遺跡 3



 魔力が全身から溢れ、風を巻き起こした。
 は彼の変貌を何度も見ているわけではなかったが、それでも”この状態”がいかに脅威か分かるつもりだ。
 そして現在の彼の状況が、芳しくない事も。

 遺跡と共鳴する、レックスの剣――いや、レックス自身かもしれない。
 とにかく苦痛の呻きを上げている状況を目の当たりにしては、剣を引き剥がす事に全力を注ぐのに躊躇する理由もない。
「彼の手から剣を引き剥がさなくては!!」
 ヤードの声に、カイルがレックスから剣を引き剥がそうと手を伸ばした――瞬間。
 空気を切る音がした。
「キュウマ!」
 手を引っ込めたカイルが、怒りの声を上げる。
 レックスとカイルの間に、いつの間にやらキュウマがいた。
 刀を構え、邪魔するものを排除するという威嚇に似た気迫を発している。
「てめえ、どういうつもりだ!」
 怒りで叫びになるカイルとは間逆で、彼は淡々と言葉を口にした。
「余計な手出しはしないで頂きたい」
「余計な手出しだと!?」
「邪魔されるわけにはいかないのです」
 説明する気はないらしく、それ以上の事は口をつぐんだ。
 苦しむレックスを見て、焦ったソノラが間に入る。
「あんた! 先生を見殺しにするつもり!!?」
「こいつは、はなから遺跡の力を復活させるために飛び回ってたんだ」
「ヤッファ?」
 が驚き声を上げる。
 どうして――彼まで。
 ここに来ているという事は、知らないはずなのに。
 だけが知らされていなかったのかと思えば、他の面子も泡を食ったみたいな顔をしている。
 多分、彼ら二人はこっそりつ付いてきていたのだろう。
 アティがヤッファに食ってかかる。
「一体っ……どういう…!!」
「とにかく、剣を引き剥がさないと魂が食われる」
 ヤッファの言葉に、キュウマは険をのある目を向ける。
「戯言を申すな!」
「封印の損傷を移し変える部品として、剣の使い手を使うんだろうがっ!!」
 なにもかも、筋書き通り。
「さっさとそいつから剣を引き剥がせ!!」
「させぬ!!」
 引き剥がそうとするカイルの邪魔をしようとするキュウマ。
 そしてそれを横から殴りつける事で更に妨害するヤッファ。
 二人の護人が戦いを始めるのを横目に、カイルが力一杯レックスの剣に狙いを定めて手を伸ばす――と同時に耳を劈くほどのアラート音が響いた。
 とレックスの頭に、同時に声が響く。

(オートディフェンス作動)

「カイル! 危ないっ!!!」
「おわ!!」
 走りこんだがカイルの腕を思い切り引っ張る。
 彼の手が引っ込んだ瞬間に、光の壁がレックスを丸く包み込んだ。
 一歩遅ければ、カイルの手が胴体から離れていただろう。
 あの結界のようなものは、刃物みたいな鋭さがあると――頭の中の誰かが教えてくれた。
「光の壁……」
 ヤードの声が耳に入る。
「くそっ!!」
 カイルが拳を繰り出し、光の壁をぶち壊そうと殴りかかった。
 ひゅ、と音を立て壁に当たる。
 しかしそれはびくともしない。
「う、あぁ……!」
「レックス!!」
 アティが悲愴な表情で剣を繰り出すが、それも弾かれるだけの結果に終わった。
「どいて下さいっ!」
 前に立つカイルとアティを半ば強引にどかし、ヤードが召喚術を思い切りぶっ放す。
 放たれた召喚術は、光の壁に当たった。
「やったか!?」
 カイルが目を凝らし――そして驚愕の表情に変わる。
 術のあたった部分がぐにゃりと歪み、水面に小石を投げ込んだ波紋を思わせる動きを見せた後、何事もなく、また壁としてそこに悠然と存在していた。
「やだ! やだっ先生!!」
 ソノラが涙をこぼしながら銃を連発するが、やはり壁に阻まれ、弾丸は床に転がる。
 スカーレルもアティも、何度も何度も剣で斬りつけるのに全く効果を成さない。
 生徒はどうする事も出来ずに立ち尽くしていた。
「チッ」
 バルレルは舌打ちしながら、中にいるレックスごと串刺しにしそうな勢いで槍を打ち込むが、やはり弾かれる。
 ヤッファが叫ぶ。
「早くしねえか!!」
「そんな事言ったって……っ!」
 ウィルの泣き声に近い声。
「せんせえっ!!」
 ナップの叫び。
 その声に、レックスの表情が少しだけ――和らいだ。

(剣を!)

 頭の声が告げる。
 の右手の甲にある、サプレスの印が一瞬強く光った。
「みんなどいてっ!!」
 叫び混じりの声に、光の壁に悪戦苦闘していた皆がぱっとその場から離れる。
 その間を――が突貫し――腰を落とし、下の方へ剣を突き入れた。

 ぱしん。

 の剣が壁を貫通する、小さな音。
 真剣な表情でレックスに声をかけた。
「レックスしっかり。生徒を泣かす先生なんて最低だよ」
「っ……!! う、あああっ!!」
 光の壁に亀裂が走り出す。
 一気に剣を上に引き上げる。
 きひゅっ。
 音と共にの持つ剣が光の壁から抜け、壁は彼女の持つ紫の剣の色に染まって砕け散った。
 唖然とする一同を目の前に、は剣へ向けていた意識を外す。
 それはあっという間にの右手の甲へ光の藻屑となって吸い込まれて消えた。
「レックス、大丈夫!?」
 の声に、レックスが静かに頷く。
 周りにいたみんなも集まってきた。
「先生っ!」
「ああ……ナップ、ウィル、ごめんな」

「まさか……あの状態から持ちなおすとは。それに殿のあの剣は……」
 キュウマの驚愕の言葉には殆ど耳を貸さず、ヤッファが吼えた。
「このままで済ませると思ってんのか!」
「!」
 ヤッファの鋭い一撃がキュウマを掠める。
 もしキュウマに忍びとしての瞬発力が備わっていなければ、致命傷は免れなかっただろう。
 彼は刀を握りなおし、無言のまま目を細めた。
 ヤッファが猛り、キュウマがそれに抗おうとした時
 ――間に割って入ったのは、レックスだった。
「やめるんだ二人とも!」
「なっ……先生よ、こんな事になっても止めるのかよ!」
「今回の当事者は俺。……それにキュウマにだって理由があるはずだ」
「だからって」
「それに今回のは、俺の勝手な判断が招いた惨事だし……だから」
 レックスの言い分ももっともだ。
 確かにこうなる事を黙っていた――いや、知っていたキュウマに責任がないとは言えないが、自らの行動が起こしたのも事実。
 アティもレックスも、仲間同士で戦いたくないという一念を持っている。
 ヤッファは暫く問答していたが、結局この場は引く事にしたらしい。
「よし、とりあえずここから出て――」
 カイルがまとめようとした時に、不釣合いな声が響いた。
 乾いた拍手と共に。

「相変わらず、仲良しこよしが好きなんだね」

 ――イスラが、出入り口を塞ぐように立っていた。






てほてほと本編続行中。珍しいかもしれない。今の内だけ;;

2004・3・30

back