時軸経路 2 メイメイの店から直にラトリクスへ向かう。 いつもアルディラのいる中央管理施設のドアをくぐり、メイン・ルームへ足を運ぶと、彼女はやはりそこにいた。 「アルディラー!」 座って小さなモニタに向かっている彼女に声をかける。 アルディラは顔を上げ、微笑んだ。 は側に駆け寄り、とりあえず挨拶をする。 「アルディラこんにちは」 「ええ。今日も元気そうね」 「あはは、取り得だし。あれ? 今日、クノンは?」 見回してみるが、見当たらない。 紅茶を一口だけ口に含み、キーボードを指でしなやかに打ちながら、アルディラは答えを返す。 「向こうの部屋で、あなたの護衛獣の手当てしてるわ。もうすぐ終わると思うけど」 「え! なに、バルレルどうかしたの!?」 たかだか半日の間になにかあったのかと驚く。 慌てるに、アルディラは手を休めて小さく笑った。 「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。かすり傷ぐらいだから」 言っている間に、その二人が扉を開けて出てきた。 バルレルは舌打ちし、左腕に巻かれた包帯を鬱陶しげに眺めている。 クノンは淡々と救急箱を所定の位置に戻しにかかった。 はバルレルに声をかける。 「ちょっと、アンタなにしてるわけ」 「あぁ? いたのかよ。……別に、なんでもねェ」 「ケンカでしょ」 じとんとした目で彼を見つめる。 誰とケンカしたかは想像がついていた。 バルレルは居心地悪そうに視線を横に向け、 「……殺しちゃいねェよ」 となんだかよく分からない言い訳をする。 確定。 彼がケンカした理由は分からないが、相手は天使のフレイズだ。 「フレイズとなんでケンカしたのよ」 「これから一緒に戦う上で、貴様の力を見極めておきたいとか言って、戦えとか言いだしたから受けたまでだ」 ……うーん、微妙。 ケンカじゃないかも。 まあ、そんなに手ひどい傷を負ったようには見えないし、フレイズの方も同じようなものだろう。 もし酷いのであれば、リペア・センターの方にいるはずだし。 ひとまず安心し、本題に入る。 バルレルがいるなら話が早くて済むと踏んで、改めてアルディラに話しかける。 「アルディラにお願いがあって来たんだけど、いいかな」 「なにかしら?」 できる範疇でなら協力するわ、と彼女は言った。 「あのね、いきなりなんだけど……バルレルと私は時間逆行してこの時軸に来たの」 「お、おい!!」 の発言に思い切り慌てるバルレル。 予想通りの反応だ。 事前に言っていないから、彼が驚くのも無理はない。 眉間にしわをよせて発言を止めにかかるバルレルに、はきっぱり言う。 「いいの。アルディラに協力してもらえって、メイメイさんの占いに出たし、私らだけの力じゃ元の時代に戻れないと思うから」 「……それは、そうだけどよ」 バルレルがちらりとアルディラを見る。 彼女は驚いてはいたが、暫くすると静かに頷いた。 「ええ、分かってる。他の誰にも言わないわ、安心して話して頂戴」 そこまで言われたら、これ以上の文句も言えず――結局押し切られる形で、バルレルも話に参加することにした。 「時空転移……そう、あなた達は別の時間からこの島へ来たの」 あらかた説明を聞いたアルディラは、そう呟いた。 クノンも同席して、今は四人でテーブルを囲んでいる。 はクノンが出してくれた紅茶を飲み干し、頷いた。 「それで、元の時間に帰るのに協力して欲しくて」 「ええ、それは構わないわ。の<花嫁>の魔力でここに来たのよね。それと、この島の外部的要因も絡んでいて連れて来られたという一面もある」 「うん」 「本当ならとバルレル二人の力が必要だった。それも合ってる?」 「うん、そう」 アルディラは顎に手をあて、目を閉じる。 彼女の頭の中には、今、物凄いスピードで計算式が駆け巡っていた。 暫くその状態が続き――ふっと目を開き、クノンに声をかけた。 「クノン、測定器があったでしょう。あれに二人をかけてみて」 「はい、アルディラ様」 よく分からない単語が出てきた。 いや、測定器自体は分かるけれど、それが今なぜ必要なのか不明だ。 クノンはとバルレルを引きつれ、一つの部屋へと入った。 「?? なにコレ」 「俺に聞くな」 バルレルがいつも通りの不機嫌な声で言う。 元々、返答を期待していたわけじゃないが。 個室より少し広い程度の部屋。 少しだけ薄暗い。 そこに人二人が乗れるくらいの円台があり、筒状に薄っすらと膜(スクリーン)が張られており、上の方にも円状の機械が設置されている。 機械には色とりどりの電子線が付けられていて、どこかごちゃっとした感じがした。 電子線の先にはよく分からない機械。 それに付随している小さなモニタとスクリーン。 ぼけらーっとしている二人を尻目に、クノンがモニタの前に立ちつと、それらを起動させる。 薄っすらだった筒状の膜が、薄い白色に変わり、室内が明るく照らされ、一斉に機械が活動を始めた。 「わ」 ビックリしてあちこち見回すはさておき、クノンはてきぱきとキーボードを打ち込み、モニタにとあるグラフを立ち上げた。 灰色、緑色、紫色、赤色の四色。 聞くまでもなかったが、一応聞く。 「クノン、これって属性のグラフ?」 「はいそうです。今はどれもゼロ値ですが、その――円台の上で力を測定できます」 なるほど、と頷く。 バルレルが苦い顔をした。 「俺のも測定されんのかよ……」 「はい、必要なことですから」 言われてしまえば帰る方法がかかっているだけに、嫌とは言えない。 バルレルは深くため息をつくと、諦めの表情を浮かべた。 円台とグラフを見て、はふと疑問に思う。 「あのさ、アルディラはなにしてるの?」 別室にいる彼女のことを聞く。 「こちらから送られてくるグラフを、あちらにダイレクトに転送します。アルディラ様がそれを解析して、時空転移ができるという仮設の元に計算式を割り出し――」 「ああああ、もういい、分かんないから」 後でじっくり説明を聞くことにして、話を打ち切る。 「では」 始めましょう。 クノンはいつもと変わらず淡々と言った。 まず先に台に乗ったのは、バルレル。 どことなく居心地の悪そうな顔をしつつも台の上に立った彼に、クノンは計器を弄くった後、 「そのまま、力を抜いていて下さい」 「……お、おう」 下と上の円状のものがぱっと光り、取り巻く膜が一気に紫色に変化した。 それと同時にクノンの前のモニタにある、四色のグラフのうち、紫色のグラフが一気に上昇する。 数値も書かれているが、多分ロレイラルの数字なのだろう。 には分からない。 クノンが淡々と次の指令を出した。 「それでは、次に力……魔力を放出して下さい」 「この姿のままか?」 「とりあえず、その姿で出来る限りの魔力を出してください」 バルレルは言われるまま、ぐ、と体に力を入れる。 ばんっ! と膜になにかが当たったみたいな音がしたが、割れたり壊れたりはしていないようだ。 膜の色は紫のまま。 がグラフを見ると、先ほどでも高かった紫色のバーが、先ほどより高くなっている。 とはいえ、グラフ上で見たら3、4cmぐらいのものだけれど。 それが凄いことだと、には分からない。 クノンは驚きの表情を浮かべていたが。 「それでは、なんでしたっけ……大きくなって下さい」 言われ、バルレルが眉根を寄せる。 「なんだ?」 「ですから……」 がクノンの言葉を補足する。 「だから、狂嵐の魔公子の姿になれってことでしょ」 「大丈夫かよ、この機械ぶっ壊れんじゃねェのか?」 不安ももっともだ。 子供の姿で、石が思い切りぶつかったみたいな音がしたのに。 しかしクノンは「大丈夫です」とだけ言ってモニタに顔を戻した。 バルレルは、まあいいか程度に考えたらしく、すぅ、と目をつぶり――力を込めた。 の架した緩い誓約は、彼が本来の姿を取ることになんの抵抗もない。 多少の魔力制御はあるものの、それでも充分すぎる魔力。 彼が目を開く。 途端に、体中から力が溢れ出した。 周囲を取り巻く膜が、強烈な魔力に反応して振動している。 狂嵐の魔公子の姿が、そこにあった。 クノンが、彼女にしてはかなり驚いた声で問う。 「バルレルさん、力、入れてますか?」 「あァ? 全然入れてねェよ」 確認のためにか、を見るクノンに、 「うん、力入ってないよ」 軽く答える。 モニタのバーは完全に欄外にまで飛び出ていて、数値だけが無駄に上がって、ぴたりと止まった。 かたかたとキーボードを打ち、ぱ、とバーの長さを調節する。 ここまでとは思っていなかったらしい。 「で、では――力を全力で出し切ってください」 「ちょっと待った! それは不味いと思う」 今度はがストップをかけた。 バルレルが狂嵐の魔公子状態で、全力で魔力放出? 馬鹿言っちゃいけない。 この部屋どころか、施設ごと吹っ飛びかねないではないか。 しかしクノンは幾分か冷静に、 「今度はシールドを全開にしますから、大丈夫です」 それだけ言うと、に背を向けた。 「まあ、攻撃するワケじゃねェから、大丈夫だろ」 「……うーん、そうだね」 とりあえず納得して、は測定を見守った。 「行くぜ」 一瞬の力のタメの後――光の膜の中で、風の氾濫が起こった。 魔力が目に見える形で風の流れとなり、膜――シールドの中――を駆け巡っている。 紫色のグラフが馬鹿みたいに上がる。 シールドを叩きつける魔力の風。 「わー、台風みたい」 のん気に言うとは対照的に、クノンは一生懸命指を動かしていた。 「――とりあえず、攻撃でねェならこれが全力だぜ」 言い、ふっと子供の姿に戻る。 クノンの指もピタリと止まった。 「……ふぅ。では、次はさんですね」 グラフを初期値に戻し、クノンがを見た。 「んじゃ、よろしくお願いします」 形容しづらい回です。次回もこんなん。 2004・6・18 back |