封印と紅 1





 その日、抜剣者であるレックス、そしてそのための協力者たるヤッファとキュウマの三人が、遺跡の機能を封印するために、かの場所へと向かって行った。
 他の者は彼らを見送り、船へと戻る。
 船長室では、アティが不安げに窓の外を見ていた。
 他のみんなも、それぞれが口にしないだけで心配している。
「アティ」
「あ……
 アティが入ってきたを見て、少しだけ表情を和らげる。
 やはり同郷の友人として――もしくはそれ以上としてか、レックスの事が心配なのだろう。
 いつもと違って、明らかに表情に出ている。
「そんな無理な笑顔しないでいいって……」
「……ヤッファさんもキュウマさんもいるし、平気ですよね」
 それでもどこか不安気なアティの声。
 吹き飛ばす事はできないだろうけれど、でも明るく言う。
「大丈夫だよ。レックスは一人じゃないんだから」
「そう、ですよね」
 それでも心配そうなアティ。
 まあ、仕方がない事だろう。
 はアティの肩を軽く叩くと、船長室を後にした。

 廊下を歩き、自室に戻るといつもいるバルレルの姿はなく、代わりにこの船の船長、カイルがのベッドに堂々と座っていた。
 は苦笑いしつつ、部屋に入って扉を閉め、バルレル側のベッドに座る。
「せんちょー。女の子のベッドに座るなんて、ちょっと趣味悪いよ?」
「おお、悪ぃ悪ぃ」
 全く悪いと思っていないであろう口調。
 でも、自分は部屋を借りている人間なので、あれこれ言えたものではないが。
 一つ息を吐くと、カイルを見た。
「で、どうしたの?」
 今までカイルがの部屋に入ってきた事はなかった。
 なにか用事でもあるのだろうか?
「襲いに来たの?」
 冗談交じりに言う。彼は口の端を上げた。
「だったら、どうする?」
「軽蔑する」
 どきっぱりと言い放つ。
 レックスが大変な目に会っているというのに、そんな事を本気で考えていたとしたら大問題だ。
 人格を疑う。
 海賊だから痛くも痒くもない……と言われればそれまでだが、人道に厚いタイプに思えるし。
「で?」
「ちょっとな、話をしによ」
 ぽふ、とのベッドに横になり、カイルは天井を向いたまま彼女に話しかける。
 も同じように寝そべり、天井を見上げて彼の声を聞いた。
「今更だが、お前変なヤツだな」
「凄く失礼だねえ」
 苦笑いしながらが言う。
 しかしカイルはケラケラ笑った。
「だってよ、やたらと強いし――それに、不思議な事をやるだろ」
「不思議な事って?」
「紫色の剣を使ったりとか」
「あー……まあ、それについては企業秘密という事で」
 全部話してしまっても差し支えないなら言うが、現状でそれは危険だ。
 大体、<花嫁>の事を詳しく――軽々しく口にしていいはずはない。と思う。
「でだ。その企業秘密とやらを全部ひっくるめて言うが」
「うん」
 一瞬だけ間をおいて、彼は言った。
 ある意味とんでもない言葉を。

「この島の事が終わったら、俺の船に残らねえか?」

 船に残る?
 がぱちくりと目を瞬かせ、上体を起こして寝そべっているカイルを見る。
 彼は顔だけを彼女に向け、笑っていた。
 が、目は真剣そのものだ。
「じょ、冗談?」
「冗談で勧誘しねえよ、俺らは。バルレルも一緒でいい。どうだ? 元々旅人なんだろ。なら、いいじゃねえか。あちこち船で回るわけだし」
 確かに、言われればその通りではあるのだが――いかんせん『時軸』が違う。
 いくらこの時代でとバルレルが探している<三棲>を探しても、一向に見つからない。
 なぜなら、彼女の存在は本来この時代にないものなのだから。
 もしこの時間の人間であれば、状況によってはカイルの誘いに乗ったかもしれないが、現状では――
「……ごめん、それ無理」
 本当に申し訳なさそうに眉を落とし、は断りを口にした。
 カイルが起き上がり、向き合う。
「なんでだ? やっぱ海賊はダメか」
「海賊がダメってんじゃなくて――なんていうか、その」
 どう言えばいいんだろう。
 完全に理解されては困るし――かといって理由を言わないのも失礼に当たる気がする。
 彼らは自分を信用して船に乗せてくれたというのに、こちら側は秘密ばかりが増えていく。
 はベッドのシーツを、きゅ、と掴んだ。
「……ごめん。私は、みんなと別れて生きていかなきゃいけないの」
 唇を噛み締め、瞳を閉じた。
 誰にだって別れはある。
 しかしのそれは、とても厳しい。
 使命だとか運命だとか、そんなものがどうでもいいと言えない。
 トウヤもソルもマグナもトリスも――
 出会ってきた全ての人たちに、恥じないように生きるためには、己が精一杯生きていくしかないから。
 運命を取り込んで生きていくしかないから。
 どんなに望もうと、<過去>で生きる事はできない。
 この過去から未来へ、自分は繋がってはならない。
「だから、ごめん」
 の沈痛な言葉に、カイルはなにも言えなくなった。
 深くため息をつき彼女に近寄って頭をぽむ、と軽く叩く。
「そうか。でもまあ、気が変わったら言ってくれや。いつでも歓迎するぜ」
「うん、ありがと」
 ちゃんと笑顔になっていただろうか。
 考えている間に、カイルは部屋の外へと出て行った。

 それから暫くして。
 レックスが戻ってきたとソノラが大声で触れ回った。
 彼は静かに――でもしっかりと、
「全部終わったよ」
 そう告げた。
 船長室に一緒にいたアルディラやファルゼンが、ヤッファとキュウマに
「後でちゃんと事情を聞かせてもらうからね」
 脅しに近い言葉をかけていたが、当面の問題は解決した――かに思われたのだ が。
 ウィルが窓から外を覗いていて、ため息混じりに
「……帝国兵がきてますよ」
 ……少しだけでもレックスとかみんなを休ませて欲しいと思っただった。





進みが速い、ような遅いような。カイルせんちょーメインの話と化してますね。
好きですよ、カイル船長。しかし本編では引いてもらいました。
……短編でごっつ甘いの書きたいわぁ……。私見での
”裏に回るとかなり危ない気がする”リストに上がってます、船長(ものっそい失礼)

2004・5・7

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