集落めぐり 3





 いきなり後ろから突貫攻撃を食らって、は思わず前につんのめった。
 そのままコケてしまいそうになるのを、足を突っ張る事で何とか事なきを得る。
 振り向き、突っ込んできた人を見ると、既にレックスが怒っていた。
「こら! スバル!!」
「先生、こいつが新しく来たニンゲン?」
 スバルと呼ばれた男の子は、元気一杯の少年だった。
 服装から見て、シルターンの子だと直ぐに分かる。
「スバルダメだよぉ、そんな事しちゃ…」
 レックスの後ろからおずおずと声をかけて来たのは、ワンコ…じゃない、獣人の男の子だ。
 更にその横には、深い緑色を基調とした服を着ている少年。
 彼は声をかける事もせず、じっとを見ている。
 事の成り行きに目をぱちぱちさせていると、スバルなる少年が声をかけてきた。
「おっす、オレはスバル!鬼の子だい! お前は?」
「う、うん、私は。えぇっと…後ろの子は?」
「ボク、パナシェって言います」
「スバルは、ミスミ様のご子息なんだよ」
 レックスが教えてくれる。
(…ミスミ様、あんなに若くて綺麗だけどお子様持ちだったんだ)
 ………。
 緑色の服の子は、何となく攻撃的な目を向けながら、仕方なさそうに自己紹介する。
「…ウィルです。先生、この方がマルルゥの言っていた旅人ですか?」
「ああ、そうだよ」
「ねえねえレックス。ウィル君が貴方の生徒なの?」
 いいや、と首を振る。
「俺の生徒はウィルのお兄ちゃんで、ナップって言うんだ。ウィルはアティの生徒だよ」
「へえ…」
「まあ、今は青空学校でスバルやパナシェにも教えてるんだけどね」
 勉強……なんだか懐かしい響きだなぁ。
 リィンバウムに来てから、教師という存在に物を教わった事はないから、ほんの少し羨ましく感じる。
 日本で普通に学生している頃は、とてもじゃないがそんな風に思えなかったけれど。
 独り物思いにふけっているを見据え、ウィルは口を開く。
「…僕には、貴方が旅人には見えませんね。スバルの攻撃を避けられないなんて」
「ウ、ウィル…」
 レックスが困ったような声を出すが、当人はお構いなしに続ける。
「旅人とは、いわゆる冒険者ですよね。しかも護衛召喚獣のいる身であるという事は、即ち、誓約ができるという事。ならばどこかの派閥に属しているのが普通です。それなのに、どこにも属していないと聞きました」
 矢次に言われる言葉。
 咎めるような口調のウィルだが、いまいち何を言いたいのか良く分からない。
 は苦笑いを零しながら、頭の中だけで弁解した。
(しょうがないでしょうに…殺気がないと、反応遅くなるし…、
 今はヘロヘロだし…まあ、気を抜いてたのは私のミスだけど)
 旅をしていて野盗に出くわす事だってある。
 が、大抵は微量でも殺気を放っているし――ゲートを開いた後でなければ、スバルの突貫はあっさりと避けられた。
 ………確かに、旅人としてはマヌケな行動だったと思うが、
 そこまでウィルに言われるような要素はないと思うのだが。
「えーと、ウィル君…私何か悪い事したかな」
「いいえ。ただ、僕の目には貴方が怪しく見えただけです」
「っても、君たちに不利益になるような事は誓ってしてない…というか、この島には来たばっかりで、何が何やら分からないし」
「だからって、この先僕らに危害を加えないとは限らない」
 ……いや、まあ確かにそうなんですが。
 頭の良い子なのだろう。先を読む力がある。
「そもそも、どうやってこの島に。マルルゥが言うには、泉に落ちてきたとの事ですが」
「あぅ…えと、うん、そう」
「召喚術の失敗で、そんな事があるはずがない。…先生、そうでしょう?」
 レックスはウィルの言葉に、心底困った顔をする。
「確かに…そうだね、俺はそういう事象を知らないけど、でもないとは限らない――」
「先生、そうやって誤魔化さないで下さい」
 ぴしゃり。
 ………大人を黙らせるなんて、凄い子だ。
 変に関心しながら、はどうしたものかと本気で考える。
 ウィルの質問に素直に答えるという事は即ち、自分の ”普通じゃない力” を暴露するようなもので。
 今はまだ時期尚早。
 できれば、最後まで黙っていたいものなのだし。
「えーとね、ウィル君…」
「何です?」
「黙秘権を主張します」
「…………」
(だって、他に言いようがないんだから、仕方ないじゃんか!!)
 ……無言が痛い。
 見かねたのか、レックスが助け舟を出してくれた。
「ウィル、いいじゃないか。人には事情があって言えない事や、言いたくない事だってあるんだからさ」
「…確かにそれはそうですが…」
「おーーーい!」
「…兄さん」
 ウィルの後ろの方から、茶色い髪の活発そうな少年が走って来た。
 兄さん、という事からすると、彼がレックスの生徒のナップだと思われた。
 少々息を弾ませながら皆の前に来ると、品定めするかの如くを見た。
「へえ、アンタがそうなんだ」
よ。キミがレックスの生徒のナップ?」
「おう。んでもって青空学校の委員長だぜ」
 ウィルは副委員長なんだぜー。
 元気に言うナップは、ウィルとまるで正反対の性格をしているように思えた。
 ウィルが頭脳派であるなら、ナップは行動派。そんな感じ。
「…兄さん、警戒心なさ過ぎですよ」
「とりあえず帝国軍じゃないみたいだし。だからって、全面的に信用してる訳じゃないぜ?」
「……」
 は仕方ないとばかりにため息をつくと、生徒二人を見た。
「ウィル君、ナップ君、分かった。君らは、私を信用しなくていい。とりあえず、今のトコはね」
「ちょっ…?」
 レックスが慌てたような声を出すが、「へーきへーき」 と軽く言い、
 二人に向き合う。
「流石に、いきなり来た人間を『全面的に信用して! 今すぐ!』とは言えないし、そんな奴は私だって信用できないからね。ただ、一つだけ注意しとく」
「…何です?」
「何だよ」
 にこっと笑い、
「…私の護衛獣とは仲良くしてやって。アイツの機嫌損ねると、後が大変だからさ」
 ……唖然とされた。
 バルレルの機嫌を損ねると、こっちにとばっちりが来る可能性が高い。
 怒りの矛先を変えるのも大変なのだ。
 だから。
 ナップとウィルは奇妙な表情を浮かべたが、とりあえず
「「分かった」」
 納得した。……素直じゃん。


 船に戻ったはレックスと分かれ、宛がわれた自室へと戻った。
 バルレルはベッドに寝そべり、実に暇そうである。
「よう、どうだった」
「んー…島の人たちは受け入れてくれてるみたい。ただ、ねぇ」
「…ンだよ」
 がベッドに腰掛けると、バルレルも上体を起こして向かい合わせに座った。
「アティとレックスの生徒がね…ウィルとナップって言うんだけど…」
「信用されてねェんだろ」
「あ、分かる?」
 苦々しく笑うと、バルレルはまァな、と軽く言った。
 曰く、以前リューグやネスティと出会った当初に、
『信用ならない』
 発言をされていた時のそれと、非常に似たような顔になっていたらしい。
「参っちゃった…しょうがないから、とりあえずは信用しなくていい、とか言っちゃったしさ」
「アホだな、相変わらず」
「……他に言いようがなかったんだってば」
 流石にバルレルと仲良く云々、の話は当人には言えない。
 言えば絶対にその場で機嫌が悪くなるから。

 俺はニンゲンと仲良くする義理なんざねェんだよ!

 …なんて言うに決まってるんだ。
 は伸びをしながら、ぼふっと背中からベッドに寝そべった。
「あーあ…前途多難…」
 みんなと仲良くなりたいなぁ…。





ウィルは難しい…。しかし、みんなに受け入れられないっていうのは
うちのサイトの常套手段ですな。…頑張ってゆきます。

2003・11・22

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