紫水晶 1




 イスアドラ温泉と花園を後にし、船へと戻ってきた一行は、先に戻っていたアティたち一行に出迎えられた。
 みんな、それぞれに『楽しかった』と、口をついていた。
 アティ側についていった者たちはレックス側の者たちに、どういう場所だったか、楽しかったかと話に花を咲かせていた。
 そうしている内に、護人は先生たちに
「残りの時間をゆっくり過ごせ」
 と念を押してから各々の場所へと帰って行った。

 はその様子を遠巻きに見ながら、先ほどから気になっている人物に目を向けた。
 ――バルレル。
 彼は近場の木に寄りかかりながら、どことなく思案顔をしていた。
 元々、みんなと仲良く談笑するタイプではないのだが、四六時中くっ付いて回っているには、彼がなにか複雑な事を考えていると見て取れた。
 なにを考えているか分からないが、放って置く事はできない。
 彼の側に歩み寄ると、寄り掛かっている木の逆側に自分も背を預けた。
「……どうしたの?」
「時間、あるか」
 唐突に言われ一瞬間が空くものの、なんとかこれからの予定を頭から搾り出す。
 食事当番ではないし、買出し係でもない。
 ウィルとナップの訓練も今日はお休みだし――
「……うん、大丈夫。でも、どうして?」
 バルレルは幾分か悩んだ素振りを見せ……それから意を決したように告げる。
「見せたい物があんだ」

「……で、なんでテメェまで付いて来んだよ」
 不機嫌丸出しの声を発しながらも、向かう先へと歩いて行く。
 は苦笑いしながら、隣を歩いている人物――レックス――を見た。
 彼は二人が外出する場面を見て、自分も付いて行く、と言い出したのだ。
『帝国兵に遭遇したら、二人だけだと大変だろ?』
 という彼の言葉をが呑む形で、三人での行動になった。
 はさくさくと歩いていくバルレルの隣に寄る。
「ねえ、どこ行くの?」
「……今日、俺らは蒼氷樹の群生地帯に行ってたんだ」
「蒼氷樹?」
 疑問を挟むに、レックスが説明をする。
「マナを含んだ木らしい。マナを少しずつ放射してるから、その周りは涼しいって話だよ」
「へえ…」
 で、どうしてそこへ行くのかと問うと、バルレルは口数少なく、
「言ったろ? 見せたいモンがあるんだよ」
「だから、見せたい物って?」
「……着きゃわかんだから、さっさと歩け」
 それだけ言い、後は完全に無言になってしまった。
 レックスを連れて来たからだろうか?
 ……今更、仕方がない事なのだけれど。

 微妙な空気が流れる中、三人は蒼氷樹の木々の広がる前に辿り着いた。
「で、こっからどうするの?」
 の質問に、バルレルはレックスを見据えた。
「テメェは、ここで待ってろ」
「……よく分かんないけど、ゴメン、待ってれくれる?」
 両手を合わせて、お願いのポーズを取るに、彼は苦笑いした。
 平気だから行っておいで、と両手をひらひらさせるレックスに、ちょっとホッとしたように微笑む。
 こんな事で怒り出すような人ではないと分かってはいるけれど、でも、途中で放り出すみたいで気持ち悪くて。
「凄く優しい人だよね」
 誰にともなく呟いた。

「行くぞ」
「ん、分かった」
 バルレルに腕を引っ張られ、蒼氷樹の木々の中へと入っていく。
 レックスに見送られながら。

 暫く歩く。
 サクリ、サクリと、蒼氷樹の葉を踏みしめながら、道なき道を行く。
 バルレルは迷いもなく進んでいくが、大丈夫なのだろうか。
「ね、ねえ…大丈夫なの? 道ないじゃん」
「アホ。よぉぉくその目をひん剥いて先を見てみやがれ」
「アホって……ったく、口悪い…」
 口を尖らせながら、言われた通りに歩く先を見る。
 道なんてない。
「………ん?」
 よくよく目を凝らして見る。
 すると、見えていなかったものが見え始めた。
 道と呼べる程、太いものではない。
 本当に気をつけて見ていないとあっさり見失ってしまいそうなソレは、道というより”紐”と言った方が正しいような気がした。
 バルレルに言われなければ気づかなかっただろう。
 その”紐”たる道は、蒼氷樹の銀色の葉に覆われながらも、不思議に存在を主張している。
 見過ごしてしまうほどの主張だけれど――確かに、淡く光る紐の道がそこにあった。
「……見えたろ?」
「うん。でも、よく見つけたね、コレ」
「あぁ。どうもな、俺に架けられた”誓約”に反応したみてェだ。…要するに、テメェの魔力に反応したんだろ」
「私の…??」
 何故、この島に己の魔力に反応するような物があるのだろうか。
 バルレルの話では、一緒に歩いていたアティやファルゼンは、全く気づかなかったらしい。
 彼がコレを見つけたのも偶然で、最初はアティかファルゼンに反応しているのだと思ったようだが、彼女らに見えていないとすれば対象はバルレル限定になる。
「なんで私の魔力に反応したってわかんの?」
「俺の頭ン中に、直接”声”がしたんだよ。『花嫁をこちらへ』ってな」
 ……それって、危ないんじゃないの?
 口に出そうとした事が先に表情に出ていたのか、バルレルはが言葉を発す前に、更に続けた。
「平気だろ。この”道”の波動は、テメェがよく知ってるモンだからな」
「………ありえるのかな、こんなのって」
 呟くようにが言う。
 バルレルはそれに、「さぁな」とだけ答えた。
 ありえるも、ありえないも――今こうして、目の前にそれは存在している。
 が受け入れようが、受け入れまいが。

「着いたぜ」
 バルレルの到着の言葉を待たずとも、そこが目的の場所だと分かった。
 蒼氷樹の森の中にありながら、そこだけ奇妙な円形状だった。
 木々はその円を覆い隠さんと、枝を、葉を、互いに絡ませあい、完全に上空からの視線までもシャットアウトしている。
 にもかかわらず円の中に木は一本も生えていない。
 代わりに小さな水晶が円を囲っていた。
 そしてその円形の場の中央には、地面に突き刺さった色揺らぐ紫色の水晶が一つ。
 淡い光を発し、辺りを柔らかく照らしていた。
とバルレルは、そっとその水晶に近づく。
バルレルは彼女の半歩後ろで、なにかが起きてもいいように気を張りながら。
「……この波動は……」
 今さっき歩いてきた道からした波動。
 のよく知る気配。
 四世界の一つ、サプレスの波動。
 そして、”花嫁”の持つ独特のそれ――。
 そっと水晶に触れる。
 瞬間、淡い光が円状の空間を包み込み―――ゆっくりと収縮して、水晶の前に光の塊を作り出した。
 驚いて数歩後ろに下がるの横にバルレルが立った。
 は目の前の事に目を動かす事も出来ず、ただただ直視していた。
 光は、淡く綺麗な――静かな明るさを保ったまま、そこに立っていた。
 風に流れる紫色の髪も、同色の美しい目も、全て存在を誇示している。
 揺らぐように彼女の周りを光が覆っていなければ、ただの人として受け入れられるだろう。
 が、彼女は水晶から出てきた。
 そして、はその人物を見た事があった。
 の四精の内の一人、サプレスの者。
 ”ネロフレア”に、彼女はそっくりだった。
 確かに彼女は自分の中にいる。
 だが彼女は今こうして外に出ている…ましてや、こんな場所にいるはずはないのに。

「ど、どうなってんの…??」
 疑問を口にしたに、その女性は静かに微笑んだ。

「ようこそ、三代目サプレスの花嫁…そして魔公子よ…」




えー、オリジナルです。ジャキーニ戦がある時軸での話です。
という事で、アティやカイルやナップ、ウィルはジャキーニさんと戦ってます(おいおい)
まだ何回か続きます、この話。

2004・2・20

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