先世界 1





「……がいないから、どうしようかと思ったんだけどね。でも言えるときに言っておかないと、時間が取れなくなるかも知れないから」
 言いながらアルディラは椅子を回転させ、後ろにいるバルレルを見やった。

 朝食を食べた後、バルレルはクノンに連れられてラトリクスへと来た。
 面倒ではあったのだが、元の時間軸に帰るためのことだと言われれば、足を運ばないわけには行かない。
 がいない現状では、バルレルが情報を頭に留めておく必要がある。
 ……無色から彼女が戻ってこない限りは、どうしようもないことなのだが。
 そんなわけで、昼前の時分、バルレルはアルディラのいる中央管理施設にいる。

「それで、一体なんだってんだ」
 バルレルはアルディラから少し離れた場所にある椅子に座り、問う。
 彼女はモニタを切ると、バルレルと一緒のテーブルに着く。
「メイメイさんから説明を頼まれたの。<パラレルワールド>について」
「……そういや、が聞き忘れたって言ってたな」
「その前に。帰るために必要な数値を計算してみた結果だけれど」
 アルディラはクノンを呼び、彼女が持ってきた端末から一つのデータを引き出して見せる。
 そこには以前、バルレルやが計測器で測ったそれぞれの力の値が示されていた。
「あなた達が元の時間に帰るためには、二つの調和した力が反発することだって言ったのを覚えてるかしら」
 バルレルは頷く。
 元の時代に戻るために必要なものは、バルレルと――花嫁――の力のぶつかり合いなのだ。
 本来はそれがきっちりと合わさって、ゲートが開く。
 しかしここに来る際はだけの放出力だった上、揃っているはずのの力が三つ欠けていた。
 ゆえに、過去などに飛んだと考えられる。
 あくまで予測であり、確定的な考えではないのだが。
 ――たとえこの時代の四棲の一人が引き寄せた、という事情があるにせよ、普通ではない事態ではある。
「で、計算した結果帰れねえのか?」
「いいえ、それは大丈夫。ただ――問題は移相点の指定ができないだろうっていうこと」
「移相点?」
 アルディラは頷いた。
「移動した後の位置の指定ができないのよ。時空の流れを計算することなんてできない。もしかしたら、大海原に放り出されてしまうかも」
「まあ、そうなったらそうなったで何とかなるだろ。帰れりゃ文句ねェんだ」
 ならば大丈夫だとアルディラは言った。
 バルレルはもう一つの方の説明を促す。
「パラレルワールド……のことだけど」
「そう、それは何なんだよ」
 全く予備知識がないらしいバルレルに、とりあえずアルディラは簡潔に説明を施した。
 元々一つの道だったものが、何らかの相違によって別の道の流れになること。
 一部の学者達の見解では、その流れは何本もの道になって、枝分かれするのではないかと言われていることなど。
 ただ、それを証明する術など持ち合わせがないために、推論するだけに留まっているし、まして専攻で研究している者もいない状況では、邪推にしかならないかもしれないが。
「ふぅん……なるほどな」
「あなた達がこの時代にきたことによって、既に元あった状態ではなくなっている。だから既にこの世界はパラレルワールド化していると言っていいわ」
 そう――本来ならやバルレルはこの時代には生まれていない。
 いるはずのない者がいるというだけで、先の流れは変わっているのだ。
 良くなるか、今までよりも悪くなるかは分からないが。
 アルディラはクノンにコーヒーを持ってきてもらい、口に運びつつ話を続ける。
「今、二人がこの時代にいる事によってあなたたち本来の時間にも、何か変化が起こることになると思うわ」
「何かって……何だよ」
「まず。私たちが先々でもあなた達を知っているということ。これは、間違いないわ。それに関係して引き起こされることがあるかも知れない。あくまで予想だし、何もないかも知れないわ。その辺は先々のことだけど」
「とりあえず、帰れるんだろう?」
「……が戻ってこれればね。根本的に彼女の力に依って発動するもののようだし、基本的に憶測だけで成り立っているものだと思って間違いないわ」
 神妙な顔で言う。
 そう――いずれにせよが無色から解放されるか逃げ出さない限りは――そして、この島の問題が集結しない限りは、ここから出られない。
 がでることを良しとしない。
 バルレルは大きくため息をついた。
「あのバカが……過去にきてまで、面倒ごとに頭突っ込みやがって」

「……過去にきてまで、って……?」
 アルディラとバルレルがはっとなって後ろを向く。
 そこには――レックスがいた。
 バルレルが立ち上がる。
「……今の聞いたのか」
「聞いたよ……その、そういう話をしていると思わなくて……バルレルを呼びに来て……だから」
 困ったような、焦ったような――どうしたらいいのかという表情をしているレックス。
 暫し俯き、何かを決めたように顔を上げてバルレルを見やった。
「……君は、は、未来からきたっていうことか?」








ちょいとバルレル側に移動して書いてみました。
たまにはよいかなぁと。ヒロイン側は閉塞感たっぷりだし。

2004・9・3

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