黒髪の敵対者 1





『…の……が必要…』

 何?

『……の力と……』

 アンタ誰よ。

『……と共に在れ』

 ……?


「おーい、メシだぞー」
「っ!? ………あれ?」
 声に反応し、飛び上がるようにして起きたは、自分が置かれている状況が一瞬分からず、周囲を見回した。
 隣のベッドでは、バルレルがまだ安らかな眠りの中にいる。
 朝の光が、海辺をキラキラ輝かせていた。
 ……気持ちのいい朝だ。
 が、夢見の悪さが少々後を引いている。
「…うーん、訳分かんない…」
「おい、起きてるのか?」
 ドアをこんこん叩くカイルに 「はぁい」 と返事を返す。
 起こしに来てくれたらしい。
 久しぶりにベッドで眠ったので、安心して寝坊してしまったようだ。
 ベッドから降りて髪の毛を簡単に梳かし、いつものように結わくと、スカートをはき上着とローブを着てバルレルを起こす。
 …言っておくが下着で寝ているわけではなく、下にいつものスパッツをはいている。
 流石にバルレルの前で、下着で寝るような真似はできない。
 悪魔だろうが、仮にも男なのだから。
 …以前はそんな事考えなかったのだけれど。
「バルレル、起きて。ご飯だって」
「…んー……」
 寝顔が可愛いなあ…なんて事を思っているのがバレたら、何をされるか分かったものではないが。
「起きろー! 食いっぱぐれるから!!」
 ゆさゆさと揺り動かし、ぺちぺちと額を叩く。
「………っせぇな…」
「いいから起きる!」
 更に何度か揺さぶると、やっとの事で起き上がった。
 額の目を隠すバンドを付け、大あくびをする。
「…珍しいね、あんたが私より起きるの遅いなんて」
「あぁ……何だか寝付けなかったからだろうな」
「それまた珍しい…」
 言いながら、朝ご飯を食べに船外へと向かった。


 島について二日目。天気はよく、潮風は気持ちいい。
 船の側に何個も箱が並べられており、その上に食事が置いてある。
「来た来た! おーい二人ともー、こっちだよー!」
 ソノラが手招きする。
 とバルレルはソノラの横に座った。
「おはようさん」
「カイル、起こしてくれてありがとね」
「いいや。初っ端から食事ヌキは嫌だろうからな」
「うん、嫌」
 その場にいる全員が挨拶してくれる。
 ……微妙に不機嫌そうなのは、やはりウィルとナップ。
 ナップはそんなでもないようだが。
「みんなオハヨ」
 とりあえず、挨拶。
(…何か、やりにくいなぁ)
 朝食は、とても美味しかった。
 誰が作ったのかと聞くと、スカーレル、という言葉が返ってきて驚いた。
「凄いなぁスカーレル…さすがオネェ」
、それってば褒め言葉?」
 スカーレルはくすくす笑い、水を飲んだ。
 食事当番は日替わりらしい。
 もしかしたら、自分にもお鉢が回って来るかもしれない。
 自分やバルレルだけで食べるのであればいいのだが、他の人にまで手料理を食わせるのには、少々心もとない料理の腕な
「あのさ、私もそのうち料理作らなきゃならない??」
「うん、そのうちね。今の所は平気よ、私やソノラやカイルがやってるから」
「え! カイルも料理するの!?」
「何だよ、その意外そうな顔は…」
 いやぁ、と渇いた笑いを零す。
 カイルの作る料理…。
 物凄くサバイバルで豪快なものをイメージしてしまうのは、多分彼の人となりのなせる技だろう。
 どうしても彼から繊細な料理が出てくるとは思えない。
 ソノラが笑った。
「兄貴ね、結構料理上手いんだよ?」
「え、豪快男料理じゃないの?」
「なんだそりゃ…」
 ソノラが上手いというほどの物。
 そのうち順番が回ってくるだろうから、是非堪能しよう。

「…ご馳走様でした。先生、先に学校へ行ってますから」
 ウィルがアティに告げ、を一瞥して去っていく。
 ナップはこくこくと水を飲み干してから、やはり立ち去った。
 ヤードが不思議そうに、立ち去る二人を見る。
「……夕べから様子がおかしいですね」
「うん…ちょっとね」
 レックスが苦笑いしながら、アティと目を合わせた。
 彼女の方も、どうしたものやらという顔をしている。
 は申し訳ない気分になってしまった。
「私のせいだろうねぇ…うーん」
 カイルはいつもと変わらぬ表情で
「まあ、あいつらは慎重なんだよ。俺らも最初はかなり警戒されてたしな」
「私海賊じゃないんだけどなぁ…」
「そのうち打ち解けるさ」
「そう願うけどね…」
 もそもそと焼き魚を食べながら、ため息をついた。
「食べるか落ち込むかどっちかにしろよ…」
 バルレルが小さく言った。


 朝食を終えると、バルレルは
「ちょっと出かけてくる」
 とだけ告げ、行き先は言わないで出て行った。
 まあ、島から出れるでもなし、夕食までには帰って来いと言い含め、も昼食分の果物を食料庫から貰って、浜辺へと出た。
 途中の道でパナシェに会った。
「あ、パナシェ君」
「あっ…こんにちは! どこかに行くの?」
「うん、ちょっと体動かそうと思って」
 言いながら、腰の後ろにある剣を示す。
「そうなんだ」
「パナシェ君は?」
「うん、学校へ行く前にちょっと海見てたんだ」
「そっか。よく見るの?」
 パナシェはえへへと笑いながら、海の方へ向かう道を見た。
「うん。気持ちがスーッとするんだ」
「気持ちいいもんね、海。…ほら、あんまり長話してると学校に遅れるよ?」
「あっ、急がなくちゃ。それじゃあ…!」
「またねー」
 笑顔で手を振ると、パナシェも手を振りかえした。
「うーん、イイコだ…」
 機会があれば、彼を抱っこしてもふもふしたい…。
「…さて、行こ」

 旅に出てから、は剣と体術の訓練、召喚術の訓練として、微量な魔力を放出し、それをある程度の時間保持し続ける訓練を交互に続けていた。
 メルギトス戦以降、自分に課せられたものを認識し、加えて、いざ戦うべき時になって全くの役立たずでは情けないという理由から、自己鍛錬を始めたのだった。
 今日は、剣の訓練。
「さて、と」
 は腰に差してある短剣を抜くと、すっと構えた。
 ゆっくりと形を確認するように剣を流していく。
 自然な呼吸を意識しながら、横薙ぎ、縦、斜め、刃を自分の方に向け、柄を握り締めて下から上に切り上げ、くるりと回転させて、切っ先を突く。
 砂浜に、の足跡が増えていく。
 何度も何度も繰り返した。
「…うーん、お腹すいたかもしれない…」
 気づくと、太陽は高く昇っていた。
 いつもの訓練より、大分長くやっていたようだ。
 手頃な岩に腰掛けると、お弁当である果物を頬張り、携帯飲料を飲む。
 ――静かだ。
 波の音だけが聞こえている。
「うーん、こんな状況じゃなければ、凄くいいトコだよねぇ…」
 かりっと果物を噛んだ。
 口の中に甘い味が広がる。
「……頭冷やして、色々考えなきゃ。ここに四棲…いないだろうしなぁ……過去だし」
「――おや、見かけない方ですね」
「!?」
 がさっと葉が鳴る音がし、少し離れた所から人が出てきた。
 ……男の子。
 黒髪のその人は、の側に寄って来ると、酷く人のいい微笑みを浮かべた。
「こんにちは。あなたは…」
「昨日来たばっかりなんです。…と言います」
「ああ、そうなんですか。僕はイスラ。帝国の方ではないですよね?」
 帝国…レックスの剣を狙っているという人たちの事か。
 違う――と、首を横に振った。
 イスラは微笑みを浮かべたまま、更に話を続ける。
「そうですか、では…レックスさんやアティさんの所の人ですか?」
「ええ、一応そうです」
「……では」
「!?」

 きひゅっ

 空を切る音。
 反射的に身をかわすと、イスラの手には剣が握られていた。
「どういう…つもりですか」
 も短剣を取り出し、彼に構える。
 自分に戦う理由は全くないが、殺されそうになっているとなれば話は別だ。
 イスラは今までの笑顔を向けたまま、同時に剣も向けている。
「どういうつもりだって、彼らから聞いてないのかい?」
「何を言ってるの?」

「彼らと一緒にいるという事は、君は僕の敵なんだよ」




イスラ〜(泣)…毎度オリジナルで申し訳な…はうっ;;

2003・11・24

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