あなたに気づいて 2





「あまり夜風に当たってると風邪を引きますよ」
 ヤードは柔らかくそう言いながら、の側に寄った。
 片手には本を持っている。
 外面だけでは、なんの本か分からないけれど、彼のことだから難しいものなのだろう。
「ヤードさん、どうしたんですか?」
 は他の人はともかく、彼に対しては敬語を外して喋れない。
 かといって完全に敬語というわけでもなく、微妙感の漂う喋りなのだが。
 彼はにっこり笑うと、
「ちょっと考えごとをね」
 と言った。

 が見る限り、彼は四六時中考えごとをしているタイプに見える。
 言うなればネスティに近い。
 召喚術師にも色々いるが、勉強家な方だろう、彼は。
「ヤードさんの考えごとって、なんですか?」
「あなたについて、ですよ」
 するりと口から出る言葉。
 聞き様によっては、物凄く恥ずかしいセリフ。
 しかも堅物だと思っていたヤードの口から出たので、はちょっとビックリした。
「わ、私ですか」
「ええ。あなたは不思議な人ですね、変というか」
「失礼な」
 むぅ、と頬を膨らませる。
 なんか最近こんなのが多い。
 不思議もダメだが、変はもっとダメだろう。
 しかしヤードは小さく笑みをこぼして流した。
「先生たちのように、人を助けることを知っているし、彼らと同じように笑う。かと思えば怒るわ叫ぶは、あげくに暴れるは……」
「人間ですから。レックスとアティだって、そうじゃないですか」
 そう応戦してみても、彼は笑みを崩さないまま話を続ける。
 しかし、先ほどとはちょっと毛色が違った。
「でも、根本的に違うところがあるとすれば――」
 一間置いて、

「あなたは、戦うことを躊躇わない人だ」

 ざわり、と風が髪を揺らす。
 いつの間にか、彼の笑顔は消えていた。
 代わりにあるのは、真面目な――真剣な表情。
 はヤードのその目に、少しだけ体ではなく頭が冷えた。
 分かる人にはやはり分かるものらしい、と。
 心中知らず、彼は静かな口調のままで話を続ける。
「……他の方が気づいてるかどうかは知りませんけれどね。私は、あなたはとても――先生以上に危うい存在だと思うのですよ」
「それは、どういう」
「スカーレルから、私の話は聞きましたか?」
 素直に頷く。
 ヤードの話、ではなく、スカーレルとヤードの境遇の話、だったけれど。
「私とスカーレルの持つ憎しみはとても深い。周りにとっては迷惑で危険です。それを自覚しながら、でも、その機会があれば実行するでしょう」
 失ったものはとても大きいから。
 そうヤードは言う。
 それについてはなにを言う事も出来ない。
 先生たちであればきっと止めるだろうし、なにか別の――打開策を打ち出すかも
しれない。
 だが、には無理だ。
 彼らを止める資格がない。
「……だから、私が危険だと?」
「ええ。あなたもそうでしょう? 機会があれば実行する。詳しくは知りませんが、あなたもまた無色に敵対する者のようですから」
 眉根をよせ、頷いた。
 に止められないのは、心の中にヤードやスカーレルと同じものがあるから。
 もしくは、彼らよりもっと凶悪ななにかが。
 ヤードは暗く染まっている海を見つめ、ため息をついた。
「できれば、あなたには先生と同じでいて欲しい。そう思います」
「きっと、私は大丈夫ですよ」
 もう、全ては終わっているのだから。
 ここは過去。
 未来に繋がる場所。
 結末を知っているから、きっと。
(大丈夫だよね)
 そう思っていなければ、不安でたまらなくなってしまう。
 だから無理矢理にでもそう思うことにした。

 ふと視線を森の方へ向けると、二つの影が。
 ヤードがの視線に気づき、同じ方向を見る。
「ああ、先生たちですね」
「そうですね」
 の目に、仲むつまじく笑いあう二人の姿が入ってくる。
 なんとも微妙な感覚が、胸の内で育つ。
 違和感を感じてヤードがを見ると、微妙な顔をしてレックスとアティを見ていた。
 そんなヤードに気づかず、は二人を目で追っていた。
 ぽつりと口をついて出る言葉。
「あの二人って、やっぱり付き合ってるんじゃないかなあ……」
 ヤードに聞いているというのではなく、本当につい口に出てしまったような感じ。
 彼は先生二人を見、それからまだに視線を戻すと、
(なるほど)
 勝手に納得して、小さく笑った。
さん、少し素直になれば楽ですよ?」
「……えーと、素直なつもりなんですけど」
 困った顔をしている
「先生が、好きなんでしょう?」
「……や、それはよく、分かんない、です。恋愛とかってよく分かんないし……」
 誤魔化すみたいにレックスとアティの方へ視線を向けると、
「あ」
 レックスと目線がばっちり合った。
 彼はにこやかに微笑み、手を振る。
 も自然と手を振っていた。
 お互いが近くにいるという、確認作業みたいに。
 手を振るの表情を横で見ていたヤードは思わず呟く。
「……私のように恋愛沙汰に疎い人間でも、分かるぐらいだから他の方ではもっと分かりやすく映ってるでしょうに……」




微妙な感じがあちこちに。何が微妙かって書き手の私もよう分からないのですが、
何となく微妙感が漂っている気がしてならない…。

2004・5・28

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