果樹園





「……人は変われば変わるもんなんだね」
 の独り言に、ジャキーニが怪訝な表情を向けた。
 クワを持ったままで。

 ユクレス村、果樹園。
 柔らかい日差しの中ですくすくと育っていく果物を一つ拝借し、じっくりと咀嚼しつつ地面に座り込んでいるのは
 時折ジャキーニの手伝いをしたりもしているが、基本的には木陰で休んでいる。
 ナップとウィルの稽古をつけ終わったばかりで、進んでジャキーニの手伝いをできるほど体力が回復しきっていない。
 ヤッファの庵で休んでもよかったのだが、たまにはジャキーニの仕事振りを見るのもいいだろうと来ただけで。
 軽口を叩くほど彼を知っているわけではないが、でも話だけならたくさん聞いているので、どうにも砕けた口調になる。
 本業が海賊なんて勿体無いほどの土いじりの才能。
 果物はたわわに実り、野菜はみずみずしく、市場に出したらさぞ高値で売れるだろうと思われた。
 しゃくり、と果物を噛む。
 柔らかな甘みが口に広がる。
「前から聞こうと思っとったんじゃがの、お前さん、なんか初対面の時からわしの事、知っとった風じゃったが?」
「うん、知ってた。話だけは聞いてたからね」
 ――嘘はついてない。
 一番最初に話を聞いたのは、トリスやマグナにだったけれど。
 ジャキーニは、カイル一家の誰かに聞いたのだろうと、勝手に当たりをつけてくれたようだ。
 それにしても、こんなに果樹園を切り盛りできる彼が、二十年先にファナンに大砲をぶち込むなんて考えもつかない。
 どこで道を間違えたのだろうか。
 海に出てないから、本性が隠れてるだけかもしれないけれど。

 日向ぼっこ。
 こういう場所で和やかに過ごしていると、自分がどうとか、世界がどうとか蚊帳の外に思える。
 単なる逃避とも言うが、人間、どこかで力を抜かないと爆発してしまうから、空気ヌキは大事だ。
「ジャキーニが畑仕事してるの見てるのって、なんか和むねえ」
「……馬鹿にしとるのか」
 険のある目つきをする彼に、は笑いながら手をぱたぱたと振った。
「違くて。あったかいの。優しい光景だなって」
「……ふ、ふんっ」
 照れ隠しか、クワで大地を耕し始める。
 剣と召喚術の世界でも、大地に芽吹くものが暮らす者たちを助ける。
 以前はそんな事思わなかったが、今は優しい光景だと思う。

「あれ? ??」
「あー、ナップ……とスカーレル」
 声のした方を向くと、二人が揃って立っていた。
 ナップは果物を入れるのであろうカゴを持っている。
 は立ち上がると、近寄ってきた二人に笑いかけた。
「二人とも、食料摂り?」
「うん。スカーレルは付いてきただけって感じだけどな」
 は? と聞かれ
「ちょっとね、日向ぼっこ」
「ババくさー」
 笑うナップの頭を、軽く突付く。
 スカーレルが横からひょいと顔を突き出し、
「とにかく、取る物取っちゃいましょうよ」
「あー、私も手伝うよ。ジャキーニ、どの辺がいいかな」
 相変わらずクワ持って奮闘中のジャキーニに聞いてみると、指をさし、
「あっちなら熟れとるじゃろ」
 丁寧でもないけれど、教えてくれた。
 ナップがカゴを持ってその木の方へと入っていく。
「じゃあ、アタシたちも行きましょうか」

 ナップとは違う果実を、スカーレルとは取っていく。
 手持ちにカゴがないから、両腕で抱えきれる程度になるが、後でナップのカゴに入れるから問題はない。
 いくつか熟した物を取り、うん、と納得して頷く。
 自分の好みが思い切り反映しているが、まあみんなから文句が出る事はないだろう。
「スカーレル? こっちは充分取ったよ」
「アタシもよ」
「……ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なにかしら?」
 取った果実をそばに置き、二人して座る。
 スカーレルが真剣な表情でを見た。
「……あのさ、ちょっと聞いておきたいんだけど……この島って、無色の派閥関係?」
「あら、先生達に聞いてたんじゃないの?」
 首を横に振る。
「じゃあ、どうしてそう思ったのよ」
「どう考えても人為的に作られた島だもん」
 機械集落ラトリクスの技術が、自然に発生し、根付いたとは思いがたかった。
 同じ融機人であるネスティがここの存在を全く知らないというのも引っかかったし、四つの世界が混同している島といだけでも、充分過ぎるほどなのに、島と外界を隔てる結界――外に見つかってはマズイという事象。
 の今までの経験が、”無色”との関わりを嗅ぎ取っていた。
 ネスティのくだりははぶいて、スカーレルに言う。
 彼は苦笑いする。
「……鋭いわね。確かに無色関係よ、この島は……」
「そっか……」
 表情がどことなく暗くなったに気づき、スカーレルは首を捻った。
「どうかしたの?」
「え、うん……別に、なんでも。大丈夫」
「全然大丈夫じゃなさそうだけど? アタシでよければ聞くわよ」
「……うん」
 どうして言おうと思ったのか不明だが、スカーレルなら言っても平気な気がしたのだ。
 無色を怨んででいるという事を。
「じゃあ、アタシと一緒ね」
「え?」
 彼はどこか遠い目をしたまま、小さく笑った。
「アタシも、無色に怨みがあるから」

 は、スカーレルから彼がどうして無色を怨んでいるのかを聞いた。
 カイルたちですら知らない事実。
 自分が聞いてしまっていいのかと――不安になって思わず聞く。
「私に喋っちゃっていいの?」
 彼は小さく頷いた。
「黙っててくれるって、分かってるから」
「……言っちゃうかもよ?」
「そんな事しないわよ」
 なんで分かるの?
 聞けば直ぐに答えが帰ってきた。

はセンセたちと同じで、人の傷を理由もないのに、わざわざ拡げたりしない。でしょ?』

 その通りです。
 は笑い、スカーレルも笑った。
 自分たちの中にある、根深く恐ろしいものに蓋をするように。



ジャキーニの話にしようとして失敗。スカーレルと一緒の話に移行。
緩急話題的…でもないか。

2004・3・19

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