色の無い檻で 5 無色の船に押し込められて10日。 その間、毎晩のようにオルドレイクはに精神的苦痛という呪文を施し、痛めつけられた心は次第に守りが甘くなっていく。 レイエルは呪薬の混入を極力減らしていたが、それでも憎い相手からの呪いとも言える言葉や態度に、体と心は悲鳴を上げ始めていた。 ディエルゴが、キルスレスが精神介入しているとは露知らず、の知らぬ所で侵蝕は確実に進められていた。 10回目の夜が来た。 は一人、窓の側で椅子に腰掛け外を見ていた。 自身に段々と違和感が生じている。 オルドレイクが自分に対して何かを施しているのは確実だったけれど、それに対抗できるほどの力が、今はなかった。 どうしてか、今ある力は正常なそれではない。 通常は紫色に流れて見える力が、今は黒紫色で。 淀んだとも言えるその力は、オルドレイクの魔力障壁に阻まれて全く意味を成さない。 力と共に、自分自身すら変質している気がした。 バルレルとレックスが対岸で力の放出をしてから、既に何日も経っている。 一度、無色はカイル一家と戦いを繰り広げたようだが、 は閉じ込められていて全く外部が分からない。 レイエルに聞いただけで、状況はさっぱりだ。 にできることといえば、力ない体を引きずって外を眺めることだけ。 朦朧とし、ともすれば記憶が途切れてしまいそうな意識を窓に向ける。 唯一の外界の繋がりともいえる窓は、意識の支えでもあった。 毎晩夢を見る。 バカだと罵りながらも一緒にいてくれるバルレルの、大丈夫だと言って笑っているレックスやアティの、元気出していこうと言うソノラやスカーレルの、何だかんだと言いながら仲の良い護人たちの、しっかりしろと叱咤するカイルの、ヤードの……だらしないと文句を言うウィル、頑張れと応援するナップの――たくさん、たくさんの夢を。 目覚めるたびにそれはどうあっても夢なのだと思い知らされて、一人で走って無色に捕まった己の愚かさを思い知らされて。 「……私は、本当に……バカだよ」 誰もいない、誰も答えない。 ――こんな時、どうすればいいのか分からないのが一番辛い。 の周りには、大抵の場合誰かがいた。 寂しさには慣れていない。 慣れる人がいるかどうかは分からなかったが。 部屋を訪れた理由は、オルドレイクに言われたからだった。 本当は来たくなかった。 来れば、日に日に追い詰められていくを見なければいけなかったから。 自分のために全てを利用すると決めたけれど、それでもやはり良心が痛むことは多い。 どんなに非道に振舞っていても人間だから。 気持ちの震えを外部に全く見せないのは凄いけれど。 扉に手をかけ、ゆっくりと開く。 は窓辺によりかかり、虚ろな目で月を見ていた。 「やあ、機嫌はどうだい?」 「……イスラ」 少しだけ首を捻ってイスラを見やったは、すぐに外へと視線を戻した。 ……言葉をかけようか迷うほどの変化。 イスラは彼女の背中に罪悪感という針を何本も刺された気がした。 彼女はオルドレイクの手中にはまりつつある。 そうしたのはオルドレイクだったが、イスラとて同罪だ。 言いよどんでいるイスラに、側が声をかけてきた。 「イスラ……先生たちと戦ったって本当?」 視線を窓の外に向けたままの彼女に、イスラは答える。 「そうだよ、戦った。オルドレイク様に島の案内をする際にね、ちょっとあって」 「……そう」 「詳しく聞きたい?」 しかし彼女は首を横に振った。 絶対信頼の証。 彼女は彼らが負けたとは思っていないのだ。 確かに、ある意味ではその通りなのだけれど。 「外ばかり見ていて楽しいのかい?」 意地悪ではなく単純な疑問。 は静かに答えた。 「昼間は太陽が、夜は月が見える。島も。楽しい楽しくないは関係ないの。今の私の、島との唯一つの繋がりがこの窓だから……見てるだけで」 「……オルドレイク様の配下になれば、外に出られる」 「そんな方法で出られても嬉しくない」 きっぱり言い放つ。 イスラはその姿にいたたまれなくなる。 ――どんなに強固に反発していても、彼女は。 イスラがなんとも言えない表情をしていると、 は窓の外を見やったまま、何かを口ずさみ始めた。 手持ち無沙汰だからだろうか。 綺麗な旋律だったが、聞いた事のない歌だった。 「闇に抱かれし月は恋人 私を見つめる遠い恋人 夜は全てを吸い込み 叫びは静寂(しじま)に変えられる 月は軋み 風は泣き 海は身を捻り 混沌を呼び覚ます 世界は愛しく優しいけれど 群れからはぐれた鳥のように 私はここに一人きり 答えてくれない月は恋人 見ているだけの 遠い恋人」 「……どこの歌だい?」 イスラの声に、は首をかしげた。 「……よく、知らない。母さんが歌ってくれてた気もするし……。ただふっと思い出して。今の状況にひどく似てるなぁとか」 ひどく不思議な感じがした。 確かに歌詞が今のの状況に似ている。 ――その歌を作った人も、彼女と同じような状況だったのだろうか。 イスラは一人、そんなことを考えた。 彼は格子に背を預け、に言う。 「もう一度、歌ってくれないかい」 彼女がどう思ったかは分からないが、イスラの言葉に応じて歌いだした。 心地よい音の中で、彼は己の境遇や今の状況などすっかり忘れ、ただ彼女の口から零れ出る音に耳を傾けていた。 そうして己の罪深さを再認識する。 自分は優しい人たちを足蹴にして、酷い目的を達成させようとしていると。 それでも。 「……僕はもう決めたんだ……」 声はの歌声よりも小さく、誰にも届かず掻き消えていった。 題してイスラの回(何それは) 彼も彼なりに苦悩していたりするのです。 2004・8・20 back |