森の中の旅人






 からりと晴れた空。頬を撫でる優しい風。
 さわさわと木々の葉のこすれる音は、耳に心地いい。
 ひなたぼっこでもすればさぞや気持ちいいであろうその中を、一人の旅人が歩いていた。
 フード付きローブに薄桃色の服。
 陽の光にあてられた髪は、黒いと言うより茶色の様相を見せる。
 腰には短剣を差し、要所にアクセサリーを着けていた。
 一見、旅の放浪剣士のように見えなくもないスタイルだが、実の所アクセサリーには小さなサモナイト石がはめ込まれており、よくよく見る人が見れば、召喚師だという事が良く分かる。

「…ちょっと、喉渇いたかも」
 呟き立ち止まると、道具入れから水を取り出し喉を潤す。
 キュッと容器の蓋を閉めつつ、少し後ろを歩いている少年に声をかけた。
「バルレル、この辺だと思うんだけど…人の気配は?」
 バルレルと呼ばれた少年――実際は百歳をゆうに越えている<狂嵐の魔公子>などと呼ばれる大悪魔であり護衛獣の彼は、ほんの少し意識を集中し、それからすぐに答えた。
「…、テメェ道間違ってんじゃねぇのか? 村の気配なんざこれっぽっちもしねぇぞ」
 ぶっきらぼうに言い、それを聞いた旅人――――は首をかしげながら
 地図を取り出した。
 現在地をチェックし、更に首をかしげる。
「おっかしいなぁ…廃村になっちゃったのかなぁ…。地図上ではあるんだけど…それに、前の村ではそこの話も聞いたし」
 …が、考えてみれば歳をとったおじいさんからの情報だ。
 もしかしたら…古過ぎる情報だったのかもしれない。
「引き返すか?」
「…折角だから、も少し調べようよ」
 そう言い、地図を閉じた。


 とバルレルは、聖王国領のとある森の中にいた。
 旅をしだして半年近くになる。
 彼女らの目的は ”とある者たち” を捜す事にあった。
 その者たちを捜す事はの宿命であり、また、自分の行動の責任というか…尻拭いでもあった。
「それにしてもよォ…半年も経ってんのに、未だ一人も見つけらんねェってのはなー」
「そんな事言ったって、どこ捜しゃいいのか分かんないんだから」
「メルギトスのヤローとの戦いで使っちまうから、こんな苦労すんだよ。サプレスの2人は自主的に残ったからいいようなものの…」
 バルレルは不満そうに眉根を寄せながら、それでもの隣を歩く。
 今まで何度聞いたか分からない愚痴に、苦笑いを零した。
「仕方なかったでしょうが、場合が場合だったし」
 これまた、何度言ったか分からない弁解をする。
 軽口を叩きつつも周りに注意を払い、捜す ”者” がないかと常に目を配る。

 は元々 ”名も無き世界” から、誓約者たるトウヤと一緒にリィンバウムへとやって来た、ただの一般市民だった。
 そうしてこの世界へと席を置くうち、二度の戦乱に参加し、その二度目の戦いの最中、自分が <サプレスの花嫁> と呼ばれる者だと知った。

 サプレスの花嫁とは、リィンバウムを駆け巡る、サプレス、シルターン、ロレイラル、メイトルパの四つの力を、己の体の中で神聖化させ、それぞれの世界へと押し戻す役割を担っている。
 サプレスからの力が一番容量をしめているため、そして、悪魔たちがその力を狙い、同時に恐れているため、サプレスの花嫁という名称がつくようになった…らしい。
 二代目の花嫁である母からの話なので、正確なところは分からないのだが。
 つまり、は三代目の花嫁。
 ついでに言えば父は悪魔であり、彼女は人と悪魔のハーフだったりする。
 バルレルとの父は知り合い――というか、兄分と弟分らしい事も付け加えておく。
「あーあ…目印とか何かあればなぁ…」
 がぼそりと呟く。
「…もう少しテメェがの頭が回ってれば、見つける方法とか、聞いてきたんだろうけどな」
「……バルレル、私の頭は回転なんかしないわよ。回ったら恐いじゃない」
「脳ミソの話だ! 脳ミソ! 誰も頭部が回るって意味じゃ言ってねぇよ!!」
「分かってるってば。冗談ジョーダン」
 あははと笑う彼女に、バルレルは深いため息をつく。
 とはいえ、これはこれで楽しいと感じたりするものなのだが。

 二人が捜している ”者” とは、サプレスの花嫁の特化能力の事で、四棲(しせい)と呼ばれている召喚獣のようなもの。
 四世界の強力な力を持った彼らは、二度目の戦いで力を使うためにの体から解放され、リィンバウムに散り散りになった。
 唯一、彼女の元に残ったのは、サプレスの力を持つ者だけ。
 本当なら力を使うとそれぞれが飛び散り、封じられた場所を見つけ、体の中へ封じない限り戻って来ないのだが、サプレスの二人は残ってくれた。
 四棲がきちんと揃っていないと、過剰な四世界からの力を神聖化させ、元の場所へと戻す能力が不安定なために、今こうしてあちらこちらを捜し回っている次第なのだ。
 ……今まで成果は上がっていないが、色々なところで聞いた情報をまとめ、それらしいところを当たっている。
 が、いまいち封印される場所の予測がつかないがために、バルレルが ”見つける方法” について文句を言ったりするのだった。

「でもまぁ、本当……こんなに捜してるのに……世界は広いよね」
「アホか。しみじみ言ってないで、ちっとは考えろってんだ」
 と言われましても。
「うーん」
 唸り、暫く考えを廻らせていたが急に立ち止まる。
 バルレルが 『どうした?』 と聞くより先に――
「バルレル、ちょっと考えたんだけど」
 彼女はニンマリした表情で話し出す。
「家に戻れば、もう少し集めるための方法、分かるかもしれないよね」
「あ?」
「でさぁ、戻ってみようと思うのだよ」
 聖王国から西のサイジェントにある、フラットや、聖王都ゼラムのギブソン・ミモザ邸も戻る家ではあるのだが、この場合の家とは ”名も無き世界” の家の事だ。
 余りに唐突な言葉に、何をアホな、と口を開いたまま固まった。
 確かに以前一度 ”名も無き世界” とリィンバウムを行き来した事はあるが、行きは事故のようなものだったし、帰りは彼女の母親の力と父の力があってこそ戻って来れたのであって。
「…無理じゃねぇ?」
「大丈夫だって。それに、ダメ元でやってみてもいいじゃない」
「けどよ、テメェの力は今万全じゃねぇんだし…下手打ちゃどこ行くか。……止めとけよ」
「でもさ、このまま当てもなくフラフラしててもね。
 という事で、やってみましょ」
 物事をスッパリ決めすぎだ。
 この性格のせいで、何度厄介ごとに首を突っ込んだか分からない。
 その度に苦労させられるバルレルだったりする。
「チッ…しゃーねぇな。ま、いざとなったらデカくなって、止めてやるからよ」
「えへへー、頼りにしてます」
 にこり。
 微笑むに、バルレルは舌打ちしつつ、己知らず表情を緩ませたり。
 …甘いとは思うが、それは惚れた者の弱みというヤツで…仕方のない事だったりする。
「んじゃあ、ちょっくら行きますか!」
 は深呼吸をし、ゆっくりと胸の前で指を組み合わせた。

 木々の葉のこすれる音が、ピタリと止まる。
 風も、ない。
 不自然なまでの静寂が、その場を包んだ。

「我が古来の御名に於いて…」
 言葉に力を乗せ、ゆっくりと手を開き前へ押し出し――
「異界への門を開かん」
 溜めた力を、一気に放出した。

 ギュオッ

 音と共に、周りの空気が彼女の手の先へ向かって圧縮し、一瞬で弾けたかと思うと、紫、白、黒と変化するだ円…ゲートができあがった。
「バルレル!」
「おうよ!」
 今にも消えてしまいそうなその円の中に、滑り込むようにして入る。

 ――森に、音が戻って来た。


 トンネル(通路)の中、体がどこかへ引っ張られる妙な感覚は、以前も何度か経験した。
 が。
「…こんなに、長く通路の中にいたっけ?」
「いいや…こんなに長くはなかった…と、思うけどよ」
 通路の中にいる時間が長すぎる…ような気がする。
 かといって、自分でなんとかできるような物でもなく――
「どうしよう……って、うきゃぁ!!」
! おわっ!!」
 不安を口にした途端、二人の体は引き降ろされ――目の前に、青い世界が広がった。
 突然襲い掛かってきた風圧と落ちる感覚に、目が瞬かれる。
「なっ、なにーーーーっ!!これぇえぇぇーーーーーッ!!」
 叫ぶ間に、ぐるんっ、と景色が回転し…というより自分が回ったのだが、目下には森らしき緑と、やはり青い色が見えた。
「っくしょぉ…!!」
 バルレルがわしっと腕をつかみ、抱き寄せる。
 ――そのまま二人は、青い色…とどのつまりは湖へとダイブした。


 …ごめん、私が悪かった。
 軽率でした。すみません。
 落ちながら、一瞬そんな事が頭をよぎっただった。





えー…またもやってしまいました、サモン3連載でございます。
のんびりゆっくり進めていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
例によって無茶苦茶オリジナルが入ってますんで…気をつけてくださいませ。
暫くは本編に入れないと思います。初っ端からやっちゃって申し訳ない;;

2003・11・9

back