在りし日




 ぜいぜいと息を荒げている少年――ナップとウィル――に、2人の教師であるレックスとアティがそれぞれに飲料を渡してやる。
 水を口に含んだ生徒2人は、渇ききった喉を潤すと、大きなため息をついた。
 ため息と言うよりは、たまった空気を吐き出したという程度のものだが。
「……全然強くなってる気がしないぜ」
「ボクも」
 ナップの言葉に、ウィルが同意する。
 それを聞いたレックスが苦笑した。
「そんな事ないさ。2人とも、前より凄く動きが良くなってる」
「そうですよ。召喚術だってぐんぐんレベルアップしてるじゃないですか」
 先生2人に言われるものの、生徒達の顔は複雑な表情だ。
 そこへ、生徒を複雑な表情にさせている張本人――が現れた。
 顔を洗いに行っていたのだ。
「ふー、訓練の後は冷たい水が一番だよねぇ。……って、なに、どうしたの」
 の顔をじっと見やり、ナップがため息をつく。
 いきなりため息をつかれたは、訳が分からず眉根を寄せた。
人の顔を見ていきなりなんなんだ。
「……ナップ?」
「別に、なんでもない」
 なんでもなくないだろうと突っ込みを入れようとしたに、レックスが苦笑気味に説明する。
「全然強くなってる気がしないんだって、ちょっと複雑な気分になってるんだよ」
「はぁー……そういう事」
 うんうんと納得をし、は生徒2人の前に座った。
「確かに自分じゃ、上達してるとかって分からないもんね。でも、2人ともちゃんと上達してるんだよ?」
 ね、とアティとレックスに目配せする。
 彼らは深々と頷いた。先生側は生徒の成長をよくよく理解している。
 ウィルは首を横に振った。
「でも、ボクらは貴方に全然敵わないです」
「そうだよ。最初の頃と変わらないじゃないか」
 むくれる2人。
 少年達にしてみれば、早く強くなって皆を守りたいという気持ちなのだろう。
 にもよく分かる。
 分かるからこそ、焦って欲しくないととても強く思う。
「私だって、べこべこにやられながら、少しずつ強くなってきたんだよ? 急に2人が強くなって、私の事負かせるって、それこそ異常じゃないかなと思うんだけど」
「それは――そうですけど」
 いいつぐむウィル。
 でも納得はしていないみたいだ。
「最初の頃と変わってないなんて、そんな事ないんだけどなー。2人とも持久力付いてきてるし、軽い召喚だったら弾き返せるぐらいにまでになってるし」
「だ、だって……の召喚を防いだ事なんて」
 ナップの言に、アティが口を出した。
「ナップ君、さんの攻撃をいつまで経っても防げない理由、分かりますか?」
「そんなの分かるわけないだろ」
「それは、彼女が魔力の放射を少しずつ増やしているからですよ。同じ召喚獣の攻撃でも、引き出す魔力によって全然結果が違ってきます。さんは、2人のレベルに合わせて攻撃を少しずつ強化していっている――だから、防げないんです」
 見ているだけで理解してしまうアティ。
 ちょっと凄いと思う……。
「――そうなんですか?」
 ウィルに問われ、まあね、とが答えた。
 確かに一番緩い魔力のままで2人と訓練するのは簡単だし、自分としても楽だ。
 だがそれでは、2人の力はなかなか伸びていかない。
 飄々とした顔をして、力をどんどん上乗せしていけば、生徒達は気付かないうちに自分の今の実力をより大きく伸ばしていける。
 ――要は、気構えをすると逆によろしくない、という事だ。
 だから今までは何も言わず、ただただ訓練を繰り返していたのだが。
 レックスが笑み、
「武器の扱いだって、2人ともよくなってるんだぞ? これも気付いてないみたいだけど、最初の頃は疲れて剣先が下がったり、大振りになってたりしたけど、今はそんな事が殆どない」
 そう言ってやる。
 生徒2人は顔を見あわせ、それから自分の手を見やった。
「確かに……それは、何となく分かる」
「ボクもです」
 ついでに、とは言葉を付け加えた。
 「私に攻撃される隙を余り見せなくなってきてるよ。的確な攻撃ができるっていうのは、相手をよく見れるようになってるって事だから、余裕ができてきた、って事で」
「……上達、してるんだ」
 心持ち嬉しそうに言うナップ。
 もにこりと微笑んだ。

「なあ。今度さ、先生と対決してみてくれよ」
 ナップの言葉に、レックスとは顔を見合わせた。
 レックスは慌てた様子でナップに問い返す。
「な、何言った?」
「だからさ、今度2人で対決してみてくれ、って言った」
 ――これはこれは。
 ウィルも頷く。
「確かに、2人の実力、どちらが上か知りたいですね」
 ウィルの横にいたアティは苦笑するだけで、何を言うでもなくただ話を聞いている。
「や、あの、それは……ちょっと」
 完全に困り顔のレックス。
 うーんと唸り、は彼を見やった。
「言われてるけど、どうする? お手合わせしてみる??」
「じょ、冗談じゃないよ! 俺はを傷つけるなんて――」
 慌てまくるレックス。
「怪我しなきゃいいんでしょ、要は。あー、でもシャルトス抜かれると辛いね」
 うーんと唸る
 そういう問題ではないと、ぶつぶつ口にしているレックス。
 生徒2人がケラケラと笑い出した。
「あはははっ! 先生、冗談だって。先生がを傷つけられないのは分かってるからさ」
 なー? と言うナップに、頷くウィル。
 よく分からないという表情のに、別の意味で慌てているレックス。
 アティはそんな皆を見やり、クスクスと笑った。
「さて、そろそろお夕飯の時間になりますから、戻りましょう」
 アティの言葉で、それぞれ立ち上がる。
 船へ戻るために歩き出した。

「レックス、今度本当にやってみない? 対決」
「……ぜ、絶対やらない」


 それは在りし日の、生徒と先生、そしての姿。



言い様がないというか…久しぶりのキリリクなのに申し訳ない。
55万ヒット、コクト様からのご依頼で、先生+生徒sメインで連載設定の雰囲気…でしたが、どうしよう…な出来上がりに。こ、こんなんしか出来なくてスミマセン;;
リクありがとうございました。…ほ、本編も頑張ります。

2005・5・10

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