お休みの日 1





『 気をつけるんだ…… 』

『 君は、とても危ういから 』

『 支配されてしまうから 』

『 決して――……は、いけない… 』


 ――暗闇と、静寂。
 その闇の中に、レックスがいた。
 アティがいた。
 ナップが、ウィルがいた。

 ねえ、どうしたの?
 声を発したはずなのに、音にはならなかった。
 みんなは驚嘆の眼差しで、私を見ている。
 どうしてそんなに驚いているのか分からなくて、私はみんなに近づいていく。
 一歩、二歩。
 そして、三歩目を踏み出した瞬間に、レックスが変化した。
 手には、シャルトス。
 私から生徒を、アティを守るように立ちはだかる。
 ねえってば、一体どうしたっていうの??
 やはり音にならない声に、眉を潜める。
 レックスが、ゆっくりと歩いて来た。
 そして――


 飛び跳ねるようにして起き上がる。
 どきどきと心臓が飛び出すのではないかと思う程の動悸。
 額から汗が流れる。
 朝の光を体に受けているにも関わらず、まだ、あの漆黒の闇の中にいる気がした。
 手の甲で汗を拭うと、隣を見る。
 いつものように、バルレルが眠っていた。
「………夢」
 酷く不快な夢だった。

 レックスに殺される夢なんて。


「おはよー」
「おはよう」
 レックスが一番に返事を返してくれる。
 夢の中の彼とは当然ながら違って、笑顔で挨拶をしてくれた。
 続くように、ソノラやカイルや――みんなが挨拶をした。
 バルレルもの後ろから、面倒臭がりながら結局挨拶している。
 朝食を食べながら、レックスが聞いてきた。
「なあ、。今日って用事あるかなあ」
「ん? …特に用事っていう用事はないけど」
 用事という用事がない――というより、はこの島に着いてから今まで、大した事をしていない。
 ナップとウィルの訓練を引き受けてからは、それをメインに活動しているようなものだったし、バルレルはバルレルで、暇さえあればサプレスの――はざまの領域にいるし。
 この島から元の時代へ戻る方法を探そうにも、参考になるような書籍もないし、ためしにゲートを開いてみた事もあったが、やはり結界のせいなのか、ここに戻って来てしまって全く意味がない。
 そんな訳で、日々それなりに生活している状態であった。
 そんな折のレックスからのお誘いである。
 彼は少々何かを考えていたようだが、思い切った風に
「今日、ちょっと付き合ってくれないかな」
 と言った。
「……戦う、とかだったら却下なんだけど」
「違うよ」
 苦笑いしながら言う。
 だったら、一体何なのだろうか。
 メイメイさんの所に買出し?
 その程度で付き合えとは言わないだろう。
 ナップは何やらニヤニヤしているし、スカーレルもカイルも同様だ。
 アティも無用なまでにニコニコしている。
 …なんだっつの。
「んと…じゃあ何??」
「実は……」

 話を聞くと、今日は先生二人の休日にしようという事になっていたらしい。
 昨日はアルディラのところで、機械の説明を片っ端から聞いていたので、その疲れのせいで、果物をちょっとだけ食べて直ぐにダウンしてしまったのだ。
「言われないと、センセたちって延々と働き続けるからねー、無理矢理休みとらせる事にしたんだ」
 ソノラが笑いながら言う。
 ……確かに、彼らはワーカホリックと言っていい程の働きっぷりだ。
「そっか、それで…。あれ? でもレックス、アティと一緒じゃないの?」
「え?」
 いきなり名指しされたアティが、「どうしてそこに私が」 と不思議そに小首を傾げる。
 何故不思議がられるのか、こっちが不思議だ。
「だって、二人って付き合ってるんじゃないの??」
 いつも一緒にいるし。

 …………。

 ぷ、と吹き出したのはナップだった。
「あははは!!! 何だよそれえ!!」
「なっ…だ、だって!」
 笑われてしまい、ちょっと頬を染める
 ナップに釣られるように、その場にいる全員が笑い出した。
「ちょ、ちょっとぉ! 笑ってないでよぉっ」
「ははっ、ごめんごめん。そんな風に見られてるとは思わなかったからさ」
 レックスが笑いを噛み殺しながら、何とか言う。
 むぅっとしているを宥めるように、頭を小突くスカーレル。
「まぁったく、凄い勘違いさんだわね」
「ケケケ、マヌケ〜」
「バァルゥレェルゥゥ…」
 ごちこん、と頭に拳。
 いてぇ! と叫んだバルレルに、ちょっとやり過ぎたかと思いつつも、一番大笑いしていたのは彼だったので順当だと自分を納得させる。
「で、違うの?」
「全然違いますよ」
 アティがいまだクスクス笑いながら言う。
「ただの同期ですってば。何でそう思うんですか?」
「いや、いっつも一緒にいるし」
「それを言うなら、さんとバルレル君だって」
「えー、だって護衛獣だし」
 その言葉に、ぐさっと来たのが誰かは言うまでもなかろう。

 ……俺のオンナだって言ってやりてぇ。

 この時ほど、心底思ったことはなかった。
 人間の感情に敏感なバルレルは、何故レックスがを誘っているのか、その理由が分かっていた。
 レックス自身、まだそんな意識はないのだろうが…。
 もし、芽生えてしまえば後は早いだろう。
 それほど、という存在が深層意識に食い込んでいる。
 何故かは知らないが。

「ま、とにかく俺とアティは何でもないよ。…話が反れちゃったな。で、いいかな」
「まあ、別に私はいいけどさ。アティはどうするの?」
「私は、ヤードさんと一緒に何かしようと思いまして」
「ふぅん…」
 まあ、いいんだけど。
「で、レックスどこに行こうっての?」
「うーん…それがさあ、決めてないんだよな」
「はぁ?」
 人を誘うぐらいなのだから、てっきり行き先とか、やる事とか決めていると思ったのだが…。
「それがさあ、俺とかアティとかって、本読んだり、のんびりしたりするぐらいしか休日の利用法知らないんだ」
「……まあ、私も人の事は言えないんだよねぇ」
 の休日の利用法なんていうのは、リィンバウムに来て大幅に変わってしまった。
 日本にいた頃は、ゲームセンターやらショッピングやらカラオケやら、それこそ色々やったものだが…こちらの世界に来てからは、レックスやアティと同じような過ごし方しかしない。
 それにここ最近は、四棲を捜す旅をしていたので、休日という休日はなかった。
「……どうしよっか」

 結局、一部の人間を船に残して集団で出かけることになった。
 レックスとは、ヤッファ、ファルゼン組みに連れられ、アティとヤードはたちとは別の場所へと向かった。



山も無く谷も無く。…要するに9話のお話なのです。

2004・1・9

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