声 2





 船から下りると、レックスがいた。
 眉間にしわを寄せ、あっちこっちを向いてウロウロしているが、結局どこへ行くというわけでもないらしく。
 悩んでいます、といった態度だ。
「レーックス!」
「うわ、……」
 声をかけながらポン、と肩を叩くとレックスが驚いた顔をして振り向いた。
 よほど悩んでいたのだろう。
 の存在に気づいていなかったみたいだ。
 慌てて笑い顔を作ると、片手を頭にやる。
「ご、ごめん。気づいてなくて」
「無理に笑わなくていいよ。辛いでしょ、そういうの」
「あ、え……平気だよ」
 はレックスの頬っぺたをぐにっと掴み、引っ張る。
「い、いだだっ!!」
「無理が見え見えなのは私がヤなのッ」
 手を離すと、彼は頬をさすって今度は苦笑いした。
 敵わないとばかりに。
「で、悩んでるんだ。ヤッファとキュウマさんについてだろうけど」
「うん……」
 どうやら彼は二人に再度会いに行ったらしいのだが、結局会ってくれなかったようだ。
 ヤッファ側にはマルルゥに追い返され、キュウマ側では隠れられてしまって出てこないという。
 まあ……忍びのキュウマが本気で気配断ちをしたら、シオンを連れてこないと分からないような気もするが。
 レックスは深くため息をついた。
「やっぱり……待ってた方がいいのかな」
 空を仰ぎ、そうしてから俯く。
 どうすれば一番いいのか、模索しているのだろう。
 誰も傷つけたくないという人だから。
 は彼を見て、うーんと唸る。
 なんて言えばいいのだろう。
 結局、当人の問題なのだけれど……言葉ぐらいはかけたい。
 それぐらいの協力ならなにも問題ないだろうし。
「あのね……余計なお世話かもしれないけど、聞いてくれる?」
「ん?」
 少し顔を上げ、レックスの目をしっかり見ながら話す。
 今から自分が口にする言葉を、少しでも咀嚼して欲しくて。
「あくまで私の考えなんだけど」
「うん」
「必ずしも相手に合わせて――待っててあげる必要はないかなって思うんだ」
 驚いた顔をするレックス。
 は言葉を続けた。
「レックス優しいから、いろんな事考慮して待ってるんだろうけど」
 護人に会えないというのだって、会おうと思えば会えるはずなのだ。
 今のヤッファとキュウマに会うとなると、彼らの意思を多少なり捻じ曲げる事になる。
 無理強いしたくない。
 その思いがあるからこそ、彼は強行して会う事ができないのだろう。
 レックスは俯いた。
「……もし俺なら、やっぱり辛いだろうって思うし」
「そのために自分が――もしかしたら生徒が犠牲になるとしても?」
 ぴくりとレックスの肩が動く。
 瞳が困惑に揺れた。
 の言葉が何を指し示しているのか分かっていないのか。
 それとも分かっていて、否定したいのか。
 彼には酷かもしれないが、はそこで言葉を止めない。
 レックスの怒りに触れるとしても、それはが言うべき事だと思ったから。
 アティもきっと言わない。
 ナップもウィルも、勿論カイル一家の誰も言わないだろう事。
 だからこそ言う。
 大事な人に、道を踏み外して欲しくないから。
「ヤッファとキュウマさんの話をこのまま流し流しにして、もし剣がまた変な動きをし始めたら? あなたの魂が消えてしまっていたら? 私があそこで光の壁をを切り裂かなかったら?」
……」
「待つのが最善じゃない場合もあるよ」
「でも、」
「生徒を自分が手にかける事態にならないとも限らないんだよ?」
 ぴしゃりと言う。
 レックスが、ぐっと拳を握った。
 のいう事はもっともで。
 ちょっと背中を押されたなんてもんじゃない言葉だけれど。
 でも。
 ふ、と柔らかい笑みを零し、握った拳を開いた。
「……ありがとう、。俺、行ってくるよ」
「うん」
 二、三歩歩き――ふと、彼は後ろにいるを見る。
 頬をかき、ちょっとだけ笑って、
がいてくれて、よかった」
 答えは聞かずにユクレス村の方へ向かって歩き始めた。
 はその姿を見て、微笑む。
「こっちこそ、だよ」


 レックスが立ち去った後、は小さくため息をつくと、右手に意識を集中させた。
 そのままゆっくりと手の中にある感触を確かめる。
 柄。
 それを胸の前に持ってきて見る。
 紫色の水晶と見まごう刀身を持った剣が、光りを受けて揺らいでいた。
「……やっぱり、もいっかいネロフレアに聞きに行った方がいいのかな」
 遺跡の中でした声が、なぜ抜剣者でもない自分に聞こえたのか。
 教えてくれるとは限らないけれど、でも聞きたい。
「よしっ。行ってみよう」
 剣を光の粒にして消してしまうと、以前バルレル、レックスと一緒に行った、蒼氷樹の群生地帯まで歩いて行くことにする。
 もしかしたら、ネロフレアに会えないかもしれないが、なにもしないよりはいい。

 ――歩き歩いて、蒼氷樹の群生地に辿り着く。
 意識を凝らして、以前に見た<道>を探り出そうとしてみたが、不思議な事になんの反応も見せてくれない。
「あれぇ? おっかしいなあ」
 ネロフレアのいる場に行くのに、なにか条件でもあるのだろうか?
 それとも、必要な場合のみしか道は開かれないのか。
 いずれにせよ、この状態で木々の中へ入って行っても、あの場所へ辿り着けないだろう。
 予感だけれど、延々とループして終わりな気がした。
「……参ったなぁ」

『―――花嫁―――』

「ん?」

 の後ろで、ふわりと風が舞った。
 危険な感じはしない。
 ゆっくりと振り向くと、優しそうな男の人が立っていた。
 笑顔をたたえているその人の声は、先日、レックスが光の壁に包まれた時に、剣を引き出せと言った、その人の声だった。



なんか微妙感漂う所で切れてます。……もう既に30話越えてるというのに、
この進まなさぶりは一体なんだ;;

2004・4・16

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