声 1




 船長室。
 その中にあるのは、沈黙、沈黙、沈黙。
 神妙な顔をしているのは、無論、カイル一家とその仲間たち。
 ナップとウィルの護衛召喚獣、アールとテコだけは首を傾げたりして微妙に和んではいたが、バルレルだけはいつもと変わらず不機嫌そうだ。
 ともかく。
 つい先日、遺跡で起きた事態について、みんながみんな悩んでいた。

 沈黙に耐えかね、スカーレルが口火を切る。
「で? 結局あれ以来ヤッファとキュウマには会えてないのね」
 こくりと頷くレックスとアティ。
 先日の事があってから、何度か先生二人はそれぞれ、ヤッファとキュウマに会いに行っていた。
 勿論、事情を聞くためだ。
 遺跡で得られた断片的な会話の情報では、はっきりとした全体像が見えてこない。
 レックスは渦中にあるので、尚更詳しく知りたいのだろうが、何度訪問しても会えないので、結局、進展がない。
「顔も見せてくれないんですよ……」
 ため息交じりのアティ。
 ソノラが渋い表情を作った。
「無理ないよ。ずっと秘密にしてた事が、あんなんなっちゃったんだし」
 レックスも頭を掻いた。
 確かに――自分が消えていくみたいで怖かった。
 その恐怖はあった。
 だからこそ、会って――納得できる説明が欲しいというのは、本当のところ。
 しかし会えないので、理由を話してもらうどころではない。
 カイルがため息をついた。
「……まあ、なんだ。あいつらにも事情があるんだろうけどよ……俺らを裏切ったも同然だぜ? ありゃあよ」
 今まで仲良くしていたのだから、裏切られた気持ちがあるというのは分かる。
 信頼を裏切ったというニュアンスの含まれたカイルの言葉は、確かにその通りで。
 でも。
 理解不足なところがあったのは否めないとも思ってしまう。
 ヤードも頷いた。
「まあ、事情の説明ぐらいはして頂きたいと思いますが」
 みんな、言外に遺跡で起こったあれらの事を
『なかった事にはできない』
 そう思っていた。
 放置していていい問題ではないと分かっていたから。
 レックスの魂が食われるというヤッファの言葉もあるし、なにしろ、剣が勝手に光の壁を作って、剣を手から外す事を拒否していたのだ。
 普通はありえない。
 ウィルが心配そうにレックスを見た。
「あの、先生……あれから剣の様子はどうなんですか?」
「あ、うん。特におかしなことはないよ」
 喚べば抜けると思うし変な声もしないが、今は怖くて抜けない。
 そう告げる。
「そうですね」
 ヤードが静かに言葉を続ける。
「継承の失敗で、遺跡の機能は大きな打撃を受けたとみていいでしょう。それが回復するまで、あのような事態が起こる心配はないと思いますが……」
 あくまで憶測であり、確定ではない。
 保障もできない。
 そう言い眉根を寄せた。
 カイルが後を引き継ぐ。
「根本的な問題が解決したわけじゃねえからな」
 実際、その通りだ。
 早急にしかるべき対処を講じないと、今度はなにが起こるか分からない。
 もし――もし自分になにかができるのであればやりたいとは思うけれど――こと、この問題に関しては護人の協力が不可欠なのは分かりきっていた。
 ちらりとバルレルを見ると、彼は物言いたげな目線をよこしている。
 目だけでなにを言いたいか分かった。
 ついでに口パクまでしているので、更によく分かる。
『只でさえ時間逆行をしたんだから、余計な問題を増やさないためになにもすんな』
 は困った。
『でもさぁ……仲間だし』
 バルレルは反論した。
『仲間だからって甘やかすんじゃねえ。時間干渉とかで助かる歴史が歪んだらもともこもねえぞ!』
 しゅんとなる。
『……うー』
「ねえ、二人してなに凄い顔してるの?」
 アティに突っ込まれ、はっとなる。
「あ、うん、なんでも、ない。あはは」
 乾いた笑いがの口からこぼれた。
 とにかく、とソノラが周りを見回す。
「焦ったって仕方ないじゃん? 二人を信じて待とうよ」


 部屋からたは、その足で甲板へ向かい、船の縁に背を預ける。
 潮風が気持ちいい。
 ここからでは島の全体は勿論見渡せないが、それぞれに集落があって、それぞれに考えがあって思想があって思いがあって。
 どの時代でも、どの場所でも。
「……無茶できないのが、こんなに辛いと思わなかったなぁ」
 自分は未来の人間だから。
 過去に手出しはできない。
 してはいけない。
 ……頭で分かっててもやってしまう事はあるだろうけど。
 それに――滅ぶ過去より、未来に繋がる過去にしたいじゃないか。
 だからできるだけ、やれる事はやりたい。
「……でも、いつもの調子でにヤッファやキュウマのトコに行くのは止めといた方がいいかな、やっぱり」
 考え、頭をカリカリ掻く。
「あ、いた」
「?」
 振り向くと、ナップとウィルがそこにいた。
「二人ともどしたの?」
「ちょっと話したくてさ」
「兄さんと同じ理由です」
「そか」
 いいよ、と笑う。
 二人はを挟んで、船の縁に背を預けた。
「……なあ、どう思う?」
「なにが?」
 ナップの言わんとするところはなんとなく気づいているけれど、でも言わない。
 ウィルが言葉を足す。
「この状況ですよ」
「仲間どうしてこんなぎくしゃくして、おかしいよ」
 は苦笑いしながら、空を仰いだ。
「大人って、変なトコで気を使うもんらしいからね……」
さんだって大人じゃないですか」
「ウィル、私まだ未成年」
 多分、そんなに二人と年齢が離れていない……はず。
 て、そういう問題ではなくて。
「二人がこの状況を変だと思ってるなら、変なんだよ、やっぱ」
 大人というのは、微妙な生き物なのだ。
 というよりどこからが大人で、どこからが子供だなんて明確な境界線はなくて。
 みんな迷って進んでいく。大人と子供。
 両方を持つのが人間。
「どうにかしなくちゃいけないのに」
「……僕らも、船の一員なんだから」
 呟くナップとウィルの頭を、そっと撫でる。
 びっくりしてを見る二人に、彼女は微笑んだ。
「本当は、もうやる事判ってるんでしょ? 二人とも」
「……はい」
 ウィルが小さく答える。ナップも無言で頷いた。

 二人が立ち去るのと殆ど入れ替わりにやってきたのはアティだった。
 綺麗な赤い髪を風に揺らして微笑み、の隣の座を占める。
「綺麗な空ですね」
「うん」
 ……アティもなにか言いたそうだ。
 暫く風に身を任せていた。
 ――そうして暫くした頃、アティがそっと口を開いた。
「なんだか、とても痛々しくて」
 誰が? と目線だけで聞く。
「レックスも、ヤッファさんもキュウマさんもですよ」
 アティはとても優しい。レックスも。
 優しいからこそ、誰のためにでも心を痛められる。
 多分――知りえない誰かのためであっても。
 そんな人にとって、この状況は厳しいものがあるかもしれない。
 は静かに呟いた。
「人の傷に触れるのは凄く勇気がいるし、できるなら触れたくないけど。それでも――必要だと本気で思ったら行動しなきゃね。膠着状態は、なんにも解決しないから」
 結局……決着をつけるために会うのが最善なんだよね。
 厳しくて、でも優しい言葉がアティの中を満たした。
さんは不思議な人ですね」
「そう?」
「言葉がとても温かくて――休まります。レックスが好きになるの、分かる気がしますよ」
「………へ?」
「それじゃあ、私行きますね」
 アティの言葉が頭を回る。
 ――きっと、勘違いか気のせいだ、うん。
 頬を掻き、小さくため息をつくと、も甲板から下へと降りた。



ナップとウィルって、私の中では10代中盤から後半ぐらいのイメージなんですが…。
実際の所はどうなんでしょう。知ってる方いらっしゃいますかね?

2004・4・9

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