凍るダイヤ 8
「もしもし弘樹?」
「え!???うわぁ‥久しぶり!全然連絡して来ないから、心配してたんだよ」
「あはは、ゴメン。なんか忙しくて‥‥」
楽しそうに電話をする。
二ヶ月前の暗さは、今の彼女から感じられなかった。
茂が帰ってからほぼ二ヶ月が経ち、のホームステイも終わろうとしていた。
翌日の夜には、新都市の空を眺めている事だろう。
電話したのは、明日帰るという事を弘樹に伝えるためだ。
大分長く電話もメールもしていなかったのは悪かったが、あれからの二ヶ月、毎日のように課題が出て、交換学生の辛さを満喫していたのだから、少々大目に見てもらいたい。
「そっちの様子はどう?」
「皆変わりないよ、元気だ。‥‥ただ‥‥」
弘樹が口ごもる。
言いにくそうな雰囲気から、は何となく察しをつけた。
――茂の話題だろう。
”気にしないで続けて”と伝えると、安心したように話し始めた。
「茂叔父さんが‥‥ちょっとね」
「‥どうか、した?」
再度、口ごもる。
は、弘樹が口にするまで、静かに待った。
「‥‥うん、何て言うか‥その」
「何よー、ハッキリ言ってよ。‥‥結婚した、とか?」
自分で言って、チクッと胸が痛んだ。
弘樹は慌てて否定する。
「そうじゃないよ!‥‥ただ、ずっと落ち込んでるだけで――」
落ち込んでる‥‥?
‥‥一体、いつから――?
「落ち込んでるって、ご飯食べないとかじゃないよね?」
は心配になって来た。
たとえ恋人でなくとも、大切な叔父である事には変わりない。
これ以上なく憎悪を胸に宿しているわけではないのだから。
「うーん‥‥何て言うのかな、死にそうなぐらい仕事してるんだ」
死にそうなぐらい‥‥とは大げさだが。
弘樹が言うには、殆ど寝ずに仕事しているらしい。
食事はとっているものの、睡眠をとらないため、フラフラしているようだ。
あの、いくら殺しても死ななさそうなパワフルな叔父が、睡眠不足でフラついている姿なんてハッキリ言って想像つかない。
相当眠っていないのだろう。
「な、なんでそんなんなってるワケ?」
「そっちから帰ってきてからずっとだから‥‥、に関係あると思う」
「わ、私!?」
‥‥自分に関係する事‥‥。
ありすぎて判らない。
ただ一つ、思い当たるとすれば‥‥最後の別れの挨拶ぐらいなものだ。
「‥‥うん、多分‥私のせいかも」
「何言ったんだよ」
「‥‥さよなら、って」
「ええっ!?」
あの時思った事は、今でもしっかり記憶している。
自分で言ったとはいえ、そうそう忘れられるような台詞じゃない。
‥‥二度と会わない、という意味で言ったのではなかったのだけれど‥。
茂にしてみれば、そういう風にとれたのかもしれないと思った。
まあ、根本的な決別、という意味では、とり方は違えど結局同じなのかもしれないけれど。
だからといって、己が何とかしてあげなくてはいけないという気持ちはない。
二ヶ月を経てもなお、の胸の内には、あの浮気相手と茂に植え付けられた痛みという根は、しっかりと根付いている。
「‥‥、叔父さんが渡した手紙‥‥どうした?」
「‥‥うん」
「”うん”じゃ判らないよ」
帰る前、茂がに渡した手紙。
‥‥捨ててはいない。
今でもきちんと持っている。
――ただし、内容は知らない。
未だに封を切っていないからだ。
開けていない事を弘樹に告げると、彼はがっかりしたようだった。
‥手紙の存在を知っているという事は、帰ってから茂が弘樹に話したのだろう。
内容は知らされていないとは思うが。
「どうして見ないんだよ。折角叔父さんが――」
「わかってる‥。なんか‥‥踏ん切りつかなくて‥伸ばし伸ばしにしてたら、開けるタイミング逃しちゃって」
「‥‥開けないつもり?」
「‥‥‥今は、まだ‥‥」
何が書いてあるのかを考えると、凄く怖い。
別れの言葉ではないのは確かだが‥‥それを読んで、自分がどう捉えるかは判らない。
「‥‥とにかく、明日帰ってくるんだろ?‥‥うちに帰ってくるつもり、あるのか?」
「出来たら‥‥優美ちゃんち、泊まりたい」
長くいる事は叶わないけれど、出来る限り茂から遠い所にいたい。
手紙を読んでいないから、というのも要因の一つではあるが。
‥‥何となく、自分の部屋の‥‥”あの”ベッドに眠りたくないのだ。
茂と他の女が睦みあった、あのベッドの上で眠るなんて事は――‥‥。
実際、はあの日以来、余りベッドで眠らなくなった。
完全拒否、という訳ではない。
ただ、たまに――‥‥ごくたまに見る夢が、彼女をベッドから遠ざけていた。
「‥‥優美ちゃんに、聞いてみるよ。後でメール入れる」
「ありがと‥‥ゴメンね」
「いいんだ。‥‥本当はウチに戻ってきて欲しいんだけどさ」
「‥弘樹は、優しいね」
「僕だって怒る事ぐらいあるよ。――気をつけて、帰っておいで」
「うん」
電話を切り、引き出しから手紙を取り出す。
‥‥今、開けてしまおうか。
‥‥‥‥封を切ろうとして、やめる。
結局、意気地がないだけだ。
茂の浮気相手に対してだって、もっと自分に自信があれば、強気でいられたかもしれない。
――そう、には、自信がなかった。
茂に、愛され続ける自信が。
あの女性は‥‥美人で、スタイルよくて‥茂と一緒に仕事していて‥‥。
かたや自分は、単なる学生。
養われているだけの存在で‥‥何かに対して協力出来た事なんてない。
比べるな、というのは無理な話だ。
「‥‥父さんと母さんに、笑われるね‥‥こんな姿‥」
こんなにも親と話をしたいと思うのも、久しぶりだった。
翌日、は優美の家にいた。
許可をもらい、泊まらせてもらう事になったのである。
弘樹には既に連絡済。
茂にも、弘樹から連絡が行っているはずだ。
――無理矢理にでも会いに来るかと思ったが、そんな事はなかった。
優美は茂がに会いに来ないのが不満だったが、自身は何となくホッとしている。
茂は、迷っていた。
会いに行っていいのか、どうか。
さよなら、と、別れを宣告されたようなものだったので、怖くもあって。
‥‥結局、空港まで迎えにすら行けなかった。
の寝床は、優美のベッドの上。
床でいいというのに、彼女はを気遣ってかベッドを明け渡した。
「優美ちゃん、ごめんね」
「謝らなくていいのよ、ちゃんが泊まりに来てくれて嬉しいんだから」
「‥‥うん」
翌日は普通に学校があるため、必要な荷物だけ引っ張り出して、そのまま就寝する事になった。
‥のだが。
優美は、何かの物音で目が覚めた。
時計を見ると、夜中の三時。
自分たちが眠ってから、三時間余りだ。
ベッドの上を見ると、が放心したように、窓の外を見ていた。
「‥ちゃん?どうしたの‥‥??」
「‥‥あはは、ゴメン。目、覚めちゃった?」
「別にそれは‥‥いいんだけど‥‥」
はベッドから降りて、床の優美の布団の側に座った。
何かに怯えているような。
己の体をさすり、体温を戻そうとしてるような‥‥。
「どうしたの?」
「‥‥弘樹にも‥‥言ってない事なんだけどね。‥‥夢、見るんだ」
夢?
どんな夢なのかは判らないが、少なくとも楽しい夢や、いい夢ではないらしい。
の今の姿を見ているだけで、知らずとも判った。
「どんな夢なの?」
「‥‥ごくたまに、なんだけど‥」
自分の部屋の扉を開けると、茂とあの女性がいて、ベッドの上で睦みあっている。
側に寄りたいのに、寄れなくて。
茂と女性が、幸せそうに微笑んでいて‥‥は、ドアの向こうから、それを見る。
――ベッドに寝ている時にだけ、時たま見る夢。
「‥‥ちゃん、それは‥‥」
「うん、多分‥あの時のイメージが強くて、夢に出て来るんだと思う。‥‥見た後、なんか苦しくって。‥‥すぐには眠れないんだ、ごめん」
「‥弘樹君も、知らないんだよね、その事」
「言ってないからね」
「‥‥‥叔父様‥」
茂との行く先を思い、優美はため息を漏らした。
浮気の現場を見てしまった事によって、深く根付いてしまった、不信感。
その不信感や不安、自分への自信のなさが、夢に出てきてしまうのだろう。
‥‥癒せるものなら、癒してあげたいと思う。
‥しかし、それが出来る人間は、その傷を与えた茂だけである事も、優美には判っていた。
「‥ちゃんは、叔父様に愛されてるよ」
「‥‥そんな事ないよ、愛されてるのは‥‥私じゃ、ない」
「結論を急がないでいいと思うの。‥‥ゆっくり、時間をかけて、本当はどうなのか、自分の心に納得させられるように、考える事が必要だと思うの‥」
「‥‥‥」
「茂叔父様、凄く辛そうよ?」
「‥あの‥女の人と、上手くやってるんじゃないの‥?」
優美は微笑んだ。
”それは、自分の目で確かめる事だ”と付け加えて。
あと…あと二話……かも(爆)
今回は弘樹と優美ちゃんが出張ってます。
さー、さくさくっと行きましょう!次々っ!
凍るシリーズが終わっても、書きたい話がぽこぽこ出てくる…。
………それは終わってから考えます;;
他のキャラの長編って…あまり思いつかないのになぁ。
弘樹とか、晃とか…他キャラも増やしたいとは思ってるんですけど…。
投稿漫画描きながらだと、どうしても……どれか、になってしまう。
まあ、頑張って行きます!(燃)
やりたい事は、全部やってしまえな人なんで。←やりきれなくて中途半端な事多々。
2002・2・20
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