砕け、揺らぐ 3



「……ウィル!?」
 レックスが何となく予感のような物を感じて足を向けた場所――シャルトスが壊されたその現場に辿り着いた時、崖の近くでウィルが何やら叫んでいるのを見つけた。
 駆け寄ると、彼はレックスの姿を認めて縋り付く。
「先生! ナップが……」
「ナップがどうしたんだ! ウィルしっかりしろ!!」
 肩を揺さぶって少しでも落ち着かせようとする。
 レックスの努力は報われたようで、息を落ち着いて吸って――それから端的に説明する。
「ナップが……ナップが崖の下に!!」
「!!」
 それを聞いたレックスはウィルを傍にいた護衛獣、アールとテコに任せて下がらせ、崖の下をゆっくりと覗いた。
 あまり身体を乗り出したり勢いよく駆け寄ったりすると、足場が崩れて元も子もなくなりそうだったからだ。
「ナップ! ナップ無事か!!??」
 大声で呼びかけると、下の方から声が飛んできた。
「せんせぇ!!」
「よかった、無事だな……。今から引き上げる! 動かないようにしろ!!」


 四苦八苦しながらも何とかナップを崖から救出すしたレックスは、ホッとした拍子に怒りが込上げてきた。
 思わず平手打ちでナップの頬を軽く叩く。
「なんでこんな所に! 1歩間違えば死んでいたんだぞ!!」
「……ごめんなさい。でも……でも!」
 ナップが何かを握りしめているのに気付き、彼の手をゆっくりと広げさせる。
 彼の隣に立っているウィルも、同じようなものを手に持っている。
 酷く弱々しいけれど、でも淡く淡く光る碧。
 これは。
「……これは、シャルトスの破片……?」
 ナップが頷く。
 俯いて無言になったナップの代わりに、ウィルが説明した。
「ボクたち、先生がああなったのがシャルトスが壊れたせいなら、それを元に戻せば……先生が元気になると思ったんです。だから」
 破片をできる限り集めた。
 しかし、崖の下に破片が飛んでいるのを見つけて、ナップがそれを取りに下りて……。
「それで、崖の一部が崩れて……下に落ちたんです」
 まだ途中に引っかかっていたからいいものの。
 そのまま地面まで落ちていたらと考えるとゾッとする。
 死ぬかもしれないという恐怖を押し殺してまで、自分のために――。
「……2人とも……ありがとう」
 レックスの胸に熱いものが湧き上がってくる。
――そうだ。
 心が壊れたなんて嘘だ。
 もし本当に壊れてしまったのなら、どうして生徒達の思いが嬉しいのだろう。

 が、笑んだ気がした。



「……その剣の破片、不要ならば置いて行ってもらおうか」
 突如、後から掛かった声に驚いて振り向くと――ウィゼルなる男がそこに立っていた。
 ナップとウィル、レックスが警戒心も露わに構える。
 しかしウィゼルから殺気は発せられていなかった。
 本当にただ、欲しい物を貰いに来た――そんな感じだ。
 レックスはウィゼルの目を見たまま、言い放つ。
「置いて行くわけには行かない」
 はっきりとした口調で言うレックスに、ウィゼルは小さく笑む。
 生徒2人は訳が分からず、顔を見合わせた。
 だからといって警戒を解くわけではなかったけれど。
「破片だけ持ってどうしようというのだ」
「何とか修復する」
「……できるのか、お前たちに」
 できる……訳がない。
 レックスは確かに帝国軍人だったけれど、剣の精製法など知らない。
 しかも、シャルトスは魔剣だ。
 魔力が形作った剣を直す方法など、聞いた事もない。
 第一、魔剣が壊れること自体まれではないのか。
 ウィゼルはレックスの目をじっと見つめ――そして。
「……オレがその剣を修復してやろう。明日、メイメイという店主のいる店まで来るといい」
「お、おい!!」
 立ち去ろうとするウィゼルを、ナップが止めた。
 彼は背中を向けたままでナップの言葉を待っている。
「ど、どういうつもりだよ……。オレたちはあんたにとって敵じゃないのかよ」
 ウィルも加勢した。
「そうですよ! あなたは無色の人間で……!!」
 戸惑う生徒2人の発言に、ウィゼルは淡々と答える。
「オレは無色と志を同じくしているから、あの場にいるわけではない。あやつの狂気を剣に込めるために一緒にいるだけだ」
 ウィゼルはくるりと振り向く。
 その目に嘘は全く見られないと、レックスは感じた。
「力なき意志では、意志なき力に勝つことなどできない。……狂気に立ち向かうための力を欲するなら、店へ来い」
「分かった」
 レックスの言葉に生徒が驚く。
 しかし彼は2人に笑み、『信じるしかないんだ』と言い含む。
 そう。
 このままの状態では、決して……誰を止めることもできない。
 だったら、一筋の光に賭けてみてもいいではないか。
 一度壊れた意志は、より強固になって自分の中に戻ってきた。
 力と力を単純にぶつけるなんて、もうしない。
 そこに言葉や想いを乗せて戦う――それが今一番の、最善のことのように思えるから。


 その日の夕暮れ。
 集いの泉に集まって、レックスは剣の破片を見せ、ウィゼルに直してもらうという旨を護人やバルレル、アティたちに話した。
 皆の反応は勿論様々だったけれど、結局の所<レックスの決定に任せる>という形になって落ち着いた。
 ……その時。
「やあ、皆様お揃いで」
「イスラ!!??」
 夕暮れのオレンジ色の森の中から、イスラが静かに歩いてきた。
 そして、その横には。

「……

 レックスが、愛しげに彼女の名を呼んだ。






大体の形が見えてきた感じですが、終わりまでもう少しですね。
……のはずなんですよ、ええ。筆が遅くてスミマセン。
頑張らねば。

2004・10・8

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