夕闇の慟哭 2





 完全に負けた。好きにしろ。
 そう言うアズリアに、レックスとアティは必死になって説得を試みた。
 最初は渋っていた彼女も、二人の言葉に――いや、部下を思ってか、『和解』に応じることにしたようだ。
 彼女は笑顔でギャレオに
「勝者からの和解要求だ。こちら側からむざむざ破棄する理由もない」
 と、どこかさっぱりした表情で言った。
 晴れやかな表情でいた帝国兵たちの中、たった一人――その人物だけは違った。
 バルレルは緊張を解いていない。
 それに気づいたは、
「どうしたの?」
 口を開こうとした――が、そのたった一人の人物の笑い声に、口をつぐんだ。

「あははは!! 結局、何だかんだと姉さんは覚悟ができてなかったんだ」
「イスラ……?」
 アズリアの怪訝な顔つきと声。
 いつの間にか、ビジュがイスラの後ろに控えている。
 何がなにやら分からないレックスたちは、状況を把握しようと彼らを見ているが、いまいちどうなっているか不明で。
「おい、アティ先生……」
 カイルがアティを呼び、指を示す。
 その方向を見た彼女は顔をこわばらせた。
 ――人、それも、隊だ。
 イスラはそれに気づいているのだろう。
 笑いを含ませた声を、更に高めた。
「負けたのは姉さんの隊。僕の部隊は――今ついたばかりさ」
 ギャレオがアズリアの側による。
「アズリア隊長、これならもう一度戦えますよ!!」
 しかし、言われたアズリアの表情は値踏みするかのように、やって来ようとしている部隊に向けられ――固まっている。
 そして、ぽつりと呟いた。
「――違う、そいつらは……」
 気づいた時には、<イスラの部隊>はアズリアの部隊の目の前まで来ていた。

「そいつらは、帝国の兵士じゃない!!!」

 アズリアの叫びにかぶさって、近場で兵士の悲鳴が聞こえた。
 レックスやアティが体を硬直させる。
 カイル一家は反射的に構えを取り、ギャレオは一瞬で起こった出来事に頭がついて行かなかった。
 ギャレオの前方にいた兵士が、真っ赤に染まったのだ。
 残ったのは、奇妙な男の姿。
 返り血を浴びて、眉一つ動かさない。
「どうなってやがる……?」
 バルレルが疑問を口にすると、それにイスラが答えた。
「だから言ってるだろう? 『僕の部隊』だって」

「用意、行け」
 淡々とした命令を出す、栗色の髪をした女性。
 彼女が出した命令に忠実に、暗殺者とおぼしき者たちが、アズリアの部隊の者たちを目に付く所から、次々に倒して――いや、”殺して”いく。
 それはそのまま言葉通りで、夕暮れの光の中よりも一層真っ赤な血が飛び散る。
 絶望と恐怖の悲鳴をあげ、事切れる兵士たち。

 別角度では、白い衣を着た女性が召喚術を繰り出した。
「冥界の下僕よ、私の声に応えなさい」
 召喚と共に、おぞましい色をした噴煙が彼女の周りから立ち上がり、空に昇ると一斉に兵士たち目掛けて槍のようなものが弾け飛んだ。
「ナップ、ウィル!!」
 飛んできた槍は兵士だけはなく、生徒にも飛び火した。
 が慌てて生徒の前に立ちはだかり、魔力の塊でできた槍を、自分の魔力で弾き返す。
 バルレルはウィル側に立って、自分の槍でそれを打ち落とした。
「あ、あ……」
 マトモに声も上げられない二人を見て、バルレルが眉根を寄せる。
 どうした、と彼が声をかける前に、もう一人の仲間らしい剣士の男が、剣を横に薙いだ。
 ――居合い。
 はそれをすぐさま判断したが、前線の兵士たちは何が起きたのか、全く分からないうちに、事切れていた。
 勢いよく吹き飛んできた黒いものが、ナップとウィルの目の前に転がる。
「う、うわぁっ!」
 ”それ”を認識したナップは叫び、ウィルは無言のまま固まる。
 ごろり、と品の悪いホラームービーの如く、”それ”がゆっくりと回転し、二人の目の前に生気のない目を向けた。
 直後、飛んできた魔力波によって、”それ”がまさしく<弾け>る。
 肉片が飛び散り、ナップとウィルの顔をかすめた。
「うっ…うぇ……げほっ」
「かはっ……ぐ……」
「ふ、二人とも大丈夫!?」
 言いながら、は自分に叱咤した。
 大丈夫なわけあるか、と。
 横を見れば、レックスやアティたちがギャレオとアズリアを、得体の知れないイスラの部隊から守るために戦いを始めていた。
「レックス、アティ!! 生徒達のことはこっちに任せて!!」
「頼む!」
 レックスがそれに答える。
 彼は、理不尽な惨殺の怒りに打ち震えていた。
 カイルも、アティも、スカーレルも、皆。
 は生徒二人が戦える状況にないことを確認し、バルレルに声をかける。
「……こっち側に敵は?」
「今のところ、向こう側に回ってる。まあ二、三人なら、俺一人で何とかできるだろ」
「そう。……あの戦い方……」
 酷く胸がむかつく戦い方。
 これに似た戦い方をする者たちを知っている。
 それ以前に、かもし出す雰囲気が、如実にそれらを物語っていた。

 ――彼らは、無色に関わりが、ある。

 思うだけで、胸を太鼓ばちで叩かれたみたいになる。
 しかし、今は生徒二人をしゃんとさせないといけないという思いから、無色のことを無理矢理頭から外した。
 嘔吐しているウィルの背を軽く叩いてやり、既に落ち着いたが、茫然自失状態のナップに声をかける。
「ナップ、大丈夫?」
「……こん、な……こんなのが、戦い……?」
 今までの帝国兵との戦いとの、明らかな違い――残虐性――。
 は静かに頷いた。
「戦いというより、戦争。私も何度も経験した。気持ちいいものじゃない。軍人は……こういうのを幾度も経験する」
「……も経験があるんだ」
「……人を、殺したことだってある。そうしなければ自分が死ぬから。正当化だって分かってても、やりきれないのは、いつだって一緒」
 ナップは俯く。
 目の前で行われている戦闘を見たくないという気持ちが、彼にはあった。
 軍人になろうという人間なのに、情けない。
 自分で自分を叱咤しても、前が見れない。
「人が――あんなに、なる、なんて」
 千切れ、肉片になるのを目の前で見れば誰だってそう思う。
 はウィルの背中をさすりながら、二人に言った。
「こういうことに慣れちゃダメ。人を倒す――殺すことに慣れてはダメ。いつでも、誰に対しても、武器を使わないで済ませる方法をまず考えて。先生たちが強いのは、そうしているから。強い信念があるから」
 だから彼らは強い。
「先生を目標に生きていけば、きっと本当の意味でいい人間になれるよ。軍人としては分からないけど」
 こんな場所で、隣で戦っているのに言うべき場合じゃないとは思うが、ナップとウィルの気持ちを少しでも落ち着けるのに、こんな方法しか思いつかない。
 それに――自分の中に膨れ上がる黒いものを押しのけるのにも必死だった。
 ふいに、ウィルがかすれた声を出す。
「もう……大丈夫です、すみませんでした」
「うん、よかった。バルレル、状況は?」
「――ああ、レックスたちが良好。――しかし、イスラのヤロー、よくあんな部隊を隠して……いや」
 思案顔になるバルレル。
「どうしたの?」
「おい、あいつら外から入って来たんだろ? ならもう結界は」
「消えてる……?」

 とバルレルが、生徒達を先生の方へ連れて行く頃には、全ての戦闘が終了していた。
 何を考えたか自爆までしたやつもいたらしく、手痛いダメージを追った仲間もいる。
 ヤードがすぐさま治療を施したので、大事はないとのことだったが。
 ソノラが達を見てホッとした顔をした。
「よかった、無事で……」
 レックスもまだ緊張しているが、少々安堵している。
「……よかった、本当に。まだ終わってないけど……。それにしても素性を聞かれて自爆するなんて」
 それを聞いたのか、スカーレルが間を割って言葉を告げる。
「こいつらにとっては、当たり前の戦法なのよ。敵を殺す為なら手段を選ばない。赤き手袋の暗殺者にはね」
 よく分からないという顔をするカイルたちに、ヤードが後を引き継いで喋る。
「大陸全土にまたがる、犯罪組織ですよ。汚れ仕事の代行者……その名は血染めの手袋に由来します」
「何でそんなこと知ってんだよ」
 カイルが驚きながら二人を見るが、困った顔をされるだけで明確な反応はない。
 その沈黙を破って、どさり、という物音が聞こえた。
 が振り向くと、栗色の髪の女性がアズリア、ギャレオ以外の最後の帝国兵を造作もなく倒したところで――
「雑魚は、これでお終い」
 血の着いた剣を――汚いものを飛ばすみたいに左右に振り払う。
 彼女の横顔を見て、何かが喚起される。
 私は、あの人を知ってる?
 よくよく考える前に、イスラの声が思考を邪魔しにかかった。
 そちらに意識が向かい、は考えを止める。
「どうせ玉砕覚悟の戦いだったんだし、殺される相手が違っただけのことじゃない」
「違うッ! 先生たちは殺そうとなんてしてなかった!!」
 出来る限り、気絶で済ませようとしていたと叫ぶソノラを無視し、イスラは眉根を寄せた。
 心底不快そうに――それからゆっくりと、瞳を閉じ、気を取り直した。
「静粛に。今から式典が始まるんだからね」
「式典、だと?」
 アズリアの言葉に、イスラは続けて言った。
「そうさ姉さん。病気で苦しんでいた僕に、生きる力を、方法を与えてくれた、偉大な力の持ち主――この血の宴の主賓が登場するのさ」

 どこからか、ネロフレアの声が聞こえてきた気がした。

『 どうか 心を 強く 』





ちょっとこっから先、話の都合上暗くなります。頑張って続き書きます、ファイト。

2004・7・9

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