遺跡 2




 核職の間に入った瞬間の違和感。
 それを表現する言葉を、は持っていなかった。
 ただ、<花嫁の力>がなにか不思議な反応を起こしているらしい事だけしか分からない。
 もし彼女の母親がいれば、きっと分かっただろう。
 ここは、花嫁が閉じ込められた神殿に、とても似ている場所だと。
 無論、ここに閉じ込められていたわけではないのだが。

 室内は様々な紋様があちらこちらに描かれていた。
「なんだよ、このゴチャゴチャしたものは」
 ナップが呟く。その通りだと思う。
 一見するとただゴチャっと描かれた模様のように見える。
 ある一定の規則にしたがって読み解けば、それらがなんなのか分かるが。
 バルレルが床の一つを見つめ、
「サプレスの魔方陣だな、こりゃ」
 小さく呟く。
 ウィルも一つの床から壁に走っている紋様をまじまじと見つめた。
「これは、メイトルパの呪法紋ですか?」
 隣にいるアティに問うと、彼女は静かに頷いた。
 カイルたち海賊はそれらがなにを示しているか分からない。
 召喚術に長けている者だけが、それらの示す事実を感じ取っていた。
 バルレルがの側に寄る。
「……サプレスの魔方陣、メイトルパの呪法紋、シルターンの呪符。で? ロレイラルの技術力で総統合かよ。随分と大掛かりな事してやがるな」
「うん……」
「どうしたんだよ」
「……なんかね、変」
 変? と問う彼に向かい、はなんとも言いようがない顔をした。
 当人ですらよく分かっていないらしい事象を、バルレルは納得したみたいに頷く。
「あぁ、こん中、凄え似てるからな」
「へ?」
「テメェもこの施設と似たような事やってるだろうが」
 四界の力を繰るのが花嫁。
 島と世界の違いはあれど、基本的にやってる事は似ている。
 なるほど。だから奇妙な感じがしたのか。勝手に納得。
 バルレルも花嫁の神殿に行った事はなかったから、それ以上追加して教えてやる事はできなかったが。
 二人でそんな会話をしていた近くで、ヤードがため息をついた。
「ヤード?」
 スカーレルが首を捻って彼を見る。
 ヤードは苦笑いと共に、もう一度ため息をついた。
 今度は感嘆のため息。
「……バルレル君の言う通り、三の異なる力を、ロレイラルの力で統合してる施設ですね、ここは。とてつもない力を引き出せる……」
 ぐるりと周りを見回し、言葉を続けた。
「更に、目的に応じて魔力の属性を変換できるときてる」
 ぴくん、とウィルが反応した。
 なにかに気づいたみたいに。
「それって、まさか伝説の……」
 告げる言葉に、ヤードが頷く。

 その力、至源より生じ、あまねく世界に向けて通ずるものなり。
 かの者の声、即ち四界の声なり。
 かの者の力、即ち四界の力なり。
 四界の意志を携え、悠久に楽園の守護者となるべき者――

 ナップが驚きと戸惑いの混じった声で、詩のような言葉がなにを意味するのかを言う。
「リンカー……エルゴの、王」
 の心臓が、どくん、と波打った。
 勿論、バルレル以外には気づかれていないけれど。
 ナップの言葉に、ソノラは首を傾げている。
「えー、でもそれって単なる昔話でしょ?」
 単なる昔話――そうだ。
 今、この時点では単純な昔話なんだ。
 は改めて、自分の異端性を思い知らされた気がした。
 カイルが腕組みして、唸る。
「でもよ、だって同じようなもんじゃねえか? なあヤード」
「ええ。でも彼女は……サプレスの花嫁という特殊な位置にいますから」
 苦笑いしているに気づいたか、二人もどことなく申し訳なさそうに笑った。
 スカーレルが、とにかく、と続ける。
「真実かは分からない。でも剣の力は……遺跡の力はあらゆる術を使いこなしてるわ」
 起動させない事には断定できないわよ。
 彼の言葉は確かにその通りで。
 今まで押し黙っていたレックスにを見ると、彼は頷いた。
 しきりに右手を気にしてはいるけれど。
「心配すんなって」
 いつもの調子でカイルは笑いながらレックスの肩をポンと叩いた。
「いざって時は、俺らがついてる」
「ああ――そうだね、頼むよ」
 笑うレックスの表情は柔らかかった。
 不安なんて、どこにも見えなかった。
 少なくとも表面上は。

 レックスが剣を引き出すために意識を集中する。
 はふと、周りを見回した。
 みんなは気づいていないのだろうか。
 彼が剣を引き出しそうと集中し始めた途端に――遺跡が鳴動し始めた事を。

(……花嫁)

 また、あの声。
 今度はレックスに聞こえていないようだ。
 彼はまったく気づいた風でもなく、剣を引き出す。
 途端に彼の姿が変わった。
 髪は長く、剣は手にそのままくっついているみたいになる。
 ふぅ、と息を一つ吐く彼。
 の頭の中に、また声が弾けた。

(止めるんだ……彼を!!)
『あなたはなに?』
(説明している時間はないんだ! 彼を――)

 そうこうしている間に、レックスはシャルトスの力を遺跡に向かって使っていた。
 の頭の声が、一気に弱まり、別の声が割り込んでくる。
 低い――悪意というノイズの混じった声が。

(繋がった……)

 レックスの体がぴたりと動きを止めた。
 も視線をレックスに固定させ、動きを止める。
 己の頭に流れてくる声と、レックスの中に流れる声は一緒。
 確証はなかった。
 でも、間違いはないと直感が告げる。
 そして今語りかけている声は、決していいものではない。

(ようやく、完全な形で繋がった……)

 これは、達成感?
 誰のものとも知れない感情が、の中に意味もなく湧き上がる。

(長かった――同じ魂の形……魂の輝きを見つけるまでは――)

 狂気に似た喜び。
 適格者という言葉。
 そして。
 気づけば、レックスはなにかに耐えるみたいに――苦しみの表情を浮かべていた。
 の頭に叩き込まれる言葉。

(助けるんだ!)

 今度は、迷わなかった。

『言われなくても、そうする!』





本編ストーリーに入ると、物凄く速いスピードで展開してゆきますね…。
あんに力量不足。

2004・3・26

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