黒髪の敵対者 3




「大丈夫かい?」
 イスラとビジュが去った後、はレックスにその場で手当てをしてもらっていた。
 自分で出来るから大丈夫だと何度言っても、彼は聞かなかった。
 ほんのかすり傷である頬の傷や、まあそれなりに鈍痛が残っているお腹を、ピコリットで癒してくれる。
 レックスとナップは、丁度近くで授業をしていたらしく、雷の音と剣戟で気づき、慌てて見に来たとの事だった。
「はぁ〜、参った…ありがとね」
 頬を触り、綺麗に傷がなくなっているのを確認し、微笑んだ。
 腹の鈍痛の方は直ぐに消えてなくなったので、問題はないだろう。
 いつの間にか放り出されていた短剣を取ると、鞘に戻した。
 ちょっと訓練するだけのつもりが、本格的に戦いになってしまうなんて…。
帝国兵というのは軍服を着ているから、直ぐに分かるだろうという慢心が、引き起こした事かもしれなかった。
 何しろは帝国兵の軍服を見た事がなかったのだし、イオスやルヴァイドがそうであったように、軍服を着ていない兵士だっているだろうという事を、失念していたからだ。
 改めて、自分の甘さを認識する。
 バルレルに今まで何度も釘を刺されているというのに…。
 私って、つくづく学習能力が薄い……。
 レックスは治療を終えると、心底申し訳ないという顔をしていた。
 怒られた子供のように、萎んでいる。
「…すまない…事前にもっと詳しく色々な事を話してれば」
 こんな事にはならなかったのに。
 突然こういう形で巻き込む事は、きっとなかったのに。
 表情が後悔に歪んだ。
 彼があまりに自分を責めているので、は慌てて手を振った。
「レックス、大丈夫だよ。大層な怪我を負ってる訳でなし。それに……」
 ふっと微笑む。
「どうせ、いつかはこういう風になったんだろうし。それが遅いか早いかだけの話で…だから、気にしないで」
「……彼は、イスラは…帝国軍の一員なんだ。記憶喪失を偽って、暫くは島の仲間として生活してた」
「『レックスとアティの所にいるなら、僕の敵だ』って…そう言ってた」
「帝国軍はシャルトスを持ち帰るのが任務。…だから、彼らにとって、俺たちは例外なく敵なんだよ。悲しいけど」
 それを聞いて納得する。
 しかし……それだけの理由でイスラは自分と戦ったのだろうか?
 彼は実力を見たがっていた。
 本気で戦えと。
 ただ邪魔な人間を排除するだけであれば、そんな事を言う必要はない。
 考えられる要因としては、彼が好戦的である――その一点だが、とてもそうは思えなかった。
 明らかに、彼は私を試していた…。
「とにかく、無事でよかっ――」
「なあ」
 レックスの言葉にかぶさるように、今まで沈黙を保っていたナップが声を発した。
 ………幾分か、いや、かなり不信感たっぷりに。
 彼は座っているの前に立ちはだかるようにして、
 きつい視線を向けてきた。
 言わんとしている事を何となく察したが、何も言わずに聞く。
「アンタ…一体何者なんだよ。イスラとビジュ二人と戦って、この程度の傷なんて、普通じゃないぜ!?」
「………」
「それに、さっきの紫の光――」
 あれはマズッたと本気で思う。
 レックスとナップに被害が及ぶと分かった時、無意識に”花嫁” の力が表に出、サプレスの二人の内の一人が、力を放出してしまったのだ。
 この島は四世界の力が上手く循環している上に、結界で外界からの影響を受けにくいせいか、の”神聖化”する力がそんなに必要ではなく、それ故、力の加減が難しいようなのだ。
 バルレルが言っていた、『飽和状態』 とはこの事かと今更ながらに思う。
 瞬間的な力には、どうにも意識が及びようがなく、さっきビジュとイスラを吹き飛ばしたのは不可抗力なのだが…。
 レックスはが話をする気になるまで待ってくれる様子だが、ナップの方はそうもいかないらしく。
 何とかせねば、不審人物のレッテルを貼られてしまう。
 ……それは嫌だ。
「……アンタの正体は何なんだよ! 帝国兵なのか!?」
「違う。先生たちには言ったけど、私は帝国に行った事もない。それに…正体ったって、フツーのヒトなんだけど」
「…旅人は、皆その強さを持ってるっていうのかよ」
 ナップの言葉に、は必死で思考を回転させた。
 彼らに本当の事を言うのは簡単だ。
 しかし――言ってしまえば後戻りは出来ないし、それ以前に信用してくれるかも不明だ。
 余計に不信感を抱かせる結果になるかもしれない。
 が、全てを隠しておくには――ちょっと状況が悪過ぎる。
 レックスが苦笑いした。
、言いたくない事は無理に言わなくてもいいよ」
「先生!」
 ナップが咎めたような声を出す。
 手でそれを静止し、レックスは話を続けた。
「でも…これだけは教えて欲しい。決して他の人には言わない。約束するよ」
「うん…」
 何を言われるのかどきどきしながら、待つ。
 ナップも真剣な表情でレックスとを交互に見ていた。
「君のさっきの紫の光――あれは、高出力の魔力だったろう。しかも特殊な術を使った訳でも、召喚術を使った訳でもない」
「……」
「どこで、そんな戦い方を覚えたんだ?」
 はため息をつくと、
「…お願い、本当にここだけの話にしてね」
 ああ、と答える。ナップも頷いた。
「……二度、大きな戦いに参加した。その時に、とある力を持ってるって分かったの。物理的な戦い方も、召喚術も、その特殊な力も…全て実戦でつちかった」
「………戦いって、やっぱり帝国兵じゃ…」
「何度も言うけどそれは違う。…信用できないとは思うけど、それは事実なの」
「信じろって言われたって、そんなの信じられるかよ!」
「ナップ落ち着け」
 宥めるようなレックスの言葉に、ナップは仕方なさそうに口をつぐんだ。
 レックスが彼の肩を掴み、その目を見る。
「いいか、ナップ。もしが帝国の人間だとしたら…どうしてイスラとビジュが彼女を攻撃するんだ?」
「それはっ……」
「彼女は敵じゃない。そうだろ?」
「………分かったよ」
「レックス…ありがとう。ごめんなさい」
 口唇を噛む。
 ――こんないい人に、自分は自分の事をきちんと話すことができない。
 それが情けない。
 相手の信頼を得るためには、自分の本心をぶつける必要があるのに、今のにはそれができない…。
 これでは、信用してくれるはずもない。
「…時期が来れば、話せると思うの。だから…ごめん」
 嘘だ。そんな時が来ることなんてありえない。
 否、あってはいけないのだ。
「ナップ…」
 至極不安そうな目でナップを見ると、彼もまたに目を向けた。
「…もういい、分かったよ。アンタは俺らの敵じゃない」
「ありがと…」
「だからって、あの無茶苦茶な力を感嘆に納得なんてできないからな」
「うん、分かってるよ」
 今は、それだけで充分。

 帰りがてら、レックスは帝国軍の主要な人物をに教える事にした。
 またこんな事があるとも限らないからだ。
 ナップは少し先を、ため息をついて歩いていた。
「今この島にいる帝国兵は、アズリアという黒髪の女性が率いる部隊で、その補佐としてギャレオっていう…大柄の男性がいる。ビジュもその部隊の一員なんだ」
「イスラは?」
「彼は…アズリアの弟なんだよ。どこの部隊かは分からないけど…彼が単身で来ている可能性が高いね」
 アズリアの部隊以外は見ていないというのがその理由だ。
 イスラは帝国軍の一員で――レックスの持っている剣を狙っている。
 それは間違いない。
 だから、彼の言う
『レックスとアティの所にいるなら敵』
 というのも、理屈としては分かる。
 ――けれど、自身の力を把握するというのは、彼ら帝国軍の意とは関係ない所にあるのではないのか?
 ……分からない。
 部隊のために、実力を測ろうとしたのだろうか。

「とにかく、はもうイスラとビジュに敵と判断されてる。だから…部隊に遭うような事があったら、逃げるんだ」
「さすがに集団と戦おうとは思わないよ。バルレルに怒られちゃうもん、大怪我なんかしたら、それこそ」
 烈火の如く怒る……と思う。

『テメェ、また余計な事に頭突っ込みやがって!!』

 ……絶対言う。
「とにかく気をつける」
 明日から、鍛錬は船の近くでやろう。

 ―――気づくはずもなかった。
 まさか、近く己の ”魔力” を皆に見せるような事態に陥るとは。
 それも……バルレルのせいで。




いやまあ、そういう話で(どんなん)
イスラとビジュとの遭遇話でした。

2003・12・5

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