お休みの日 3





 ナップと彼の弟のウィル、そしてとの関係は、ここの所非常に上手く行っていた。
 戦闘訓練という名前の交友をしている成果だろう。
 今では、最初の頃にあった不信というものは全く気配を見せなくなった。
 バルレルとも、友達感覚で話をしているし。
 年齢がそう激しく離れている訳でもないとも、友達のように接してくれていた。

 隣に座って足をばたつかせているナップに笑いかけてから、は自分も足をばたつかせ始めた。
 二人分の水しぶきが飛ぶ。
 海水の球が、空に上がっては落ちた。

 いい天気。
 過去に来ているなんて状況ではあるが、楽しめるときに楽しめ思考の持ち主であるは、こういう時は余り難しい事を考えない。
 とはいえ。何も考えない訳ではないのだ。

(……きれいな空だなぁ……。透き通るようなって、こんな空なんだろうな…)

 ほけらーっと見上げていると、ナップが不思議そうな顔をして聞いてきた。
「なあ。何ぼけーっとしるんだよ」
「うん……何か平和だなぁと思って」
「平和って……」
「確かに表面は平和だけどさぁ…」
 帝国兵がいたり、先生の持つ剣の不安があったり…これからの事を考えれば、決して楽観は出来ない状況なのだ。
 ナップは少々呆れ顔をしながら、でも、気分は分からないでもなかった。
 陽気が良くて、波が穏やかで。
 足元から来る温かい海水も手伝って、気持ちが落ち着く。
 だからだろうか。何となしに、言葉が口をついて出た。
「…オレさあ、この島に来た時…最悪だって思ったんだ」
「最悪?」
 足でゆっくり水を漕ぐようにしながら、彼は頷く。
「屋敷で暮らしてたからさ」
「マルティーニ家だっけ? 私は知らないんだけど、大きな家だって聞いたよ」
「……うん。いつもオレとウィルの二人だけで、勉強したり、食事したりしてたんだ。父上も母上も、オレたちの事より仕事って感じだったし」
「………」
 そんな事ないよ。
 言ってしまうのは簡単だが、は口をつぐんだ。
 安易に口にしてしまえるような問題ではないと思ったから。
 こと、親兄弟の関係については。
「オレたちの回りにいるのは、使用人ばっかだったんだ。軍の試験を受ける事になったら、突然、家庭教師なんて他人と一緒に生活しながら、軍学校まで行く事になってさ。……正直、辟易した。
 他人と一緒に生活するなんて冗談じゃないって。ウィルも同じように思ってた」
 空を、仰ぐ。
「屋敷より不便極まりないし、ワケ分かんない事ばっかだしさ。正直、今でもやってらんないって思う事もある。でも…代わりに、知らなかった事を一杯知った。勉強も遊びも、食事だって、みんなと一緒の方が、ずぅっと楽しいんだって」
「うん」
「今は…オレ、ここに来れてよかったって思うんだ。スバルやみんなと会えたし、先生がいてくれるし。勿論、アンタに会えたのも、最高だよ」
 ほんの少しだけ赤く染まった頬を、かりかりと掻く。
 若いけれど、でも、ちょっとだけ背伸びしたい年頃の微妙な言い回しと態度。
 見ているはなんだかくすぐったくなってしまった。
 こういう純粋な好意は、受けていて気持ちいいし、嬉しいけれど、
 でも、少しだけ恥ずかしい。
「私も、ナップやウィルや…みんなと会えてよかったと思ってるよ」
 こつん、と頭を優しく触れ合わせる。
 ナップの頬が、更に赤く染まった。
 は気づきながらも、行為を止めはしない。
 温かい時間が、二人の間を流れた。

 暫く寄り添っていた二人は、突然後ろから軽く肩を押されて、前のめりになった。
 危うく、水没する所だった……。
「な、誰だよっ!!」
「へへへー、油断大敵だぜ! 兄ちゃん!」
「スバルぅ…ダメだよぉ…」
 スバルが豪快に笑う後ろで、パナシェが申し訳なさそうにもぞもぞと動いた。
 ナップは「くそぉ」と言いながらも笑顔で、スバルとパナシェを温泉に引き込む。
 は二人と入れ違いに、温泉からするりと抜け出る。
「あっ、ずるい!」
 スバルが水浸しになりながら言うが、
「今度は花畑行ってきまぁす」
 笑顔で素早くその場を後にした。
 ……ちょっと、水遊びに惹かれなくもなかったけれど。

 花畑には、レックスとアルディラがいた。
 ヤッファは少し離れて、お昼寝中。
 に気づいたレックスは、片手を上げて彼女を呼んだ。
!」
「アルディラと一緒だったんだ」
 アルディラは立ち上がると、小さく笑った。
「ええ、スバルと一緒に話してたのよ。…それじゃあ、私クノンの所に行ってくるわね」
「ああ」
 レックスとを背に、荷物番をしているクノンの元へと向かう。
 入れ替わるように、は彼の隣に座り――そのまま仰向けに倒れた。
「あーーー………いい香り」
 視界に入るのは、抜けるように青い空。
 天然の花の香りが鼻腔をくすぐり、何となしに気持ちがすーっとした。
 直ぐ耳元で ”とさ” という音がし、顔だけを向けると
 レックスも同じように仰向けになり、空を仰いでいる。
「気持ちいいな」
「うん」
 笑い、視線を空へと戻す。
 流れる雲は、地上の者たちの苦労も何も気にした所ではなく、ただ、ようようとしていた。
 ぼぉっと流れている雲と透き通る空を見ていると、雲と同調するように、色々な思考も、ゆっくりと流れていく。
(…半年経って…結局みんなのトコにも帰ってなくて…心配してるかなぁ。もう呆れられちゃってるかもしんない…トウヤとかソルに好きな人ができてたりとか…)
 自分自身の考えに、そわそわし出す。
 彼らが、自分の知らない所で変わってしまうのは嫌。
 旅に出たのは自分の意志だし、半年の間に彼らが変わっていないとも限らない。
 ましてや、自分だって気づかない内に変わっているのかもしれない。
 でも、それでも。
(二人が、みんなが、『おかえり』って言ってくれて…私を受け入れて欲しいって願うのは、ワガママなのかな…)
 今までと違ってしまうのは怖い。
 トウヤもソルも、己の事を”好き”と言ってくれるけれど、いつまでも、ずっと永久的にそうだとは限らない。
 自分で、自分の在り方が分からなくなってきた。
「……帰りたいのかなぁ…」
「どこへ?」
 レックスに問われ、思考を口に出していた事に気づく。
 少々口ごもる。
 だが、結局無言に耐え切れなくなったが折れる形で、喋り出した。
「…どこって…家、かな」
「家って、『名も無き世界』の?」
「ううん、サイジェントと…ゼラムと…かな」
 今はどちらかといえば、サイジェントのみんなの顔が浮かぶ。
 はころりと右を向き、レックスの顔を見た。
 彼も彼女を見る。
「…ねえ、レックスって恋愛した事ある?」
「…………う、え??」
 先ほどまでとは全く違う趣旨の、唐突な切り口に、彼は目を丸くし狼狽の色を見せた。
 そこまで驚かなくともいいと思うのだけれど。
 答えを知る気を引かないは、彼の目をじっと見つめ、返事を待った。
 レックスは暫く考え込み――それから、小さくため息をつく。
「…一応、秘密にしといてくれよ?」
 答える義理はないのだが、に敵わないと覚ってか、”誤魔化す”という選択肢を投げたようだ。
 目を静かにつむり、恥ずかしさから少しだけ目をそらした。
「……勿論、あるさ。誰かと付き合った事だってあるし、片思いだってある」
「誰かは聞かない事にする。聞いた所で、多分知らない人だろうしね」
 アティだったら別なのだけど、それはここに来る前に、レックスとアティの両方から否定されている。
 以前お付き合いがあったとしたら、正直な彼らの事だ。
 それらしい素振りは見せただろう。
「でも、何でいきなりそんな事聞くんだ?」
 にだって、好きな人の一人や二人…。
 目を開き、そう言おうとして――彼女が目をつむっている事を知った。
 何か、考えている様子。
 ――暫くして、彼女が口を開いた。
「あのね、私、好きとかって、よく分かんないんだよねぇ」

 風が、流れた。




まだお休み中。ナップ、レックスと会話かつ葛藤。
コイバナしてますね……(まともなコメントはないのか)

2004・1・30

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