あなたに気づいて 3




 ヤードと入れ替わりに、今度はレックスがと話をしに来た。
 アティとヤードはそれぞれ部屋に戻ったみたいだ。
 ほわっとした笑みを浮かべ、手を空に向けて伸びをするレックス。
「うーん……はぁ。今日は色々疲れたなぁ」
 腕を下に戻したレックスの言葉に同意する
「そうだよね」
 遺跡の封印をしたかと思えば、帝国兵との戦いもあって。
 ここ最近の日常密度といったら、物凄く濃いい気がする。
 実際、濃いのだが……それはから言わせれば、この島に来た時点からそうだったから、あまり気にもならないのだけれど。
「ヤッファとキュウマさんは、大丈夫みたいだったしね」
 遺跡の件では二人の間に大きな溝があったが、レックスが封印をして帰ってきた時には、それはなくなっていた。
 無論、アルディラやファルゼン(ファリエル)に対しての説明で、多少のしこりはあったみたいだが。
 帝国兵の動きが活発化している今――それに遺跡を封印した今は、護人同士で争っている場合ではない。
 の私見から言わせれば、封印が完璧に成されているかどうかは微妙な感じもするのだが。
「……ねえ、さっきアティとどういう話してたの?」
 差し支えなければ聞かせて欲しい。
 ちょっと申し訳なさそうに言う。
 でも、聞きたいから聞いた。
 レックスは船の縁に背中を預け、小さく唸る。
「別に大したことは話してないよ。護人四人のこととか、遺跡でのこととか……それから、生徒の今後のこととか」
「ふーん、そっか」
「あ、そうだ。、ありがとう」
「はい?」
 いきなりお礼を言われ、ちょっとビックリする。
 彼は笑顔を絶やさぬまま言葉を続けた。
「今更かもしれないけど、ちゃんとナップとウィルに訓練つけてくれて。おかげで、物凄く勉強はかどってるよ」
「あ、うん……別に、大したことできてないけど……」
 ほんのり赤くなる頬を、かりかりと指で掻く。
 だって実際、頑張っているのは生徒達なんだから。
 は身振り手振りまでつけて、一生懸命レックスに生徒達の成長具合を告げる。
「あの二人は凄く飲み込み早いよね! 羨ましくなるぐらい。……軍人を目指してる、んだよね」
 ちょっとだけ、の声色が低くなる。
 レックスが不思議そうに彼女を見た。
「どうかしたかい?」
「……うん、別に、大したことじゃない。ただ――」
「ただ?」
「あの二人もレックスもアティも怒るかもしれないけど、できれば私はナップとウィルに……軍人になって欲しくはないかなぁって」
 どうして、という疑問をレックスは挟まなかった。
 の言葉の意味に気づいていたからかもしれない。
 兵士に――軍人になれば、戦うことが当たり前になる。
 正義のためとはいえ、信念のためとはいえ、人を――獣を傷つけるのが当たり前になる。
 ナップとウィルには、できればそれをして欲しくないと思ったのだ。
 の勝手な気持ちだから、彼らにそれを押し付けるつもりは毛頭ない。
 けれど、考えずにはいられなかった。

 ルヴァイドやイオスのように、またはアズリアやギャレオたちのように、ナップとウィルも命令と自分との狭間で苦悩するのだろうか、と。
 レックスとアティも以前は軍人だったと聞いていた。
 辞めたいきさつはどうであれ、二人も苦しんだのだろう。
 は無理矢理笑顔を作ると、明るく振舞った。
「でも、あの二人ならきっと大丈夫だよねっ。二人で乗り越えられるだろうし!」
「……うん、そうだよな」
 ここで二人して暗くなっていても仕方がない。
 と、は突然思いついたことを口にした。
「ねえねえ、レックスとアティってこの島を出たら、どうするの? 私みたいにカイルに誘われた??」
「生徒を軍学校にちゃんと届けないといけないし――って、カイルに誘われたって、どういう」
 眉根をよせ、微妙に詰め寄るレックス。
 ほんの少し背中を仰け反りながら、は答えた。
 いつの間にか、彼に手を思い切り握られている。
「え、船に残らないかって」
「なんて答えたんだ?」
 いつもと様子の違うレックスに戸惑いながらも、
「残れないって答えた」
 するりと返事を口にする。
 彼は心持ちほっとしたような顔になっていた。
「レックス?」
「あー、いや、ごめん」
 詰め寄っていたことに気づいた彼は、先ほどと同じく背中を船の縁に預け、ふぅと息を吐いた。
 の心臓がどくどくと波打っている。
 彼の顔が近くにあるだけで、こんなになるなんて変なの、と自分で自分に突っ込む。
 それが意味するところは深く考えない。

 暫しの沈黙。
 星の瞬きに目を向け、波の音に耳を傾ける。
 でも、レックスが隣にいるというだけでそれらが少しだけ霞んでいる。
 彼の存在が、とても温かい。
 緩やかになった気持ちが、の心の奥底を少しだけさらけ出したのだろう。
 呟くように、彼に聞いた。
「レックスは、人を本気で憎んだこと、ある?」
 聞いてからハッとした。
 なにを言っているのだろうと。
 しかし音にした言葉は戻ってこない。
 レックスはを見ていた。
「……は、あるんだね」
「――うん」
 彼に嘘をつけなくて、素直に答えた。
「でもきっと、もう大丈夫なんだ。終わったことだから」
 自分の表情が辛そうに歪められているのに、は気づいていない。
 レックスは優しくの髪を撫でた。
 何度も何度も。
「きっと大丈夫だよ」

 その言葉だけで充分だった。
 その動作だけで充分だった。

 が今までそれと気づいていなかった感情は、彼によってその名を認識させられた。





更に微妙。あぁ、もうなんていうか……バルレルファイト。

2004・6・4

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