識り、彩り昇る 1 殺せなかった。 殺せる訳ねえんだ。 どんなんだって、はなんだ。 俺の大事な、ホレたオンナなんだ。 簡単に殺せるはずない。 刺した感触が腕に残る。 肉の感触。 零れる血という命。 アイツを赤く染めたのは俺。 残るのは、後悔だけ。 涙が、零れる。 自分で刺したというのに。 生きていて欲しい。 命を止めてしまったなんて見たくない。 ネロフレアはが意識を掌握されるような事があれば、倒せと言った。 ……そんなこと、できっこねえのに。 結局俺は、誰が傷つこうともをこの世から消す事が出来ない。 悪魔のくせに、今まで散々だれかれ構わず傷つけてきたくせに。 ……だけは。 彼女だけは。 リペア・センター。 夜も夜半に入ろうという頃になって、の瞼が痙攣した。 硬いベッドの感覚を背中に感じながら、ここがリペア・センターで、自分はどうやらどこかに寝かされているらしいという事を認識する。 声を出そうとし、血の味が咽喉の奥からせり上がって来て眉をしかめた。 なんだというのだ。 体を起こそうと上半身に力を入れると、右のわき腹の辺りに激痛が走った。 その部分を見やれば、どうやら攻撃を受けた痕らしく、包帯が巻かれている。 リペア・センターの治療でか、血は止まっているようだけれど。 どうして、こんな物が? 自分は一体どうしたというのか。 混乱する思考を整理しようと、一つ一つを思い出していく。 無色の派閥総幹部、オルドレイク・セルボルト。 彼が目の前に現れて自分は逆上し、捕らえられた。 そこでレイエルという少女に世話になりながら、何日も過ごした。 ……ここまではいい。 世話をされている間に思考がまとまらなくなってきて……それはオルドレイクの指示した呪薬という物のせいで……。 ヘイゼルという女性――多分パッフェル――と会話して。 ウィゼルという男性に連れて行かれて。 オルドレイクが……。 イスラが……。 「――!」 突然にして思い浮かんだ一つの風景に、背中が寒くなる。 剣の刺さる、鈍い音。 バルレルの、みんなの叫び。 レックスの笑顔。 鋭い痛み。 赤。赤。赤。 自分の身に起きた事が、突然にして理解できた。 オルドレイクに利用され、操り人形と化した。 そしてそれをイスラが――利用したのだ。 ハイネルが以前言っていた事を思い出す。 『 ディエルゴという意識が割り込みをかけている。それを跳ね返すためには、とても強い想いや力が必要なんだ 』 そう、そしてそれを跳ね返せるだけの強い想いを、力を、持つ事ができなかった。 赤い光の衝撃はイスラの持つキルスレスと同様のもの。 ……イスラに操られ、そしてレックスを――みんなを――。 体よりも心が悲鳴を上げた。 どうなったのか……ちゃんと確認しなければ。 わき腹に感じる酷い痛みを無視して立ち上がると同時に、部屋の扉が開いた。 「さん!」 「アティ……」 アティはが立ち上がっているのを見やると、慌てて彼女に駆け寄った。 手に持っていた水差しをサイドテーブルに置くと声を荒げる。 「まだ寝ていないとダメですよ! 今さっき、やっと傷口を塞げたんですから!!」 「傷口ってことは……やっぱり私怪我してたんだね」 「はい……」 「レックスは……レックスはっ!」 「落ち着いてください! まだそんなに興奮しちゃ……」 荒れるはベッドに座らされ、アティが持ってきた水を注いで渡される。 ゆっくりと水を咽喉に流すと、身体の感覚がよりはっきりとした。 小さく息を吐き、アティの言葉を待つ。 彼女はほんの少し戸惑った後、意を決した表情で口を開いた。 「レックスに、会いますか?」 否と答えるはずもない。 その姿を見た瞬間に声がなくなる。 息を吸う事すら、一瞬忘れていた。 ベッドで死んだみたいに眠っているレックス。 胸に治療のための光を当てられている彼の顔色は酷く青白く見える。 アティが静かに告げた。 「さんが黒紫色の剣でレックスの胸を刺しました。幸いにして剣は短剣程度の長さになっていましたから、見た目ほど酷い怪我ではなかったみたいです」 しかし、治療器具の多さが物語る。 決して浅い傷ではなかったのだと。 「さんの方は、バルレル君の槍が背中側からわき腹への攻撃を仕掛けて……勿論、あなたを止めるためですけど……。彼が意識したのかどうかは分かりませんが、場所にしては、最低限度のダメージだったと思います」 「……そっか」 熱くて、痛む。 酷い疼きを保持している右わき腹で、それだけ加減されているというのだから、自分の攻撃を正面から胸に受けたレックスの痛みたるや、想像も付かない。 は震える声を必死にとどめて、アティに問う。 「……私は……オルドレイクに操られて、イスラにそれを利用されて、つまり――レックスを、みんなを危険に晒した。そうでしょう?」 返答はない。 「答えて、お願い!」 俯いたままで悲痛な響きを持つ声を絞り出す。 アティが静かに「はい」と答える。 「……お願い、レックスと2人だけにして。大丈夫、もう操られたりしてない」 「――分かりました。でもさんも無理はしないで下さいね。まだ本当は休んでいて欲しいぐらいなんですから」 「分かった……大丈夫」 静かにレックスの眠っているベッドに近づくに、アティはそれ以上何も言わずに治療室を立ち去った。 残されたはベッドのすぐ傍によると、彼の顔をじっと見つめた。 足ががくがくしてくる。 自分が起こした結果が、こうして目の前に突きつけられている、怖さ。 どうして。 どうして抵抗しなかったの? 「……嫌だよ、レックス……どうして……なんでっ」 答えは、返ってこない。 はレックスを包んでいるシーツに顔を埋めた。 涙が薄いそれに吸い込まれていく。 自分の憎しみが、憎悪が、悪意が、付け込まれるスキを与え、結果として彼を傷つけた。 心が千切れてしまう。 彼を手にかけたという事実が、己を打ちのめす。 守りたいと願ったのに。 レックスを、アティを、生徒を、バルレルを――この島にいる全ての人たちを。 泣いて済むとは思っていない。 けれど、涙はせき止める事を忘れたみたいに流れ出てきた。 憎しみはなにも育てないと、知っていたのに。それなのに。 馬鹿だ。勝手に憎んで、勝手に暴走して。 レックスを巻き込んで。 壊して。誰か、私を壊して。 何もかも間違いだったと言って。 何もかもなかったと。 ふらりと立ち上がり、リペア・センターの入り口へと向かう。 アルディラが心配そうな目を向けてきた。 「……大丈夫なの……?」 「……レックスは、平気?」 「…ええ、致命傷には至っていないわ。じきに目を覚ますはずよ」 「そっか……よかった」 「何処へ行くの?」 「……集いの泉」 気付けば走っていた。 右わき腹の痛みを体中に感じながら、それが罪への償いになるかのごとく、気にもせず走り続ける。 森を抜け、集いの泉の広場に出る。 泉の水は月の光をくっきりと映し出していた。 ぴんとした静寂。 静止画のような美しさを保ったその姿に、今の自分は酷く不釣合いだと思う。 弾んだ息を整えながら、夜空を仰ぐ。 自分は間違っていた。 それだけは確かだ。 静かに佇んでいると、涙がまた溢れてくる。 ……泣いたって仕方がない。 それでも溢れてくる涙は、自分を慰めるための涙。 醜悪だと感じながら、零れ落ちるそれを手の甲で拭う。 「……」 「!!? ……レ、レックス……」 どうして? 問えば返事は、彼の困ったような笑顔――。 サモン、凄いトコロで止まってますね…前回といい、今回といい。 なるべく早く更新したいところです。 ちなみにタイトルの識、は、し、と読みます。しり、いろどりのぼる、がタイトル。 単にニュアンスというか音で選んで適当につけました…タイトルの才能欲しいわ。 2004・12・10 back |