バルレルは、リペア・センターの入り口付近の壁に背を預けて、レックスが痛みを堪えて走って行った方向を見据えていた。
「行かせてよかったの?」
 そっと傍に佇んだアティが問う。
 彼は静かに――長く息を吐き出した後、いつもの口調で言った。
「……アイツの覚悟をへし折る気はねェよ。がアイツを選んだなら、俺は俺なりにやるだけだ」
 そう言いながら夜空を仰いだ。
 内心の激情と葛藤を見せず――。



識り、彩り昇る 2



 今先ほどまでリペア・センターで眠っていたレックスが自分の目の前にいる事に、は酷く驚くと同時に心配になった。
 無理して立っていることは明らかで。
 大丈夫なのかと問いたい気持ちは大きかったけれど――それを己が口にしていいものだろうかと考えてしまう。
 彼の体に傷を負わせたのは、誰でもない自分なのだから。

 戸惑っているに、レックスがゆっくり歩いて近づいてきた。
 すぐ傍まで彼が来て――微笑んだ時、は知らず涙を零していた。
 微笑んでいる彼は自分が無色に捕まる以前と同じ笑顔でいる。
 それが――それがには酷く辛い事のように思えた。
 震える口唇で言葉を紡ぐ。
「ご……ごめ、ごめんな、さい……っ!」
……」
「ごめんなさい! 私……私は……!!」
 今更ながら、己のしでかした事に身体が打ち震える。
 自分優しくされたいのか、それとも怒って欲しいのかさえ分からない。
 己の本心すら分からないままに、レックスに謝る。
 自分が起こした事は明確だったから。
 しかしレックスはそんなの肩にゆっくりと触れ――
、いいんだ」
 優しく言った。
 はしっかりとレックスの顔を見る事が出来ず俯く。
「よくない……全然よくないよ……!」
 憎悪に呑み込まれ、みんなを……大好きな人たちを傷つけた。
 迷惑をかけた。
 レックスに手痛い傷を負わせた。
 叫ぶに彼はまったく変わらない優しい声で語りかける。
。誰にだって間違いはあるよ。……俺も間違った。剣は折れ、挙句、周りを拒絶した。ナップやウィル、アティ……バルレル。みんなが助けてくれた。だから今こうしてられる」
「……レックス」
「君は確かに憎しみで周りが見えなくなった。でも、それは間違いだって思ってるだろ?」
 だったら同じ間違いはしないはずだと――そう言う彼。
 しかし。
 はレックスの手を振り払って彼の目をしっかりと見た。
 そのまま自分の胸の内の暗い部分を見せるみたいに言葉を吐き出す。
「間違いだって分かってるし思ってる! でもっ、分かるの! 黒くてドロドロした感情が私の中にあるって! 頭では分かってても、アイツを見ると心が言うの!『アイツを許すな』って!!」
 黒い感情の破裂。
 とめどなく流れる涙が鬱陶しい。
 オルドレイクは大事な人たちを傷つけた。
 口を開けば正論とも言える言葉を吐くだけれど、
 自分自身が一番よく分かっている。
 そんなもの――本気の怒りの前には何もなくなってしまうのだと。
 最後の一線を押し留めるための理性を押し流すほど、淀んだ流れが彼女を蝕んでいる。
「大切な人たちが傷つけられた。オルドレイクのせいで……っ……!」
 ぎり、と奥歯を噛む。
 レックスは再度彼女の肩に手を触れ、ゆっくりと頷く。
「バルレルから少し話を聞いたよ」
 そうしてゆっくりの興奮が落ち着いたあたりを見計らって、先を進める。
、君は俺なんかよりずっとずっと優しい。君の憎しみは、他人が傷つけられたからこそ、そこにある」
 他人なんていうものじゃなくて、もっと大切な人たちだろうけど、とレックスは付け加え、更に話を進めた。
「君のその大切な人たちは、君がオルドレイクを倒す事を……望むかい?」
 本なんかでよく言われるセリフを、レックスは言う。
 そう言われてしまえば、答えは1つしか出てこない。
 は首を横に振った。
 どんな形であれど、フラットのみなは――ソルだって……多分今の状態のバノッサでさえ、そんな醜い復讐などという感情に則った行動を良しとしないだろう。
 本当は既に終わった事なのに、それにしがみ付いている。
「……あはは……最悪だわ、私……」
 はレックスの手の暖かさを感じながら、手で己の顔を覆った。
 本当に最悪だ。
 結局の所、自分は大事な人を傷つけられたという大義名分の下に、自分自身の力のなさを今になって復讐していたに過ぎない。
 <無色の派閥の乱>の際には、はサプレスの花嫁などという存在すら知らなかった。
 ただトウヤのオマケとしてリィンバウムに召喚され、悪戦苦闘して彼やフラットの皆にくっついているだけの娘だった。
 どうにかできる、最悪の状況なんて起こさせない。
 希望だけを見つめて戦い続けて、闇の部分なんて見もしなかった。
 ただ真っ直ぐ真っ直ぐ、道の先に見えているものだけを追い続けた結果、バノッサの命を自分自身が奪い取った。
 悪魔は追い返せた。
 酷い代償と共に。
 そうした当時の自分に対するあまりの無力感。
 それがいつしか全てオルドレイクへの憎悪に摩り替わって――。

 レックスは声もなく泣き続けるの肩をぎゅっと掴み、諭すみたいに言う。
「……心が荒れたら、その『望んでいない人たち』を思ってみるんだ。本当はどうするべきなのか、きっと見えるから」

 は静かに頷いた。
 いつか誰かに、自分が言った覚えがある言葉。
 それを噛み締めながら、何度も頷いた。

 人の心には誰にでも光と闇が共存している。
 その側面に気付き、対峙していくからこそ、人は人として存在できる。
 過去は過去。
 ここに来たのは、未来を変えるため。
 でも、それは自分の無力をあがなうためじゃない。
 後悔しないために、全力で走る。
 それが今一番大事なこと。

 小さく小さく微笑み、はレックスに
「ありがとう」
 そう、呟いた。




暫く振りの更新です。後半の展開が決まらなくてウジウジしてます;;
…バルレルファンごめんなさい。っていうかもうレックスファンもごめんなさい。
しっかりせな…

2005・2・8

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