遺跡 4




 立ちふさがる少年。
 ひどい言葉を投げかけるその人。
 イスラ・レヴィノス。
 帝国兵アズリアの弟。

 でも、嫌いになれないのはどうしてだろう。
 どこか悲しさを秘めていると感じるのは、どうしてなんだろう。
 バノッサやルヴァイドやイオスがそうだったみたいに、彼もなにかを背負って生きていると感じるのは、私の勘違いなんだろうか?
 勿論、なにも背負っていない人なんていないのだけれど。

 遺跡の入り口からイスラを筆頭にぞろぞろと入ってきた帝国兵の中に、彼以外の指揮官らしき者はいなかった。
 アズリアやギャレオ、ビジュの姿は見えない。
 イスラはレックスらを見つめ――ふぅ、とため息をついた。
「全く、残念だよ。君たちが共倒れする事を願って、黙って見てたのにさ」
 残念だと言いながらも、その声色は微妙に笑いを含んでいる。
「まあいいや。ついでだから剣をもらって行くよ」
 本当は遺跡を手に入れれば、島を手に出来ると思ってついてきたんだけどね……と、悪びれもなく言う。
 悪意のない子供の遊びみたいな言い草。
 剣を引き抜くと、それを合図にしてイスラの部下が一斉に臨戦態勢に入る。
 それを受けて、こちら側も戦闘態勢に入った。
 無論、キュウマとヤッファも。
 少なくとも利害が一致している。
 帝国兵に遺跡や剣を渡す事は、二人のどちらの願いにとっても反する事で。
 ならば協力する事になんの異議もないだろう。
 とバルレルもそれぞれの武器を構える。
「おい、テメェ大丈夫なのかよ」
「ん? なにが??」
 軽い口調。
 けれど、既にいつもの短剣を抜き身にし、敵の数と手薄な場所を目算している。
 に自覚はないのだろうが、生存本能が根付いている。
 花嫁の力か――それとも自身の経験してきた戦いのせいかは分からないが。
「……無茶すんなよ。変な剣引き出したばっかなんだからよ」
「大丈夫。ちょっと体疲れたかなーぐらいだから」
 それに、レックスの方が多分色々辛いと思うから。
 そう告げるのと、イスラが声を上げるのはほぼ同時だった。
「さあ、戦おうじゃないか!」

 あちこちで剣戟の音。銃声。召喚術の爆破音。
 それらを耳にしながら、突貫していくレックスとカイル、バルレルを援護する
 ナップとウィルはアティの補助として立ち回っている。
 キュウマとヤッファは、停戦状態とはいえさすが護人として長年付き合ってきただけあり、隙が殆どない。
 も剣で召喚術を打ち込みそうな輩を、なんとか止めていく。
 どことなく体が重いのは、多分あの<剣>を使ったからだろう。
「うー、ちょっとツラ……」
!!」
「わ!」
 突然ナップが突っ込んできて、後ろにつんのめる。
 一瞬後に、銃弾が横を突っ切った。
 うわ、あぶな!
、ちゃんと周り見ろって言ったのアンタだろうが」
「ご、ごめん……しっかりする、うん」
 疲れてるとか、なんだとかっていうのは戦場では言い訳にもならない。
 負ければ死の世界なのだ。
 ――基本的に、こちら側は帝国兵を動けない程度に倒すだけであり、向こうのように殺してやろうとか考えているわけではないのだが。
 ナップと二人、立ち上がると――殺気を感じて思わず振り向きざまに剣を振る。
 驚くナップ。
 は真後ろにいた人物をひたと見据え――ナップを後方に下がらせた。
「ナップ……ウィルの所へ」
「そうはいかないよ」
 非常にもイスラの声と共に銃兵が側に現れる。
 一瞬だけ回りに目を走らせる。
 だめだ。援護を頼める状況にない。
 それぞれ、敵を倒す事に必死になっている。
 ならばやはり自分たちでこの状況を切り抜けるしかない。
「……どうする、ナップ」
「やるしかないだろ」
 火を灯した声。これなら大丈夫だろう。
 は剣を構えなおし、イスラに集中する。
「ナップは銃兵をお願い。回復必要になったら、言って」
「了解。いくぜ! 出てこいアール!!」
「ピピッ」
 頭の上がかぁっと光ったと思うと、ナップの護衛獣アールが銃兵に向かって突貫した。
 不意を突かれた銃兵は少し後ろに吹っ飛び、それを追いかけてナップが剣を振りかぶる。
「やっ!」
 大きすぎたタメは銃兵に見破られ、銃身で防がれてしまったが、確実にダメージを与えている。
 イスラはそれらに目もくれず、を見やった。
「それじゃあ、僕らもやろうか。さっきの剣出してよ」
「……さっきの剣て?」
 分かっていながらとぼける。
 彼はニヤリと笑った。
『誤魔化そうったってダメだよ』と表情が言っている。
 ……見ない振りをしてくれてもいいじゃない。
 まあ、向こうにそんな義理も恩もないか。
「さっき、先生の光の壁を切り裂いた剣だよ。綺麗な紫色の剣」
「百万回頼まれたって出してやらない」
 繰り出された攻撃を、なんとか足運びと平らにした剣の面で流し受けする。
 そのまま勢いをつけて回転し、横に薙ぐ。
 イスラは大きく下がって距離を取った。
 面白そうに笑いながら、手の中で自分の剣を弄ぶ。
「君、面白いよ。ここにいる誰よりも素性が知れないし、興味ある」
「余計なお世話」
 が突き出した剣を、簡単に避けるイスラ。
 目を細め、口を弧にして微笑む。
「ねえ、僕についておいでよ」
「冗談も休み休み言う方が面白みがあるよ」
「……残念だな」
 途端に、イスラの攻撃が激化した。
 何度も何度も攻撃され、はそれに対してなんとかギリギリのところで避けていく。
 弾き、下がり、攻める。
 大振りしないイスラの攻撃は、決定的なダメージを与えない代わりに、小さな負傷を増やしていくという、ある意味確実な戦い方。
 しかし隙を見せれば、召喚術であっという間に大打撃を受けるのは目に見えている。
「っく……!」
 全力でサプレスの剣を使ったせいだろうか。
 疲労がたまっていくのが早い。
「うわあ!」
「ナップ!?」
 近くでしたナップの悲鳴に、思わず余所見をしてしまいそうになる。
 ほんの一瞬。
 でも、戦いの場では命取り。
「ははは!!」
「っ!」
 下から切り上げられ、の手から剣が離れる。
 取りに戻るにはイスラに背中を向けなければならない。
 幸いにも、ナップの方はアールと二人でなんとかなったようだ。
 はイスラの挙動に注意しつつ、剣の鞘についている小さなナイフをそっと取り出し――そのまま彼に向かって投げつけた。
 しかし読まれていたらしく、難なく避けられてしまう。
「ほら! 出さないと死んじゃうよ!?」
「くぅっ…」
 鞘でイスラの剣を受け切れるとも思えず、は眉根を寄せた。
 仕方がない!
 手持ちの武器が尽きてしまったのだから。
 イスラが大きく横に剣を薙ぐ。
 気づけばの手には逆手に持った例の紫の剣。
 そして――イスラの剣は、真ん中から先がない。
 剣をしげしげと眺める彼。
 ――なにが面白いのか、唐突に笑い出した。
「凄いよ、とんでもない剣だ」
 私もそう思うよと言いたかったが、なにも言わずにいる。
 気づけば、イスラ以外の帝国兵は既に倒れており、残るのは彼だけとなっていた。
 レックスが静かに近づく。
「……から離れろ」
 バルレルも凶悪な表情でイスラを見据えた。
「そいつにそれ以上手出ししてみやがれ、ぶっ殺すぞ」
 チッと舌打ちし、イスラは素早く出入り口へと走った。
「……偵察のつもりが、とんだ道草だ。まあいいか。面白いものも見せてもらったしね…」
 とレックスを見やり、歪んだ笑顔を向けると――イスラはその場を去った。


「……俺たちも、戻ろう」
 レックスが静かに言う。反対する者はいなかった。
 ――ヤッファとキュウマだけは、始終険悪な雰囲気だったが。





遺跡終了〜。……語ること少なく次へ行きましょう。
やっぱりバルレルがスキらしい私。

2004・4・4

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