暴走転移 2




 甲板にいたテンガロンハットの女の子とマルルゥが何やら会話し、その子に好奇心一杯の目で見られつつ、船長室とやらに案内され暫し。
 ギッと少しだけ軋んだ音と共にドアが開き、ぞろっと人が入って来る。
 一人は先ほど外から案内してくれた、帽子の女の子だ。
 マルルゥも入って来ると、とバルレルの側にフワフワ浮いた。
「まあ突っ立ってないで、座んなよ」
「あ、ども」
 帽子の女の子に言われ、慌てて座る。
 バルレルは壁を背にしたまま、寄りかかって立っている。
 …知らない人たちの中だと、たとえ友好ムードであれ、彼はこうしていざという時のために気を張る。
 の方は相手が害意のある者だと判断するまで、無用な敵対心をもたないようにしているので、釣り合いが取れて丁度良いと言えば、丁度良いのかもしれない。
 入って来た者たちを鋭い目線で見ているバルレルに、マルルゥが不思議そうに問う。
「アクマさん、どうして怒ってるですかぁ?」
 バルレルは答えず、がフォローを入れる。
「違うよ。バルレルは初対面だといっつもこんななの。気にしないで」
 …テリトリーに入っているのはこっちなのだから、警戒は失礼な気もするが…旅をする上では必要な事なので、ご容赦頂きたい。
 はマルルゥから視線を外すと、座っている人たちにお辞儀をした。
「初めまして、と言います。あっちのは私の護衛獣で、バルレル」
 護衛獣という言葉に反応したのは、一番右端にいるグレーの髪をした男の人。
「では…貴方は召喚師なのですか?」
 男性の問いに答えようと口を開くが、それより先に前に座っている金髪男性が口を挟む。
「おいおい、それより先に挨拶だろ。俺はカイル。カイル一家の元締めで、ここの船長だ」
 …イメージが違う…。
 海賊と言うと、もっと粗野でゴツくてどうしようもなく荒っぽいイメージがあったのだが、前にいる彼はちょっと違う。
 確かに荒っぽい感じはあるのだが、むやみやたらと暴力を働く人間には見えない。
 の内心を知らず、「で、」 と立て続けに周りを紹介しだした。
「右端がヤード、その隣が俺の妹でソノラ。左にいるのが、アティ先生だ」
 えーと。
 船長がカイル、帽子の子がソノラ、召喚師がヤード…で、先生がアティ…と。
 うん、覚えた。
 頷くと、カイルが続けて言った。
「ウチには後四人程住んでんだが…今呼びに行ってるから、二人は暫くしたら来ると思う」
「私らの事は呼び捨てでいいよ。敬語もなしにしてくれると、もっと嬉しいな。ね?」
 ソノラの言葉に周りが頷く。
 も了解したとばかりに頷いた。
 敬語を使ったりするのは少々苦手なので、嬉しい申し出だ。
「…で、ヤードの話に戻るが。お前さん召喚師なのか?」
 問われ、うーんと唸った。
 バルレルに視線を向けると、『聞かれていない事は面倒だから言うな』と言いた気なのがありありと見て取れた。
 場の雰囲気がフラットやギブソン・ミモザ邸のような感じなので、あまりに素性を隠すのもはばかられる。
 なるべく素直でいる事にした。…無論、できる範疇で、だが。
「どこかの派閥に属してる――という事じゃないから、正確には違うけど…召喚術は身に付けてるよ」
「師はおられないのですか?」
 と、ヤード。
「まあ…一応いると言えば、いるかな」
 微妙な答えに、ヤードが少々眉根を寄せる。
 まあ、少なくとも彼女は自身で誓約を架せられる力を持っている事になる。
 でなくては、護衛獣が存在するべくもないのだから。
 少しの沈黙の間を縫って、割って入って来たのはソノラ。
 会った時からの好奇心を全面に押し出して、笑顔を向ける。
「でさぁ、はどうやってこの島へ? 流れ着いたんじゃないんでしょう?」
「えぇっと…ある術に失敗して、空から泉に落っこちて…」
 素直に言う。どんな術かは伏せたが。
「「「「………」」」」
 ――無言。
 素直すぎたか!?
 場がしん…としたのが辛かったか、マルルゥが明るく声を発した。
「どばーんっって凄い音がしたですから、嘘じゃないですよぉ」
「いや…マルルゥ。俺らが言いたいのはそういう事じゃなくてだな」
 カイルが頭を抑えながら苦々しく告げるが、マルルゥにはなんなのか分からない様子。
 アティがくすくすと笑った。
「まあ、召喚の際の事故かなにかじゃないですか? 帝国の人でもなさそうですし…変に勘ぐらなくても平気ですよ」
「…まぁ、先生がそう言うならよ」
「アティが先生さん、なんだよね?」
 の問いに、彼女は笑顔で答える。
「はい。でも、もう一人いるのよ、先生」
 へぇ、と言おうとした時、ドアが盛大に開いた。
「遅れてごめんなさい、入るわよ」
 黒いモコモコを身に纏った、微妙な口調の男性…だと思われる人が入ってくる。
 オネェ口調で先生という事は考えにくいので(いないとは言い切れないが)多分、この人は先生ではない。
 カイルが口を開いた。
「おい、先生は?」
「今すぐ来るわよ」 それから立て続けに
「貴方がお客さんね、私はスカーレルよ、よろしく」
 語尾にハートマークをつけんばかりの勢いで、しかもウィンク付き。
は苦笑いしながら自分も自己紹介をした。
です。どぞ、よろしく」

 ィン。

「へ?」

 いきなり頭の中に響いてきた不可思議な音に、は辺りを見回した。
「どうしたの? 
 ソノラの不思議そうな声がするが、それを気にする暇もなく、頭の中でまた音が響く。

 ィイン。

 徐々に、大きくなる音。それと共に、人の足音が耳に入る。
 多分――先生とやらがやって来る音。
 音はそれに同調しているような気がしないでもない。
 バルレルも周りにいる人も、誰一人としてこの不可解な音に気を示していない所を見ると、どうやら ”音” が聞こえているのは自分だけらしい。
 音に眉根をひそめた瞬間、遅れて来た男性が部屋へ入って来た。

「遅くなってごめー……っえ!?」
「!!?」

 アティと同じ髪の色をした男性が部屋へ入ってきた瞬間、ぴん、と空気が張り詰め、の頭の中に響く音が一際大きくなった。

 の体から紫色の光りが発せられ、それを受けた男性から、碧色の閃光が発したかと思うと――次の瞬間、彼は別人になっていた。
 右手には、体の一部となった剣がくっついており、短かった髪も長くなっている。
 周りも驚き、当人たちも驚いて動きを停止させている中、バルレルが槍を持ってすっとの横に立った。
 警戒心を露わにした顔。
 は慌ててバルレルを押し止めた。
「バルレル、大丈夫だよ」
「どこが大丈夫だってんだ。戦ってもいねェのに、とんでもない魔力だろうが」
「殺気はないでしょうに。いいから戻る!」
 しぶしぶ槍を収め、また壁を背にして憮然とした表情で男性を見据えた。
 はため息をつきながら、変化しておろおろしている男性を見る。
「レックス、どうしたんです? いきなり…」
 アティがそう告げると、レックスと呼ばれたその人は
「いや…抜剣しようなんて全然思ってなかったんだけど…」
 不思議だとばかりに、困った顔をした。
 ――と、の頭の中に、音ではなく ”声” が響き出す。
 とても優しい響きの声。


『 彼を、助けてくれ 』

『 君の力を貸して欲しい 』

『 お願いだ 』

『 花嫁―― 』


 レックスとが顔を見合わせる。
 この二人にだけ聞こえた声のようだ。
 ――声がしなくなると、レックスは最初に入ってきた時の彼の姿に戻った。
「…どうなって…」
 ヤードの少々緊迫した声に、レックスが首を振る。
「よく分からないけど…今はもう平気みたいだ。…君が、今日来た人だね? 初めまして、レックスです」
です。…えと、敬語なくて構いませんから。私もそうしま…いや、するし」
 年上だと分かってはいるが、カイルやソノラと異なる態度をとるのもどうかと思い、そう言う。
 彼はそれを快く受けた。
「ああ、分かった」
「それにしても…さっき、姿変わってたよね?」
「………ああ、それについては…ちょっと色々あって…」
 ちょっと困ったように言うレックスの横から、アティが声を挟む。
「いいじゃないですか。レックス、ちゃんと話してあげましょう」
「でも…アティ先生、護人さんとか…平気なの?」
 スカーレルの言葉に彼女は微笑んだ。
「大丈夫ですよ。それに、はここに一緒に住む事になるんでしょう?変に隠し事なんてして、ギクシャクするのは嫌ですし」
「護人さんたちには、マルルゥが先にご報告しますですよ〜」
 だからきっと平気ですよ〜と明るく言うマルルゥの言葉を受け、アティは笑みを深める。
「…そうだなぁ、じゃあ…悪いけど先生たち、にここの事説明してやってくれよ。こんだけ大人数でがん首並べてても、あんま意味ねえしな」
「そうですね」
 ヤードも頷く。
 あっ! とカイルが忘れ物を見つけた時のような声を出し、
「いい忘れてたな。とバルレル、お前らを俺らの客人として迎えるぜ」
 幾度も戦ってきた戦友に言うような気楽さで言った。
 はそれに笑顔で答える。
「えと、じゃあ部屋案内するね!」
 ソノラが立ち上がり、慌てても立ち上がった。
 レックスとアティも同じように立ち上がる。
「俺、いったん部屋に戻ってから行くよ」
「私もそうしますね」
 すぐに部屋に行きますから。
 そう言われ、はこくりと頷いた。

 物置きの近くで悪いんだけど、とあてがわれた部屋は、一般客船のものと、そう大して変わらなかった。
 机に、簡易ベッドが二つ…生活に必要なものは、それなりに揃っている。
 は部屋に入ると、まずは濡れたローブと上服を脱ぎ、窓の近くに引っ掛けて乾かす。
 下に着ている暗灰色の薄服も何とかしたい所なのだが、替えの服まで濡れてしまっているのでどうしようもない。
 仕方なくその姿のままいる事にした。
(スカートも脱げないしねぇ…仕方ないか)
 バルレルはいつものように、ベッドに寄りかかって床に座っている。
 先ほどから無言だが……。
「ねえ、どしたの?」
「……さっきの男に油断するなよ」
「さっきの男って――レックス?」
 当然だろうと手を振る。
 には、何がそんなに油断できないのか分からない。
 確かに突然変化した事は驚きだが、彼に殺気はなかった。
 ……まあ、頭の中に響いてきた声がなんたるかは不明だが、バルレルには聞こえていないようだったし。
(もし聞こえてたら、”花嫁” の事で悶着しただろうけど…)
「危険な感じはしなかったけど」
「あんなとんでもねェ魔力放出してて、無害? 冗談言うな」
「バルレルは疑いすぎなの!」
 全く、とため息をつきながら、ふと、ベッドの近くに備え付けられていた物を何気なく見た。
「あー…そういえばベッドで寝るのって久しぶりか…も……あれ?」
「あぁ? どうした??」
 言葉が途切れ、しかも身動きを全くしなくなったを怪訝に思い、バルレルは床の方から彼女を覗き見た。
「おい?」
 彼女の目線は一転に集中しており、体が何処となく震えている気がする。
 何なんだと立ち上がり、と目線を追って見る。
 目線の先には、カレンダー。
「これがどうかしたのかよ。アホ面かまして…」
 いつもなら突っかかってくるであろう言葉にも、無反応。
「ば、ば、バルレル………」
「ンだよ」
「これっ…これ…!!」
 一生懸命、日付の欄を指す。
 日付が何だってんだ。
「これがどうしたんだよ」
「だからっ…!!」
 よくよく考え、言わんとしている事を察し――同じように呆然とする。

 は旅をしている間、常に日付を気にしていた。
 食料確保のためだったり、村や街へ向かうための目安にしていたりしたからだ。
 常に先の事を考えていなければ、旅などしていられない。
 だから、曜日はともかくとして日付は頭に叩き込んでいる。
 カレンダーには、当然の事ながら今日の日付が書き記してあった。
 ――問題は、年代の方。

「……十、二十……二十年近く前……!? なに、なにこれっ!!」

 バルレルが、唖然としたままポツリと言う。
「………時間逆行…?」
「た、タイムスリップ…??」


 目の前に事実を突きつけられ、叫ぶ。


「嘘おおおぉぉーーーーーーーーーーーッ!!!!」






自分にしては長めの第三話。ちなみに、ソノラの帽子は正確には
テンガロンハットというより、カウボーイハットという事で。
レックスが抜剣者でございます。

2003・11・14

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