声 4





「あなたが、核識……?」
 目の前に浮かぶ、今はこの世にいないという人物――ハイネル・コープスその人は、『自分が核識だ』と告げた。
 エルゴの境界線に割り込みをかけ、自在に操れる人物だと。
 いや、だった、か。
 その核識――ハイネルは、に柔らかく微笑むと話を続けた。
「僕はヤッファの召喚主であり、キュウマの主君リクトの親友でもあった。そのせいで、事態がこじれてるのは申し訳なく思ってるよ」
 は護人二人の戦いを思い出す。
 彼はきっとあの場にいた。
 姿こそなかったけれど、きっといたのだろう。
 だから声をかけてきた。
 あの二人を――彼はどんな気持ちで見ていたのだろうか。
 ある意味では、自分が引き金となっている戦いを、この優しい人はどんな気持ちで――。
 言いようのない気分になり、ふぅ、と小さく息を吐く。
 気持ちを察したのか、ハイネルは
「僕の事は心配ないよ」
 と言ってくれた。
 護人二人の事については、なにも言わなかったけれど。
 は自分にカツを入れなおし、ハイネルの言葉の続きを待った。
 彼が<核識>だというのなら、聞くべきことがある。
「あなたは、無色の派閥の人間……なのに無色はこの島を廃棄したって事よね」
「そういう事だよ」
「おかしいじゃない。核識を手に入れて、でも出て行くなんて」
 それには理由がきちんとあるんだ。
 彼は静かに告げた。
「僕は、ほんの限られた時間だけなら核識として完全な力を保てた。でも、それは無色の派閥にとって脅威になったんだ」
 ハイネルは瞳を閉じた。
 その時を思い出すみたいに。
 は眉根を寄せる。
「なんで…? だって核識を手に入れて境界線を操るのが目的だったんでしょ?」
 世界を創り直す、という目的を他にすれば。
 ハイネルの目がゆっくり開く。
「彼らは僕が核識として力を発揮するのを見て、それがどれほど威力のあるものか知ったんだ。そして――それを操れるのが僕だけだというのが、いかに危険かを」
「要するに、あなたが無色の派閥を滅ぼす可能性を秘めているという事実を恐れた?」
「そういう事だね」
 馬鹿者どもだ。
 彼は話を続ける。
「だから、上層部は決めた。僕らを――島全体を滅ぼそうと。その日から僕らは戦わなければならなかった。普通に戦えば勝ち目はない。手段を選んでいる場合じゃなかった」
 話から察するに、ハイネルの他にも何人かの無色派閥団員は、それに意を唱えたんだろう。
 そして、実質上派閥を抜けた。
 ハイネル、そしてこの島を守ろうとする召喚獣たちと、無色の派閥との戦い。
 戦いがどんなものだったかには分からないが、無色の派閥は、言うまでもないが様々な召喚術を操る強力な術者の集まりだ。
 そして今でもそうだが、島には戦えない召喚獣もたくさんいる。
 全員が戦ったわけではないだろう。
 勝つために方法――それはには一つしか思い浮かばなかった。
 無色の派閥に対抗するための、確実な力。
「ハイネルさんは、核識になったんだね、それも短時間ではなく長時間」
「察しがいいね。そう――僕は核識になった。島を守りたくて」
 島を武器にして戦う。
 それが唯一かつ最善の方法。
 しかし、短時間ですら負担がかかるものを、長時間となれば。
 それでも島を守りたいと願った彼は、自らの体を贄にして戦ったのだ。
 命を失うかもしれないのに。
 その場にいたわけではないのに、にはそのときのハイネルの光景が、ありありと見える気がした。
「……辛かったんでしょ?」
「そうだね……でも、それしかなかったから」
 一分、一秒ごとに体が悲鳴を上げていく。
 精神が蝕まれていく。
 怒りと苦しみと戦うという闘争本能、そして島を守りたいという気持ち。
 彼はそれらを抱えながら戦った。
 はきゅ、と唇を噛んだ。
「……僕という核識は、二本の剣によって力を封印された事で敗北した。僕は魂だけの存在になり、剣なしでは姿も現せなくなった」
 彼は俯き――悲しげな声を出す。
「残された者たちが、今の島にまで再建させたんだ」
 そっか、とは小さく息を吐いた。

 ――暫しの沈黙。
 それから、は口を開いた。
「ねえハイネルさん。私がこの島に来た時――レックスに初めて会った時だけど――レックスを助けろとか言ってたよね?」
 ハイネルだったと今でははっきり言える。
 あの声は、彼のものだったから。
「それに、私が花嫁だって、どうして知ってたの?」
「僕は一時的にしろ、この島だったんだ。君の……よく分からないけど、『四棲』という者の一人が、君の存在を教えてくれた」
「ネロフレアが……そっか」
 確かに、境界線が島の全ての情報を流しているなら、ネロフレアのことも花嫁の事も分かる気がした。
「抜剣者を助けて欲しいと、確かに言ったよ」
「私に、なにをさせたいの?」
 彼は首を横に振る。
 そして微笑んだ。
「望む事はただ一つ。君が君でいてくれる事。淀んでしまわない事。それが全ての助けになるから」
 抽象的で分からない。
 明言を避ける言い方。
 ネロフレアと一緒の理由からかもしれない。
 先を知れば――どこが変わるか分からないから。
 知ったとして、結局その場その場で頑張る事しかにはできないのだけれど。
「……期待に沿えるように頑張る」
 崩壊する運命を変えるために、ここに呼ばれたのだから。
 ハイネルは静かに、優しい微笑みをたたえていた。

「おい、!」
「わ、バルレル……どうしたの」
 後ろを振り向くと、バルレルがいた。
 それから前を向くが――既にハイネルの姿はそこになく。
 頭をかいてバルレルのところへ歩み寄る。
「どうしたの?」
「レックスのヤローが封印するって決めた」

 帰り道がてらにバルレルから話を聞いたところ、ヤッファは過去を知らずに生きる者たちのために、島の現状を維持したくて、キュウマは亡き主君、リクトの遺言をはたしたくて遺跡を利用しようと考えた。
 そして、それは同時には叶えられない。
 結果、レックスは封印を選んだ。
 キュウマの願いは、あまりにも島にとって危険だから。

「そっか」
「で、テメェはどこ行ってたんだよ。ネロフレアに会いにか?」
 首を横に振る。
「そのつもりだったんだけどね。……入れなかった」
「……で?」
「それだけだよ」
 ハイネルと会った――というのは伏せておいた。
 どう言えばいいのか分からなかったし、それに。

(バルレルが余計なもの背負わせるなって、怒りそうだもんね)

 それ以上なにも言わず、二人は船へと足を進めた。



ハイネルさんとの会話でした。次行きましょー。

2004・4・30

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