現在。
 過去。
 そして未来。


先世界 2



 バルレルとレックスはラトリクスから出て、集いの泉に来ていた。
 互いに暫くの間無言だったが、先に言葉を切り出したのは、沈黙がバカらしくなったバルレルの方だった。
 元々沈黙というのは得意ではない。
 言うべきことがあるのに、ずっと黙っているなんていう意味のない時間は必要ないと考えるからだ。
「言いたいことがあるなら、さっさと言いやがれ」
 言葉尻荒く言うバルレルにレックスは少々視線を俯かせる。
 しかしこのままでいても埒が明かないと思いなおしたか、彼は視線を真っ直ぐバルレルに向けて聞いた。
「本当に、君とは未来から?」
「嘘だと言いえば、テメェはそれで納得すんのかよ」
 そっぽを向きながら言われ、レックスは肩をすくめた。
 もし嘘だというなら、何故そんな嘘をつかなければならないのか。
 嘘をつく理由などないのに。
 ましてや未来からきたなどという、ある意味では無茶な嘘。
「……嘘であって欲しいと……思う気持ちもある」
 思う気持ちがあるどころか、嘘であって欲しいと切望していた。
 だがバルレルはそれをあっさり否定する。
「嘘じゃねェよ、悪いけどな。俺とはこの時代から約二十年先にいた存在だ」
「二十年――」
 一言で二十年と言われても、ピンと来ない。
 自分の二十年先など考えられる者など、ほとんどいないはずだ。
 その、長い時代の先から彼らはやって来た――。
 何の理由かなんて、どうでもよかった。
 ただ。

 レックスが明らかに気落ちする様子を見て、バルレルはため息をつく。
「だから言っただろ。『生半可な気持ちだったら、とっとと捨てた方が身のためだ』ってよ」
 以前――確かにレックスはバルレルにそう忠告されていた。
 その時は彼の嫉妬心から来る言葉だと思っていたし、はっきり言って意味がわからなかった。
 だが、今なら分かる。
 バルレルの言葉は確かに忠告だった。
 未来から来たに惚れても、いつかは元の時間に帰ることになる。
 会えないのだと。
 決して結ばれることは――思いが続くことはないのだという、忠告。

「……俺は」
 レックスが呟く。
 バルレルを見て、儚げな笑みを浮かべながら。
「俺はさ、それでもいいんだ」
「気持ちを伝えられるだけでもいい、とかって言うんじゃねェだろうな」
 バルレルに言われ、レックスは頷く。
 だがその答えに彼は舌打ちした。
「テメェな、男だろ? そんなんでいいとか本気で思ってるわけねえじゃねえんだろうが」
 本気でその女を思っていれば――欲しければ、そんな甘っちょろい言葉ですむはずがない。
 もし、伝えるだけでいいとか言う言葉が本気なのなら、レックスをこれ以上に近づけるわけにはいかない。
 は――バルレルにとっては非常に腹立たしい事だが、レックスに好意を持っている。
 その気持ちを簡単に投げ捨てられるような男に、彼女の心をこれ以上近づけさせるつもりはなかった。
「俺はの護衛獣だ。あいつを護る。……お前があいつを傷つけるなら、俺は容赦なくお前を排除するぜ」
「……君とは、凄く繋がりが強いな。羨ましいよ」
 レックスは大きく息を吸い――吐いて空を見上げる。
 目の前に問題が山積みで、混乱しそうな頭を何とか落ち着けた。

 無色のこと。
 生徒のこと。
 のこと。
 どれも本当は自分には荷が重いのかも知れなかった。

「それはそうと、テメェ、どうすんだよ無色の奴らのことは」
「……戦うよ。力でしか対抗できないっていうこともあるんだって、そう――そう思うから」
 言うとレックスは立ち上がってバルレルに笑いかける。
「そうそう。今後のことについて、カイルたちと話をしておかないといけないんだよ。後ででもいいから、船長室に来てくれよ。……それが言いたかったんだ」
 それじゃあ、とレックスが船の方向へ向かって歩き始める。
 一人残ったバルレルは、大きなため息をついて長椅子の上に寝転ぶ。

 どうやらレックスは無色に力で対抗することに決めたようだ。
 バカだと思う。
 かといって、それはバカのすることだから止めろと言って、聞くような奴でないことは、一緒に生活していれば分かる。
 バルレルには、彼がと同じ鉄を踏むことが分かっていた。
 はオルドレイクへの憎しみを力としてぶつけ、そうして己の心を持て余し、付け入る隙を与えられ、結果として憎い相手に捕縛された。
 レックスはこれから似たようなことをしようとしている。
 力を持ってしか敵わないと信じ、力を行使する。
 イスラの持つキルスレス。
 オルドレイクの持つ魔力。
 己の甘さを認識し、力で排除することを決めたレックス。
 力が全てではないと分かっているはずだが、言葉の通じない相手を目の前にして、彼はきっと困惑し、混乱している。
 どんな結果になっても、それはレックスが決めたこと。

「何でこう、俺の回りはバカばっかりなんだろうな……」

 自分を含めて。
 そう呟き、バルレルは瞳を閉じた。






さてー。次回からまたヒロイン側になります、多分。
もう少し暗い話にお付き合いくだされば嬉しいです、はい。
己の力量の無さを実感しつつ突貫(何)

2004・9・11

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