色の無い檻で 2






 誰かを憎み続けるなんて、愚かしいと思ってた。
 誰かを怨み続けるなんて、悲しいと思ってた。
 憎しみの対象を見て分かったのは、私は――そういう気持ちを押し込んでただけだってこと。
 人に、憎しみは何にもならない、なんて言ってたくせに。


 イスラに連れられた第三船室は、目覚めた部屋とは大違いの簡素なつくりだった。
 入って直ぐの所に鉄柵があり、更にそれを開けて中に放り込まれる。
 独房を思わせる部屋の中には、硬いベッドにがっちりした格子のはまった窓。
 小さなテーブルに呼び鈴らしきものが置いてあった。
「ここで過ごしてもらうよ。オルドレイク様が呼ぶまでね」
「……イスラ、私の道具とかは……?」
「先生たちと戦ったろ? あそこに置いて来たから、ちゃんと持って帰ってくれてるんじゃない?」
「……そう」
 言い、ベッドに座るとがしがし口唇を手の甲で拭い始めた。
 オルドレイクにキスされた気持ち悪さは、いくら拭っても消えてくれない。
 イスラがそれを見ながら
「オルドレイク様のキスはどうだった?」
「――っ」
 その言葉で、の体が一斉に拒否反応を起こした。
 イスラにしてみれば何でもなかったかもしれないその言葉は、今のには凶器以上の威力があった。
 胸がムカムカし出し――思わず口元に手をやる。
 吐き気を催し、嫌な汗が全身から滲み出た。
「……?」
「……」
 返事をすることもできないに、イスラは部屋の外に待機している、彼女かかりつけの少女を呼んだ。
 白い装束を着てフードをすっぽりと被った、あの少女だ。
 少女は急いでの側によると、背中をトントンと二度ほど叩いて水を差し出した。
 は水を嫌がることなく、ゆっくりと飲む。
 程よく冷たい水が咽を伝って行くにつれ、気分が落ち着いてきた。
「……ありがと」
 言うと少女は笑顔で首を横に振った。
「君でもあんな風になるんだね」
 イスラが心底驚いたみたいな声を出す。
 彼を見ず、はとげとげしい声を発した。
「普通の人間だから」
「……普通、ね」
 まいいや、とイスラは口の端を上げて笑う。
「まあ、せいぜいこの状況を楽しんでよ」
 楽しめるはずないだろうという顔をするを満足げに見て、彼は部屋を出て行った。
 残ったのはと少女だけ。
「……あなたの名前は?」
「私はレイエルと申します。オルドレイク様から様のお側にいろと……」
「要するに、監視?」
 意地悪な質問だろう。
 レイエルは困ったように目線を動かし――暫くして頷いた。
「はい、きっとそういうことだと思います。言われてはいませんけれど」
「無色の派閥の人っぽくないね……どうして無色に?」
 無理には聞かないけど。
 そう付け加えるが、少女は何のためらいもなく生い立ちを話した。
「赤ん坊の頃に両親に売られたそうです。今は死んでしまった兄が教えてくれました。オルドレイク様がいるからこそ、今の私があるのです」
「……お兄さんは、何で?」
「兄は、派閥でのある作戦の最中に亡くなりました」
「……真っ直ぐだね。ここに似合わないよ」
 の言っている意味が分からない様子で、レイエルが首を傾げた。
 こんな小さな子供の頃から――派閥の一端として動くのだろうか。
 ソルがそうだったように。
「レイエル。オルドレイクを尊敬してる?」
「――尊敬は、しています。とても強いお方です。でも――でも、私は人を殺すのは嫌です」
 そんな日がいつか来る事は分かっている。
 そう言いながら、レイエルは寂しそうな顔をした。
「とにかく、何かご用がありましたらお呼び下さい。直ぐ参りますので」
「……うん、ありがとう」
 言い、窓の外を見る。
 いつもなら綺麗と思える景色が、そう見えないのは何故だろうか。


「行かせないわよ」
 スカーレルの厳しい声が飛ぶ。
 が攫われてから一日が経った。
 無色は何の行動も起こして来ていない。
 ならばこちらから行動を起こそうと思ったのか、レックスとカイルがを救出しようと言い出したのだ。
 それをスカーレルが止めた。
 カイルは明らかに焦りの混じった声で問う。
「何でだよ! 俺らの仲間だぞ!」
「ダメなものはダメよ。先生も、もっと冷静に判断して頂戴」
 しん、とした空気が船長室の中に広がる。
 いつもなら一番に『助ける』と言い出しそうなバルレルが静かなのは不思議だった。
 不自然に思ったか、アティが問う。
「バルレル君、どうしたの? いつもなら――」
「……今、あいつを助けに行っても、あいつは戻って来ない」
「はぁ?」
 間の抜けた声を出しながらも、半ばバルレルを睨みつけるカイル。
「何を言ってやがる」
「……今一番、あいつの中を占めてるのは、憎悪と悔恨だ。俺らが助けに行った所で、また直ぐにオルドレイクを殺しに行く」
 淡々と語られるバルレルの口調に、静けさが増していく。
 カイルたちは――知らない。
 バルレルとて、正確なところは分からない。
 けれど彼女は、は。
 未来では終わってしまったことを、過去に来たことによって、また現実のものとして受け止める羽目になったのだ。
 それらをカイルたちに理解してもらうためには、バルレルの知る限りの知識を、彼らに与える必要があった。
 しかし――言ってもいいのだろうか。
 過去を狂わせやしないか?
 しかも当人が言うのではないから、憶測もいいところだ。
 悩むバルレルの姿に剛を煮やしたのか、ソノラが叫ぶ。
「もう! 知ってることがあるなら言ってよ! は大事な私たちの仲間なんだからね!!」
 場にいる全員がその言葉に頷く。
 ――バルレルは、意を決した。
 本質を隠したまま、簡単に――少なくとも、があんな風になった
 原因だけは話そうと。
 静かに口を開く。
「そもそも、リィンバウムに召喚されたきっかけは、オルドレイクの儀式だったらしい。友人と共にワケの分からねェまま、戦いに放り込まれたあいつは、今まで必死で生きて来た」
 ヤードが小さく口を開く。
「……帰る方法も、よくは分かっていませんからね……『名も無き世界』は」
 頷き、バルレルは続ける。
「オルドレイクは、の大事な者たちを殺した……らしい。俺はその場にいたわけじゃねェんだ。召喚されたのはもっと後だからな」
「大事な者たち……?」
 ウィルが問う。
 バルレルは答えを少し考え――首を横に振った。
「よくは知らねェ。友達だとか、知り合いだとかだろうよ。……とにかく、その時のことが鮮烈にあいつの中に残ってる。『どうして何もできなかった』、『弱いと誰も、何も護れない』。それが今のあいつの強さであり、原動力なんだ」
 それらの発生源は全て、オルドレイクと無色。
 バルレルの知りえない過去の戦闘の数々の中にある。
を助けるために、犠牲がでるのは……あいつの本意じゃないだろ。だから、今のところは様子を見ていた方がいい」
 無色が何を起こすか分からない。
 そう付け加え、バルレルは静かに口をつぐんだ。






オリキャラまた出してみたりして申し訳ない。しかしまあ…暗いですなぁ。
もそっと頑張ります。

2004・7・30

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