封印と紅 2 ずらりと並んだ帝国兵。 敵意むき出し……とまではいかないけれど、好戦的な目。 外に出たは、思わずため息とともに 「……みんな疲れてるんだからさあ、休ましてあげてよ……」 という愚痴までこぼした。 隊長アズリアが、宣誓の如く声を張り上げた。 「今日こそ剣を取り戻す」 しかし――は面倒くさそうにしているバルレルと顔をあわせ、それからアズリアを見た。 そうだ、彼女は知らないんだった。 アティが静かにアズリアに言葉をかける。 「……アズリア、そんな事もう無駄です」 「どういう事だ」 疑問と少々の不安が混じった声。 レックスがそれに答える。 「あの剣は封印したんだ。島の遺跡ごと」 ――絶句。 その瞬間のアズリアの表情を表現するのに、これほど正しいものはないのではと思えた。 後ろに控える兵士たちが、強風に煽られた木々の葉みたいに口々に音を発した。 アズリアは厳しい目をレックスに向ける。 「その言葉は本当か」 「嘘なんてつかないよ」 「ならば、なおの事許せん」 「それはそうよねえ」 スカーレルが場違いなまでに軽い口調で話を遮った。 レックスとアティが彼を見る。 「命令は、剣を持って帰る事だもの。このままじゃ、国へ帰れないのよね」 あっという顔になるレックスにアティ。 島の事で頭が一杯だったのだろう。 しかし――結局どちらを立てても角が立つ事情だけに、交戦は避けられないと思われた。 が客観的に見てそう思えるのだから、完全に内部のレックスやアズリアにしてみたら、それこそ生きるか死ぬかの問題で、衝突は必然だろう。 「総員! 武器を持て!!」 アズリアの号令で帝国兵全員が臨戦態勢に入る。 「待ってくれ! アズリア話を――」 「無駄だぜ先生。話を聞き入れてもらいたいなら、戦わないとよ」 カイルが一歩前に出る。 レックスは、ぎり、と奥歯を噛み締めた。 「きさまらを倒し、剣を取り戻す! それが我らの使命!!」 アズリアの咆哮。 なぜかそれは、にとても悲しく響いた。 なにかが、変。 戦いながらの意識の奥底で警報が鳴り響いていた。 「はぁっ!」 「わ!」 がきん。振り下ろされた帝国兵の重剣をなんとか受けるが、衝撃の重みで軽く膝が曲がる。 の力で跳ね上げる事は無理、かといってこのまま何度も剣を受けると、確実に肩がやられる。 その前に手が痺れて剣を持てなくなるか。 「っりゃあ!」 仕方なく重剣を一瞬だけ片手で受けたまま、もう一方の手で短刀を引き出し、帝国兵の胴の部分を横に薙ぐ。 相手はモーションで気づいて大きく飛びのいた。 舌打ちをし、再度向かってくる重剣兵。 仕方がないが、召喚術を使うしか――と、 「俺に任せときな!」 「カ、カイル!?」 横から走ってきたカイルが、重剣兵のわき腹に、手痛い一撃を加える。 鈍器で殴ったみたいな音がして、兵士は吹っ飛んだ。 土埃を引きずり、動かなくなる。 多分気絶しているだけだろけども。 「カイル、思いっきりぶっ飛ばしすぎじゃ……まあいいか」 「お、なんだあっさりしてるな」 二人ともひょいひょい軽快な動きをしつつ、前にいる敵からの攻撃をしのいでいく。 「だってさ、私は先生たちみたいに優しくないから。やっ!!」 力を込め、は敵を横薙ぎする。 さすがに防具が割れたりはしないけれど、一瞬の油断が生まれる。 そこに間髪入れず柄の部分で打ち込みを入れると、 「かはっ!」 苦しげな声が敵から漏れた。 いくら強固な防具で体を守っていても、その上から的確に衝撃を与えてやれば、きちんと体にダメージが行くのだ。 くしくも、ルヴァイドやイオス戦った事が役に立っている。 ……複雑だ。 「私、生徒たちの方行くからっ」 苦戦しているらしい生徒を目に留め、はカイルに言い放つと全力で走っていく。 彼はその背中を目で追いながら考えていた。 (先生たちの代わりに生徒を守る、ってトコか?) 「ナップ、ウィルっ!」 「!」 「さん!?」 ざしゅ、と生徒二人に立ちふさがっていた兵士を倒すと、周りをぐるりと見回し、当面の安全確認だけをしてウィルの左手をぐいっと引っ張った。 「っ」 途端に彼の顔が苦痛に歪む。 「やっぱり。左手を切ってたんだね。どうりで動きが変だと思った」 「ど、どうして……」 「ナップ、敵からの攻撃がありそうだったら時間を稼いで」 「分かった!」 ナップが少し離れたところで剣を構える。 それを気配だけで確認し、はウィルの傷口を見た。 傷は小さいけれどパックリと口を開け、血を滴らせている。 「なんで分かったんですか?」 「剣を振る動作が、いつもと違ったから」 言いながら、腰に備え付けられている小さな道具入れから布を取り出し、 「応じよ、ピコリット」 呟くほどの声で召喚獣を呼ぶ。 ピコリットが現れ、ウィルの傷口を癒した。 傷は完治しないけれど。 「今はコレで我慢して」 「っう……」 先ほど取り出した布できつく巻き、出血していないのを確認する。 「よし」 「ありがとうございます……」 「お礼なんて必要ないって」 にっこり笑うと、は立ち上がってナップの方へと向かおうとして――ぐらつく。 赤。 目の前に一瞬だけ、赤い光の帯が走った。 「……?」 「! 危ない!!」 ナップの声と聞こえてきた風を切る音で、なんとか体をひねる。 後ろを見ると、矢が地面に斜めに突き刺さっていた。 「あぶなー……」 ホッとしたのも束の間、ナップが少し離れたところから弓兵に狙われているのが見えた。 弓を引き絞り、放つ。 はナップと矢の間に入り込み、剣を斬り上げてそれを真っ二つにする。 「うわ!」 「や、やばめかも……」 何人かが組になって、こちらに狙いを定める。 さすがにナップとウィルに、放たれる弓を剣で折れと言っても無理があり。 正面にだけ集中していられるのなら然程難しくもないのだが、周りからいつ攻撃がかかるか分からない状況では、だってそう何度も出来る芸当じゃなく。 召喚術を打ち込むしかないか。 考えているうちに、弓兵が一斉に弓を引き絞って――放った。 弧を描いて矢が三人に襲いかかる―― 「チッ、どいてろ!!」 の前にすっと立ったのは、バルレル。 彼は自身の武器である槍を旋回させ、飛んでくる全ての矢を弾き飛ばした。 「この馬鹿、無茶すんな!」 「あぅ……あ、ありがと」 「テメェらも行くぞ」 ナップとウィルの二人を自分との後ろにし、長距離で攻撃してくる者たちを中心に倒していく。 レックスやカイル、ヤードたちはアズリアやギャレオたちといった帝国兵の中核を相手取って戦っていた。 は例の変な違和感と、時折走る赤い光に不吉な予感を募らせながら、それでも帝国兵を打ち倒していった。 「……俺たちの勝ちだよ、アズリア」 結果は剣がなくなっても同じだった。 「剣は封印したと言ったな。ならば、その手に持っている物はなんだというのだ」 アズリアが指し示した物をレックスが見て――当人が驚愕する。 無論、封印に立ち会ったヤッファとキュウマの二人も。 レックスの手には、以前と変わらぬシャルトスの姿があった。 の目の前に、赤い閃光が走りぬける。 (なにっ、さっきからこれはっ!!) ――扉は一つ。 ――されど、鍵は二つ。 (ハイネルさん……?) 確認する事は難しかった。 でも、はその声がハイネルのそれに似ていると思った。 ただ、当人だとは思えなかったのだけれど。 レックスと二人の護人はまだ当惑している。 「そんな……俺は本当に封印を!」 その言葉をレックスが吐いた直後、大地が揺れた。 ソノラが悲鳴を上げる。 「きゃーー! なにっ、地震!!?」 なんとか立っていられるというほどの地震。 そしてそれに続いて、遺跡から赤い光の柱が立ち上った。 の目の前に過ぎっていた光と同じ色の、柱。 「なんだよあれは!」 カイルが叫び、ヤードが呟く。 「大地の鳴動、雷雲、船の時と同じ……」 その時、赤い光の柱の一端が、に向かって軌道を変え、ぶち当たった。 「うぁ!」 どん! 衝撃と共にに赤い光が灯る。 ねっとりとした粘膜に包み込まれた感じがして、気分が悪い。 「やだっ、気持ち悪いよこれ!」 それを見たバルレルがの手を掴み、引っ張る。 「力を出せ! できるだろうがっ」 「―――」 目を閉じて集中し、花嫁の力の一端を面に出す。 体に纏わりつく赤い光だけを攻撃目標にして、その不可思議な<力>を自分の持っている<力>に塗り替える。 ――赤い光は紫色の光に取って代わられ、消えた。 「……ふぃー、バルレル、さんきゅ」 「ったく」 状況を見守っていたアズリアが、はっとなり、レックスに向かい直る。 「いいか、次が最後だ」 それだけを言い残し、彼女らは撤退して行った。 最後という言葉が、ひどくレックスに重くのしかかっていた。 封印したはずの剣を見つめ――首を振る。 「……どうなってるんだ……?」 アズリアとギャレオは、非常にルヴァイドとイオスに似通っている気がします。 上には逆らえない軍人の性というか、宿命なんでしょうねぇ…しみじみ。 2004・5・14 back |