お休みの日 4






 ”好き”が分からない。
 そう言うの表情に嘘偽りは全くなくて、淡々と言われて、それが逆に本当なのだという認識を高めた。

「どういう…意味かな」
「どういう意味って…」
 説明を求められ、は暫し考え込む。
 どう言えば伝わるのか、どの程度まで伝わるのかが分からなかったから。
 けれど音にしなければレックスにも分かりようがないので、なるべく自分の気持ちに忠実に話す事にする。
 補足は、後々にでもできるだろう。
「んと…多分、”恋愛”っていう物がよく分からないんだと思う。みんなと一緒にいたりして楽しい”好き”とか、この人と一緒にいると安心するとか落ち着くとか…ずっと一緒にいれたらいいなぁとか、そういう好きは凄くたくさん持ってるの。でも…」
 一端言葉を切り、彼女は今までつむっていた目を、静かに開いた。
「”恋愛”っていう意味の”好き”は、経験してないんじゃないかと思って」
は、”みんな”好きなんだ」
「そう…なんだよね。そこが微妙でさ……もしかして私、恋愛できない人種かと思っちゃうんだよ」
 バルレルに言えば一笑に伏されそうな話題だし、そういう機会にも恵まれていなかった事もあって、今まで誰にも言わなかった――否、言えなかった。
 レックスなら、言っていい気がしたのだ。
 自分より全然大人だし、答えを導いてくれるような気も、漠然とだがしていて。
 彼はを見ると疑問を口にした。
「大事な人が、たくさんいるって事だよな。それっていい事だと思うけど。…本気の恋愛か……」
 守りたいと願う人。
 いつも一緒にいたいと思う人。
 失くしたくない、大事な人。
 結婚してもいいと本気で思う人。
 ……理由付けはいくらでもできそうだ。
 四六時中頭の中をその人が支配していて――というのは、余りに陳腐な言い回しか。
 好きになるのに理由なんてないように、恋愛に発展する好きとそうでないものに、差があるのかと問われれば、レックスに言えることは『分からない』の一言に尽きる。
、多分そういうのは…明確な境界線がないんだよ」
「?」
 小首を傾げる。
 レックスはその仕草に、微笑を漏らした。
 戦っている時とは、全く違って幼く見える。
 可愛らしい。
 そんな彼の内心を知らず、は返答を待っている。
「つまりね、好きっていう気持ち自体が曖昧だろ? 恋愛用の好き、なんて多分存在しないよ。いつの間にか好きになって、その人で自分の中が一杯になって…そういうのが、恋愛っていうんじゃないかな」
 「あくまで俺の考えだけど」、と付け加える。
 は唸り、それから笑ってレックスの目を真っ直ぐ見た。
「レックスは好きな人で自分の中が一杯になった事、あるんだ」
「……ん、まあ…ある」
 頬が少しだけ鮮やかになり、それが彼女の笑いを誘った。
 年不相応に可愛らしい。
「あはは、赤くなってるし」
「あのな……からかわないでくれよ」
「からかってなんてないよ」
 純粋で、素直で、いいなと思った。
 レックスから言わせれば、ほど純粋で真っ直ぐな人も珍しいと思うのだが。
 短い付き合いではあるが、彼女がどんな人物かおぼろげながらに分かる。
 信念を持ち、損得に振り回されたりしない。
 『花嫁』としての責務から逃れる事なく、全力で突っ込んでいくだろう様も想像できた。
 はレックスが小さく笑いを零しているのに気づき、怪訝な顔を向ける。
「レックス?」
「わ!」
 寄って来られているのに気づいていなかった彼は、目の前に彼女の大きな瞳があるのに気づいて、思わず声を上げる。
 ついでに両手も。
「あははは!! 変なカッコ!」
 彼の行動に大笑いしたに、ちょっとだけムッとし、レックスは彼女をぎぅ、と抱きしめた。
 いきなりの行動に慌ててもぞもぞ動くものの、子供バルレルの腕からも逃れられないのに(彼は大人と大差がない力の持ち主だが)彼の抱きしめから逃げられるはずもなく。
 暫くもがいていたが、全く効果がないのと疲れてしまったので、諦めてレックスの胸に寄りかかった。
 彼が大人だからだろうか。
 トウヤやバルレルに抱っこされた時と、ちょっと感覚が違う。
 安心するのだけれど、どこか鼓動音が激しく聞こえる気がしたり。
 背中に回されている手が、温かくて、優しくて、でもちょっとくすぐったい。
 の心が微妙に混乱し出した。
(……な、なんか物凄く恥ずかしい…!!?)
 次第に赤く染まっていく顔を知ってか知らずか、レックスの胸にぴったりくっついたまま、微動だにしない。
 動く事が、躊躇われた。
 自分の吸っている息が奇妙に感じられ、頭の端っこがフワフワしている。
 今まで、多分誰にも感じた事がない感覚だった。

?」
「うん?」
 大人しく腕の中にいるの耳に口を近づけ、囁くようにして喋るレックス。
 時たま擦れる声に、彼女の背中になにかが走ったのは秘密だ。
「……悩まなくたって、きっと自然に分かる時が来るよ。だから、焦らなくていいと思う」
「……うん」
 目を閉じ、気持ちを整理する。
 ……焦る事はないんだと、そう言ってくれる。
 の中を、温かい風が流れていった。


「先生よぉ!」
「うわあっ!!」
 いきなり真上から降ってきた声に、慌ててを更にきつく抱きしめた。
「ぐぇ! く、くるしぃよ……レックスッ!」
「ごっ、ごめん!」
 レックスがを離して起き上がると、彼女もまた置き上がった。
 二人とも、髪の毛に花びらがぽつりぽつりと引っかかっている。
 声をかけた人物――カイル――が、ニヤニヤとなにか言いた気な表情で、互いの髪についた花弁を取っている二人を見る。
 その微妙なカイルの表情に、レックスもも不思議そうな顔をした。
「…いい雰囲気じゃねーかあ? 俺も仲間に入れてくれよ」
「なっ!!」
 レックスの頬が、火を灯したように赤くなる。
 対して、の方は暫く考えた後、抱き合っていた状態だったというのを思い出し、あははーと照れ笑いをした。
 バルレルにもトウヤにもやった事があったのだが、大人の人に対してやってしまったのは彼女にとって初体験。
 テレもする。
 レックスほどではないが。
「べ、別に俺たちは…そんなやましい気持ちで……」
「あーあー分かってるぜ。先生だって男だもんなあ。でも抜け駆けってのはどうなんだ? バルレル怒るぜえ」
「だから違うって…!!」
 ユデダコのようになりながら、必死に否定するが、
 余計にカイルを煽り立てるだけの結果に終わる。
 はその二人の男の様子を、笑いながら見ていた。

『焦らなくていいんだよ』
 レックスの言葉を、胸に灯して。








という話(何だというのだ)
みんな好きというコンプレックス。それじゃ駄目だと気付いてはいる女主さんでした。

2004・2・6

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