのは、レックスの透き通るような蒼い剣。
 ウィルが嬉しそうに剣を紹介した。
「メイメイさん命名、始まりの蒼・ウィスタリアスです!」
 ……ちょっとギャグかしら、と思ったのは流しておく。
 それにしても、オルドレイクの驚きようったらない。
「信じられん……剣は砕けたはずだ……修復するなどという芸当が出来るのは……ウィゼル、キサマか! 我らを裏切るというのか!」
 轟々と非難するオルドレイクを一瞥し、彼は静かに言う。
 裏切るつもりなら、この場に立ってはいない、と。
 彼は彼の信念に基いて剣を作っただけの事で、それをどうこう言われる筋合いはないと言ってのけた。
 無色に長くいるタイプには思えず、は失笑する。
「これ以上好き勝手はさせない」
 静かなレックスの声に、オルドレイクは凶悪な気配をむき出しにし、無色の手下を引き連れて一気に攻撃を仕掛けてきた。

 ――手負いのオルドレイクはレックスによって、ウィゼルは主にカイルとアティに、そしてツェリーヌは生徒2人と、バルレルによって、そう長い時間をかけずに倒された。
 はオルドレイクに攻撃を仕掛けなかった。
 自分が出る幕ではないと思ったからだ。
 勿論、負けそうならば話は別だったのだが、新しい剣を得たレックスには負ける要素が微塵も感じられなかった。

 オルドレイクは苦々しく顔を歪めながら、ツェリーヌに助けられつつその場を後にした。
 それを見送る形で留まり、レックスたちも集落に戻る。
 は遺跡を見つめ、首を振った。
 自分を侵蝕しようとする赤い光には、もう惑わされない、と。


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剣復活のくだりですね。もうそろそろ終盤もいいとこです。
2005・7・26
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