大好きな君。
 君があんなふうになってるなんて思わなかった。
 まるで、抜き身のナイフみたいな目。
 それでも。
 君はやっぱり君だと思ったんだ。



砕け、揺らぐ 4



「……どうしてイスラが……も」
 アティが困惑した表情で2人を見る。
 はともかく、イスラを警戒してバルレルとレックス、護人たちが彼らからある程度の距離を取って構える。
「どうして僕と彼女が一緒にいるか知りたい?」
 薄闇色の髪をしたイスラが笑むその横に、仲間であるはずの少女――が佇んでいた。
 彼女は酷く冷静に――否、冷え切った空気を回りに纏わせている。
「その前に、てめえの目的を知りたいぜ」
 カイルが吐き捨てるように言うと、イスラはニッコリ笑った。
 ひどく場違いな笑顔。
 毒気のない――言うなれば仲間だった頃の笑顔を向けながら、彼はレックスをひたりと見据える。
「勿論、先生を倒すためさ」
 邪魔なのは先生だけだからね、と安に言っているのだ。
 カイルは舌打ちした。
「上等だ。簡単にやられると思うんじゃねえぞ!」
「ちょっと兄貴!」
 ソノラが肘で小突く。
 隣にいるの様子があまりに変だという事を失念しているらしいカイルは、小突かれてハッとなった。
 イスラはを見、くつくつと笑う。
「バカだよね。いや、オルドレイクの事さ」
「……どういうことだ」
 ヤッファが問う。
 彼はあっさりと答えた。
「あの男はを呪薬に浸けて、彼女の魔力防御率を極端に減らした。そして――自分の言いなりにできるように制御したんだ」
「なっ!」
 バルレルが槍を持つ手に力を入れる。
 今にも襲い掛かりそうなほどの、鋭い目線。
 それに一瞥もくれず、イスラは続きを話す。
「でもね、失敗したんだよ彼は。僕という存在を忘れていたのかもね……」
 彼の口調に、アルディラがハッとなる。
 様子に気付いたファルゼン――ファリエル――が顔を向けた。
『姉さん?』
「……そう、そういうこと……」
「アルディラ?」
 アルディラの呟きに、イスラはにんまりと笑った。
「凄いね、君は優秀だよ。……そう、は僕に掌握された。紅の暴君の意志を身体に植え込んだんだ。元々受け入れ易い状態だったからね」
 オルドレイクはを操り人形にしようと思っていた。
 だからこそ、呪薬によって意志を削ぎ、思考を乱し、そして最終的にツェリーヌの魔力干渉を使って、無色のために働くという意志を植えつけた。
 しかし、そうして外に出し、レックス達を襲わせようとする前に、はイスラに捕らえられた。
 ツェリーヌの魔力干渉によって、無理矢理にオルドレイクの意志を詰め込んだは、魔力はともかくとして身体能力は酷く低下していた。
 だからこそ、イスラはあっさりとを捕らえられたのだ。
 そうして――彼はキルスレスの赤い波動を使い、を再度掌握した。
 オルドレイクにではなく、イスラに従うように。
「つまり、今の彼女は僕の言いなりってことさ」
 あははは、と高らかに笑うイスラにバルレルが怒号を飛ばす。
「テメェ! さっさとを元に戻しやがれ!!」
「冗談じゃないよ。……僕は今日は失礼するけど、は残ってもらう。先生、仲間に倒されるなんて楽しいだろう?」
 イスラはそっと
『あの男を――レックスを倒せ』
 そう言うと、身を翻して森の中へと歩いて消えた。
「待て!!」
 ナップが追いかけようと走り出すが、その前を斬撃が通り過ぎる。
 1歩タイミング誤れば、彼の足は切り落とされていただろう。
 恐る恐る前を見るれば、がそこに立ち、まるで
 ガラス球のような目を向けてきていた。
 ……何の感情も見られない。
 ナップの背を、薄ら寒い物が駆け上がる。

 こんな目をした彼女は、知らない。

「ナップ!!」
 ウィルが突貫してきて、横倒しになった。
「な、なにすんだよウィル!! ……あ」
 言ってから気付く。
 の淀んだ黒紫色の魔剣が、今先ほどまでナップのいた場所に突き立っていた。
 ウィルが助けてくれたのだ。
! やめろ!!」
 バルレルが叫ぶ。
 しかし彼女は止まらない。
 再度剣を振り下ろそうとすると生徒の間に入り、バルレルは槍で剣を受け止めた。
 みし、と嫌な音を立てながら切っ先を受け止める。
 後でもたついている生徒達に声を荒げた。
「さ、さっさとどきやがれ!!」

 その声にハッとなって、ナップとウィルは距離を取る。
 アティが叫んだ。
さん! やめて……止めてください! 彼は貴方の護衛獣でしょう!!!」
「無駄だ! 今のアイツには何言ったって聞こえねえよ!!」
 の斬撃を受けながら、バルレルが言う。
 確かに彼女の目はいつもの目ではない。
 キルスレスの――ひいてはイスラの言いなりになっているのだ。
 意志の宿っていない目というのを、生徒2人は始めて見た。
 それものだからこそ、酷い衝撃を受ける。
 いつも彼女は明るく、無茶で……全力だったのに。
 他人を傷つける事を厭わないわけではなかったけれど、でも、それは決して無差別ではなかったし、できる限りの戦わない方法を取っていた。
 その彼女が、魔剣を振るう。
 はっきりとした悪意と殺意を持って。
 操られた悪意と、殺意で。


!!」
 レックスが剣を構えて前に出る。
 その途端、彼女の標的はバルレルからレックスへと変わった。
「な!!」
 驚くバルレルを他所に、は脚力を駆使して一気にレックスに詰め寄る。
 剣を横に薙ぐが、彼はそれを剣の腹で受け止めた。
、しっかりするんだ……イスラに……キルスレスの言いなりになっちゃ駄目だ!」
 答えはない。
 今のを止めるには、気絶させるしかない。
 または倒すか。
 どちらを取るかといえば、勿論気絶だが、自身が強いために、なかなか上手く気絶させられない。
 近づこうとすると、黒紫色の障壁のような物が彼女の周りを取り巻いて旋風を起こし、駆け寄る勢いを削いでしまい、懐にまで入れない。
 サプレスの力。
 それを真正面から受けていられるのはバルレルだけで。
 しかしその彼とてを本気で攻撃などできなくて。
 仕方なく――カイルが拳で気絶させようと、一瞬の隙を狙って助っ人をしようとした、その一瞬。
 が小さく呟いた。

「レックス……助けて」

 レックスの意識がほんの少し外れた。

!!!」

 レックスの、叫び。

「クソッタレ!!!」

 バルレルの、声。


 紫と黒の光を放つ剣。
 真っ直ぐに向かってくる、それ。

 ど、

 と、鈍い音がし、の手の中にあるその剣の先端が、レックスの胸に入り込む。
 胸に穿つ直前、短剣ほどの長さでしかなくなったそれは、けれど確実に彼の胸に食い込んでいた。
 その直後、同じ鈍い音と共に、バルレルがのわき腹を突き刺す。

 皆の動きが止まる。

 も、レックスも、バルレルも、時が止まったように動かない。
 アティとソノラは目に涙をこぼし、ナップとウィルは驚愕に表情を強張らせ、カイルは歯を食いしばり、スカーレルとヤードは目を見開き――。
 誰一人として、動かない。
 一種、異様な光景だった。
 レックスは防御せず、の剣を受け入れた。
 はレックスの胸に剣を突き立てたまま、固まっている。
 そしてそのの後ろには、彼女の背中からわき腹を槍で刺したバルレルの姿。
 誰も、何も言わない。

 そんな中、レックスが小さく微笑む。
 か細い声で――力の入らない腕で――の頬に触れる。
……戻っておいで……君が、大事なんだ……」
 は答えない。
 しかし、虚ろな目はレックスを見た。
「…………愛し……て……」

 探してたんだ、君を、きっと。
 君がたとえこの時代の人間ではなくても。
 俺は君を愛しく思ってる。
 瞼を閉じて、いつもの君を願うんだ。
 いつかきっといなくなってしまう君だけど。


 レックスの体が仰け反り、地面に打ち捨てられるみたいにして倒れた。
 同時にも彼に覆いかぶさるように倒れる。
 の手から、剣が消える。
 槍の抜けたバルレルが、震える手を握りしめる。

 其れを皮切りに、一斉に時間が流れ出す。
 アティが泣きながらレックスに回復を施し、カイルがにストラを掛ける。
 血がある程度止まった所でヤッファがレックスを、キュウマがを抱えてリペア・センターまで走っていく。
 それを追い、一同も走る。
「……ほらっ、バルレル! いくわよ」
「…………ちくしょう……ちくしょうっ!!」
 唇を噛んでいるバルレルを促し、スカーレルも走り出した。


 
 助けてって言った君は、きっと呪縛から外れられた。
 君は気付いてくれたんだ。
 俺や、仲間のみんなの声に。







こ、コメント控えます;;

2004・11・2

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