黒髪の敵対者 2 「っく…!!」 ギャリッ! 剣と剣が擦れる。 はイスラの剣を何とか鍔の部分で引っ掛け、攻撃を止めた。 彼女の剣は短剣ゆえに、イスラの普通サイズの剣を受けるには少々役不足。 かなりいい素材を使って作られた剣なので、ポッキリ折れてしまう事はないが、短剣と長剣ではリーチの差が相当ある。 それに、には彼と戦う理由がない。 これが一番の問題だった。 本気で戦う事も出来ず、かといって気を抜けば倒されてしまうだろう相手。 彼の心がどこにあるかは分からないが、とにかくは繰り出される攻撃を、どうにかして凌ぐしかなかった。 「ほらほら! 守ってばっかりじゃ面白くないじゃないか!」 矢継ぎ早な突きを、足運びと短剣で何とか避ける。 「あっ…」 「たぁっ!!」 一瞬、砂に足を取られてバランスを崩す。 そのほんの少しの隙を見逃さず、イスラは剣を突いた。 「……!!」 よろけながら、重心を無理矢理移動させ攻撃を避ける。 イスラの剣が、顔の真横を霞め、頬の皮膚を切り裂いた。 皮膚一枚程度のものではあるが、つぅ、と血が流れる。 は地に付いた手に砂を掴み、状態を回転させながらイスラに向かって投げつけ、彼が怯んだ隙に距離を計って剣を握りなおした。 「へぇ……女の子なのに、結構やるね」 「……それなりに経験あるからね」 言いながら息を整える。そうしてから彼を見た。 イスラは歪んだ微笑みを湛えたまま、を見ている。 「…イスラ」 ”さん”をつける事などせず、聞く。 「レックスとアティの所にいるなら、敵だと…そう言ったよね」 「うん、言ったよ」 「……彼らに恨みでも?」 「さあね。ただ、僕には僕の理由があるんだ。…君が彼らの仲間だというなら、僕には君と戦う理由がある」 「私にはないんだけど」 彼は至極楽しそうな顔をしながら 「状況を分かっていないなあ…」 言い、間合いを一気に詰める。 上から振りかぶるようにして一気に剣を振るった。 剣の自重とイスラの腕の力を、短剣の腹で何とか受ける。 柄と先の方を両手で押し上げるようにしながら、彼の腹を蹴る――が、モーションで気づいたのか、足が届く前に退いた。 けれど、リズムを刻むようにはそのまま足を踏み出し剣を横に薙ぐ。 「!! しまっ…」 慌てて身を引こうとするが、スピードはの方が上。 ――が、ほんの少し速度が緩んだ。 その間にイスラは腰を引き、距離を取る。 は何も手傷を負わせようとしている訳ではない。 単なる威嚇だ。 イスラと距離を取り、剣を構えたまま目線は外さず困ったように眉根を寄せる。 さっきの攻撃でイスラの体を傷つける事はできた。 彼はまさか懐に入られるとは思っていなかったようだし、斬り付けられれば、唯ではすまなかっただろう事を理解している。 それだけの攻撃が出来るチャンスがありながら、なぜか彼女は攻撃しなかった。 僕を見くびっているのか、それとも、彼らのように甘い考えを持っているのか。 自分の持っている剣をぎゅっと握りなおすと、目を細めた。 「……攻撃できたはずだ。遠慮なんかしないでよ」 「あのねえ! さっきも言ったけど、私はアンタと戦う理由なんかないの」 「僕にはあると言った。殺されたいのかい?」 はため息をつく。 どうしてこう…戦闘に巻き込まれるのだろうか。 心底困ってしまう。 私は、好き好んで戦いたいとは思わないし、ましてや、昨日今日来たばかりの島で、しかも初対面の人に攻撃されて、『はいそうですか』 と剣を振るう事は出来ない。 防衛ならともかく、積極的に攻撃などできやしない。 それをするには、イスラという人物を知らな過ぎるし、前の戦いでそうだったように、はどこかの団体と一緒にいて、一面からしか物を見ないことは避けたいから。 だから―――。 「イスラ、アンタがどういう人なのか、私はよく知らない」 「だから?」 「だから、本気で戦ったりしない。私が本気で戦うのは、私がどうしても許せないと思う奴や、どうしようもない理由で戦わなきゃいけない時、仲間を守る時。何が何だか分からない理由で戦わない。だから殺し殺されなんてしない」 そう告げる。 イスラは真剣な目をしてを見る。 ……なんて甘い奴。 あの海賊船にいる奴らや、この島の連中と同じだ。 僕は本気で殺そうとしているのに。 あの 『先生方』 の憎しみをあおるために。 「……」 二人は、動かない。 剣を構えたまま。 『……染めてしまえ』 『そうすれば』 イスラの頭の中に声が響いた。 そして、理解する。――彼女は有益だ。 諸刃の剣でもあるが…。もう少しだけ、実力を知りたい。 しかし――手が足りないな。 そう思った時、思わぬ援軍が現れた。 が物音と気配に気づいて振り向く。 「ビジュ、いい所に来たね。ちょっと手を貸してくれ」 「…こんな所で戦闘ですかい。しかも女一人…へへへ」 ビジュと呼ばれた男は、を舐め回すように見た。 後ろから向けられる視線の気持ち悪さに、少々悪寒が走る。 「…何よ」 思わず気色ばむ。 ビジュはニヤニヤ笑いながら、おお怖い、と全く怖くもなさそうに言う。 ……バカにしてる? 「ビジュ、彼女の実力を知りたい。殺さない程度に頼むよ?」 「了解しました」 イスラがすっと前に出る――。 途端、ビジュが詠唱を始めた。そして―― 「後悔しな!!!」 召喚獣タケシーを喚び、電撃をに向かって放つ。 「っ!」 瞬間的に魔力を放出し、打ち出された召喚術を相殺する。 ギィンと音を立てながらイスラの剣を受け止め、横に流すとそのまま口内で小さく短縮詠唱をし、後ろから切りかかろうとしているビジュに向かって 「応えよ、タケシー!」 「おわ!!」 ビジュが慌てる一瞬の時間だけ残して、電撃が降り注ぐ。 魔力の違い。 タケシーはの魔力を受け、一気に力を解放した。 ――バリバリバリ!! けたたましい音と共に、ビジュの周りに落雷が落ちる。 直接は当たっていないはずなのに、飛び散った魔力で彼は背中から吹っ飛んだ。 「……これは、予想以上だね…」 驚いたようにイスラが独りごちる。そうしながら、再度剣を振る。 「っくっ…いい加減に…!」 「君、凄いじゃないか。先生の剣に匹敵する力を持ってるんじゃないの?」 面白そうに言う。 が、はちっとも面白くない。 眉間にしわを寄せる彼女を無視して、彼は言葉を続けた。 「ねえ、まだ本気じゃないだろ。本気出しなよ」 「………」 「じゃないと、殺すよ? …ビジュ!」 高らかに名を呼ぶ。 まずい――! そう思った瞬間には、は後ろから羽交い絞めにされていた。 「ちょっ…離して!」 「アホか。離すわけねえだろうが」 「ビジュ、そのままだよ」 体を一瞬引いたかと思うと、イスラはの腹に膝を入れる。 「っっ……!」 鈍い衝撃に、思わず息が止まりそうになった。 ビジュは楽しそうに笑っている。 「、いいかい? 本気を出すんだ」 「………」 「こんな事されて、悔しくないの? 憎いと思わない??」 至極楽しそうに言うイスラから目線を外さず、言う。 「…死ぬほど憎い奴は別にいるからね」 「そう、残念だな。もっと痛い目に遭いたい?」 イスラの拳が腹に入る。痛みを堪え、唇を噛んだ。 「……召喚術で痛めつけられたい?」 「やめろ!!!」 覚えのある声が響いてきて、三人は声のした方に目線を向けた。 ―――レックスと、ナップ。 「を離してくれ」 剣を構える二人。イスラの顔が、面白そうに歪んだ。 「……そうだなぁ……じゃあ、君たちが代わりに召喚術の餌食になるんだね!」 彼は手早く詠唱を済ませると、レックスとナップに向かって召喚術を放つ。 ナップがいきなりの事に驚いて 「うわぁ!」 と声を上げた。 「ほらほら!」 二度目の召喚術を放とうとした時―― 「やめて!!!」 が叫び、その体から紫色の閃光が走ったかと思うと、ビジュとイスラが何かに殴りつけられたように吹っ飛んだ。 「な!!」 ナップが驚きのまなざしを向ける。 ビジュとイスラも、自分たちがどういう攻撃を受けたのか分からず、驚愕している。 「……今日はこの辺にしておくよ。ちょっとだけ、本気を見せてもらったみたいだしね」 イスラは実に楽しそうに笑いながら、ビジュを引き連れて去っていった。 一難去って、また一難。 はこの状況をどうしたものかと悩むのであった。 イリーガルな進み方ですね、あいも変わらず…。 イスラ好きですよ、私。 2003・11・28 back |