紫水晶 2 静かで落ち着いた声。 腰の下までありそうな紫の髪を揺らし、彼女は微笑んでいた。 の中にいる、四棲が内の一人。 サプレスの”ネロフレア”。 「どうして、という顔をしていますね」 ネロフレアはの表情を読み取り、言う。 の今の表情を見れば、誰でも分かりそうな事なのだが。 それほど困惑した顔をしているのも無理はない。 四棲は時代の花嫁――つまり今は――の中にいて、彼女の乞いなしには現れない。そのはず。 ましてやこの時代に自身は存在せず、前の花嫁だった己が母親もこの時代の人間ではない。 では、どうしてネロフレアがここにいる? 疑問に答えるられるのは、目の前に立つ彼女しかいない。 「ど、どうしてって……それは……思うよ……」 の発言を聞きつつも、バルレルはなにも言わない。 彼も幾分か動揺しているが、自分は話す気がないのかの側に立っているだけだ。 「本題に入る前に、まずは疑問にお答えしましょう。気になっていては先に進めないでしょうから」 悪魔らしくない微笑みを浮かべ、とバルレルを座らせる。 彼女自身も地面に、す、と腰を落とし――ゆっくりと話し始める。 「私は、の……貴方の中にいる”ネロフレア”と同一のものです」 「……当人ではないの?」 「違います。残留思念が形を取ったもの……と言えば理解できるかしら。前々代、つまり貴方の祖母が花嫁だった頃に、事情があり弾け飛んだ魂の一部。それが具現したものが私」 不思議な事もあるもんだ。 自分の存在を棚に上げている気がするが、心底そう思う。 見た事もない祖母の話も驚きだが、とにかくその時代にこの”ネロフレア”はここに来た。 それは理解した。 けれど、まだ分からない事ばかりだ。 「ねえ、どうしてバルレルに問いかけて私をここに連れてきたの?」 ネロフレアは一瞬だけ寂しそうに目を伏せた。 彼女がどういう気持ちなのかにはさっぱり分からないが、四棲は理由もなく行動を起こさない気がする。 「貴方が必要だったからです」 切りよく言われる。 「……よく聞いてくださいね。貴方をゲートからここへ引き込んだのは、私の力です。いえ、正確には私の思念でしょうか」 「え、え??」 「この島は一度、滅びているのです」 島が、滅びてる……? 疑問を挟む間もなく、ネロフレアは説明を続けた。 「抜剣者レックスは、その強大な力を持ってこの島を――住民を救おうとしました。しかしそれは叶わなかったのです」 「どうして!? だってレックスあんなに……」 一生懸命なレックスやアティの顔が浮かぶ。 生徒だって、カイル一家だっているのに。 この島が一度滅んでいるなんて、考えられないし信じられない。 ネロフレアは真剣な表情で、首を横に振った。 「彼は頑張りました。意識を掌握される事なく最後まで抵抗し、戦いました。けれど最後の戦いで……彼の一番の弱点を攻められ、崩れてしまったのです」 「……一番の弱点」 レックスの、一番の弱点。 それは――まさか。 の背中に冷たいものが走る。 小さく頷き、ネロフレアは悲しげに微笑む。 「レックスはナップを敵の猛攻撃から庇う形で手傷を負い、敵に取り込まれてしまいました」 「取り込まれる!? ちょっと待って……なによそれは」 「今は言えません。島を廻る戦いで後々分かります」 「どうして教えられないの」 仲間が危険に晒されるというのだ、冷静ではいられない。 だが、バルレルが「少し落ち着け」と声をかける事で、ほんの少しだったけれどの気持ちが落ち着いた。 そう、焦っても仕方がないのだ。 今はまだなにも起こっていないのだから。 「教えられない理由は勿論あります。……私が今ここでそれを口にしてしまうと、更に流れが変わってしまう。貴方をここへ呼び込んだことで、既に変わってしまった流れなのに、それ以上の負荷をかけるとどう変化するか。……危険は最小限に止めておきたいのです」 言われてみれば、その通りだった。 とバルレルはこの時間の人間ではない。 今は、この島の先行きを知らないから、おかしな行動をせずに済んでいる。 もしもこの先を知ってしまったら。 言わないで置く事は困難だと、は自分で思う。 レックスやアティに危険を回避するように言う事だって、常に危険と隣り合わせなのだろうから。 頷くに、ネロフレアは話を続けた。 「出来る限りでいいのです。抜剣者の力に……そしてこの島を援ける力になって下さい」 「ねえネロフレア。島が滅びたっていうけど…どうして貴方は滅びたと知ってるの?」 島ごと滅びてしまったのなら、この場だってなくなっているはずなのだ。 「答えられなければ、言わなくてもいいけど…」 「私は島が滅びてから、海底に眠っていました。貴方が本来いる時間にまで。そこで貴方という存在を認め、過去の自分――今の私に情報を送り込んだのです」 ……便利だ。 ってそうではなくて。 「……とにかく、注意して動いて下さい。時期が来れば、元の時間へ戻る事が出来ますから……」 「うん、分かった。レックスたちの力になれるように、頑張るよ」 にこり笑い、は立ち上がった。 同時にバルレルも立ち上がる。 「花嫁……決して、染まってはいけません。これが今の私にできる最大の忠告です」 彼女の言葉に、は小首をかしげた。 染まるな、と言われても。 なにがなんだかさっぱり分からない。 でも、とりあえず 「よく分かんないけど、頑張るよ」 とだけ答えた。 お辞儀をし、立ち去ろうとする。 しかし、ネロフレアがそれを止める。 「ああ、花嫁。どうか剣を引き出して戦って」 「はい?」 更に訳がわからないことを言われて、眉間にしわを寄せてしまう。 剣……腰に差してますが。 言いたい事が分かったのか、ネロフレアが苦笑いする。 「貴方の中に眠る、抜剣者と同じような剣の事です。集中し引き出す術を覚えてください」 「………レックスみたいな剣があるっていうの?」 「ええ。花嫁の力は、四棲だけ、という事ではないのですよ」 引き出し方。 あるというなら、試行錯誤してでも引き出せれば―― 「…花嫁、少し引き出す為の練習をして行ってください。私が助言します」 続けて彼女はバルレルに声をかけた。 「それと魔公子、少々お話があります」 「……あぁ」 素直に頷くバルレル。 レックスを放り出している状態なので、なるべく早く帰らないと…と思うの挙動で気付いたのか、ネロフレアは 「魔公子に話を先にしてしまいます。花嫁は少々離れていてください」 要するに、聞くなという事らしい。 疎外感を感じて少しだけ寂しく思うが、わがままを言っても仕方がない。 「じゃあ、終わったら呼んで? ちょっと外れるから」 レックスの所まで戻る時間はなさそうなので、適当に近くにいる事にする。 手をひらひらと二人に向かって振り、は二人に背を向けた。 後の会話が、どんなに重要なものだったかも知らず。 毎回の如くオリジナルばりばりです。 読んでくださってる方、本当にありがとうございます。 2004・2・27 back |