ナップとウィル 1





 月の明かりが島を青白く照らす。船の甲板には、三人の姿。
 と生徒二人のものだ。
「二人ともどうしたの?」
 もう、二人とも眠ってしまっていると思っていた。
 特にウィル。
 バルレル――狂嵐の魔公子――の魔力を正面から浴びたから、彼は相当疲労しているはずで。
 …起きていられるという事は、バルレルが手加減したのだろう。
 ――二人とも、何も言わない。
 無言の空間が広がった。
「…ねえってば、どうしたの? 何か私に用事があったんじゃ?」
「……その…」
 困惑したような、悲しむような声。
 ナップは、ウィルの動向を見守っている。
「…その、さっきは……申し訳ありませんでした」
「俺も…ごめん」
 丁寧時お辞儀をする。
 その表情は、まるで最後の審判を受ける者の様だ。
「……いいから」
 二人の肩を叩き頭を上げさせる。
 まだ不安そうな顔をしている彼らに、は微笑みかけた。
「君たちの気持ちは――まあ、分かるから。怪しまれるのには慣れてるし、平気。いやー、自分で言うのも何だけど、怪しいもんね、私」
 あははーと笑って済ましたかと思うと、急に真面目な顔になる。
「それにね、二人が周りの事を心配して、そういう行動を取ってるのは分かるからさ。だから、気にしなくていいよ」
「本当にすみませんでした」
 ウィルが深々と謝った。丁寧なコだ。
「なあ、アンタの護衛獣…とんでもないな」
 ほっとしたのか、いつもの口調で話し出すナップ。
 うん、元気な方がいいよ。
 ウィルもナップの言葉に同調するように頷いた。
「本当ですよ…子供の姿をしてるから…そんな風に見えなかったです」
「ほら、サプレスの住人って、常にマナを消費してるらしいじゃない? だからいつもは消費を少なくするために、子供の姿なんだって」
 ピンチの時などはああして魔公子の姿になるのだが…今回のは私怨で変化している。ピンチでもなんでもないのに。
 悪魔というのは、自分の本能に忠実なきらいがあるから、それをどうこう言うつもりはないけれど。
 ウィルはバルレルの本気を思い出したのか、ぶるっと身震いした。
「…怖かったです。前に立たれただけなのに、立ちすくむ思いでした」
「まあ…サプレスの王とか言う話だしね…」
「そんな奴を、よく護衛獣にしてるな」
 呆れ半分、尊敬半分の眼差しで言うナップ。
 は苦笑いするしかない。
「だって、最初は全然そんな事分からなかったし…」
「でも、彼を誓約するほどの力があるんですから…、貴方も凄いです。…それに、彼は貴方を凄く想ってる」
「ああ、それは俺も思った! だってよ、フレイズが 『花嫁』 の事言い出したとき、マジでキレてたもんな!」
 何やら感心したように、うんうんと頷く二人。
 普段は全く言動が違うのに、こういうのはピッタリあっているのを見ると、やはり兄弟なのだろうと実感する。
 ――が、ああいうのは想われているというのだろうか。
 いや、意を汲んでくれているから、そうなのか。
 腕を組んで空を見上げる。
 するとウィルがいい難そうな顔をしながら、上を向いているに声をかけた。
「……あの、さん」
「ん?」
「……俺たち、お願いがあるんだ」
 お願い?
 視線を下に戻し不思議そうに言うと、ナップとウィルはコクンと頷いた。
 …可愛いなあ…ではなくて。
「うーん、私にできる範疇の事ならいいんだけど」
「大丈夫です」
「俺たち、二人で考えて決めたんだ」
 余りに真剣な表情なのでも自然と体に力が入った。
 一拍置いてウィルが言う。
「僕らに、戦いを教えて欲しいんです」
 ………え?
 はかなり面食らった。
 戦い方――??
 どうして、と聞く暇も与えてはくれず、ナップがたたみかけるように言う。
「頼むよ! 強くなりたいんだ!」
「ちょ、ちょっと待ってって…」
 彼らにはレックスとアティという先生がいて、実戦や知識を――召喚術なり剣術なり――教えてもらっているはずなのだ。
 それなのに、戦いを教えて欲しいというのは一体。
 二人を(むしろ自分を)落ち着かせると、理由を聞く。
「ねえ、戦いを教えて欲しいって…どういう事?? レックスやアティっていう、ちゃんとした先生がいるじゃない」
「確かに、僕らは先生たちに色々教えてもらってます。でも……」
 言葉を引き継ぐようにナップが続ける。
「それは実戦じゃない。当然だけど、手加減されてるのが分かるんだ。俺たち…もっと強くなりたい。足手まといになりたくないんだ!」
 帝国軍が動きを活発化させていて、戦う手が少しでも欲しい時に、ほんの少ししか力になれない自分たちが悔やまれるのだろう。
 気持ちは分かる。分かるけれど――。
「…それは、ちょっとなあ…。私は先生じゃないから、教えるのは難しいよ。きちんとした型式にはまった技術を持ってる訳じゃないんだよ? だって、全部実戦で養われた物なんだもん」
「だから、お願いしてるんです」
「??」
 ウィルが説得を続ける。
「テキスト通りの戦いや、教えてもらうための訓練は、必ずしも実戦に役立つとは限りません」
 まあ…確かにそうなのだが。
 は眉を寄せつつ、フォローする。
「でもね、基本を頭に入れてないと、動く事も出来ないでしょ? 今、先生達が二人に教えてることは重要なんだよ」
「それも分かってる!」
 ナップが間に割って入ってきた。
「でもっ、これ以上先生達に苦労かけたくないし、かといって独学で勉強するのも限界なんだよ…なあ、頼むよ! 俺たちに稽古つけてくれよ!!」
 真っ直ぐで、決意を秘めた目。
 何を言っても聞かなさそうだ。
 ――自身、ソルやレイドに訓練を頼み込んだ事もある。
 だから彼らの気持ちはよぉく分かった。
 しかし、安受けあいしていい物ではないという事が彼女を困らせている。

 …暫く考え、はぁ、と息をつく。
 ナップとウィルは全く目線を逸らさない。
 どうあっても承諾させる気でいるらしい。
「……分かった」
「ホント!!?」
 やった! とばかりに弾んだ声を出すナップを手で制し、厳しい顔で先を続ける。
「ただし、レックスとアティにきちんと了解を得ること。それから、これは稽古をつける時の事だけどね――」
 うん、と頷く。
「私は先生たちみたいに優しくないよ? 厳しいっていうんじゃないけど、手荒い訓練になる。それでもいい?」
「望むところだぜ!」
「当然です」
 ――相当覚悟があるらしい。
 ならばから言う事はもうない。
「ん。じゃあ、ちゃんと先生に許可もらってね」
「明日から訓練してくれるのか?」
「君たちがいいならね」

 翌日。
 しっかり許可を貰った二人は、とりあえず先生同行の元、青空学校の側で訓練を受ける事になった。





という事で、ナップとウィルの話です。も少し続きます。
……あぁ、もう少しで今年が終わる…;;

2003・12・26

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