凍るダイヤ 7
散々悩んだ挙句に、茂は決意した。
やれば絶対に怒られるだろうが、とにかくに会う必要がある。
彼は今、のステイ先の学校にいた。
聖に話をつけてもらってから、二日経つ。
こちらでの仕事も終わり、翌日には新都市へ帰ることになる。
タイムリミットは目の前‥‥、帰る前に、どうしても渡しておきたい物があった。
話せなくてもいい、せめて手渡したくて、学校まで来てしまったのだが‥‥。
怒りを買うこと請け合いだ。
まあ、そんな事を気にしていられる状況でもなく、茂は校内へ足を踏み入れた。
――茂が教師に連れられ、のいる教室へと向かっている頃、は授業の真っ最中だった。
教壇では、現国の先生が眠気をかもし出す授業をしている。
頭の中は授業どころではなかった。
聖に言われた「叔父に会って話をしろ」というのが頭から離れてくれない。
会いたくない、でも、会いたい。
どちらが自分の本当の気持ちなのか、上手くつかむ事は出来なくて。
窓の外を見て、ため息ばかりついていた。
――そんな折。
「授業中すみません、先生、片山さん、いらっしゃいますか?」
自分の名を呼ばれた事に気づき、前の出入り口を見る。
‥‥別のクラスの先生が、誰かを連れているのが見えた。
――嫌な‥‥嫌な予感が身を包む。
(ああ、神様‥どうか嘘だと言って下さい、この際幻覚でも構いませんから‥‥)
の祈りもむなしく、姿を現したのは、会いたくて会いたくないその人だった。
立ち上がりながら、は思った。
‥‥考えたもんだ、と。
実際、よく考えたと思う。
この状況下では、逃げようにも逃げられない。
流石に学校をサボって逃げる訳にも行かないし‥。
「じゃあ、さんはお話が済んだら、授業に戻って下さいね」
「はい」
「先生、ありがとうございます」
茂は、丁寧に教師に挨拶する。
先生は、ご丁寧にもと茂を空いている教室へと通し、自分は職員室へと戻っていった。
教師なりの心遣いだろうけれど‥‥今、これほどありがたくない事はない。
残された二人の間に、奇妙な沈黙が流れる。
一体、学校まで何をしに来たのだろうと不安にかられる。
同時に、怒りも込上げる。
学校まで来なくてもいいじゃないかという‥怒り。
そこまでさせたのは自分なのだけど。
‥‥ここまで来た、その理由が謝罪であるのなら、聞く耳は持たないつもりだった。
‥つもり、なだけで、本当は無視なんて‥とても出来ないのだろうけれど。
話を切り出したのは、沈黙に耐え切れなくなったの方だった。
「何しに、来たの?」
「‥‥確かめに、来たんだと思う」
茂の口調は、優しく、静かだ。
だから、も心を徐々に静める事が出来た。
聖の言った、「話をする」のは、今、ここでしか出来ないだろう。
この時間を逃したら、茂はともかく、の方は話をする気など起きないだろうから。
何日か置いたからこそ、今、落ち着いていられるのだろうし。
そういう意味では、必要な空白だったと言える。
「‥‥何を確かめに来たの?私が子供だって事?」
キツイ物言いではあるが、悪意はない。
努めて素直であれるよう、望んでいるだけ。
茂の方にも、それはしっかり伝わっていた。
「違う‥‥」
「じゃあ、何?」
「‥‥お前を望む心がどれ程あるか、進んでいいのか、確かめたかったんだと思う」
――茂の言葉の意味が分からない。
彼が望んでいるのは、自分ではないはずなのに。
進むって‥何処へ?
聞きたかった。
なぜ、あんな事を言うのだろう。
真意が、わからない。
「意味‥‥わかんないよ‥‥」
「いいんだ、俺の中の事だからな。‥‥俺は明日帰る。‥だから、その前にこれを渡しに来たってのも、理由だ」
「‥‥手紙?」
茂から手渡さたのは、ごく普通の手紙。
少し躊躇したが、受け取る事にした。
「中は――‥‥今、見なくていい。気が向いたら‥‥お前が読んでもいいと思ったら、開けてくれ」
「読みたいと思わなかったら?」
「そうだな‥‥その時は‥‥」
苦々しく笑い、茂は答えた。
”その時はその時だ”と。
「‥‥ねぇ、叔父さん‥」
「?」
震えそうになる体をなんとか止め、は茂を見据えた。
彼女にとっては、聞きたくない事なのに、それでも‥‥自分からその質問をする。
それは、とても――とても意味のある事だったから。
本当はどうしたいのか、何を考えているのか‥‥、自身の見えない本心を見つける、という意味があったからだ。
「‥‥あの人と‥寝たんだよね?私の‥部屋で」
「っ‥‥、それは――」
「言って、お願い」
彼女に、傷を与えると知っていて。
それでも‥‥、聞かれたことに対して、はっきり答えたいと思った。
否、答えるべき。
‥真剣な彼女の目に負け、茂は素直に言葉をつむいだ。
「‥‥ああ」
「ちゃんと言って」
「‥‥そうだよ、俺は‥‥あいつと‥お前の部屋で寝た」
の質問は、どう考えても茂を痛めつけると言うより、彼女自身を痛めつけるような質問でしかない。
それでも、茂には質問に素直に答えるしか道がなかった。
ここまで来て嘘をついても、なんの特にもならない。
ぽたりと、床に落ちる雫。
――意識せず、は泣いていた。
茂は慌てて彼女の肩を抱く。
思わず肩を掴んでしまった事に、茂は後悔の念を抱いた。
‥‥そんな事を出来る資格は、自分にはない。
裏切った手に、慰めて欲しいと思うだろうか。
‥多分、そんな事は思わないはず。
振り払われるかと思ったのに――は身じろぎすらしなかった。
「‥?」
「‥‥平気だから‥、大丈夫‥」
は、しっかりと己の心を認めた。
何でもない‥‥何とも思っていない男の言葉に、こんなに打ちのめされるはずはない。
自分は‥‥まだ茂が好きなのだ。
それが、凄く悔しい。
許してなんかやらない。優しくしてなんてやらない。笑ってなんてやらない。
同じ苦しみを、絶望を、与えてやりたい。
なのに、嫌えないなんて‥‥何て惨めなんだろう。
簡単に割り切って、次の人に走ってしまえはいいのに。
茂は、の涙を指で拭ってやる。
それにも、彼女は拒否反応を示さなかった。
の頬を撫で、その温もりを手に感じる。
は茂の体温を心地よく感じ、目をつむった。
茂はを見つめ、彼女は小さな声で告げる。
「キス、して」
茂は驚いて、を見つめる。
だが、彼女の瞳からは、何も読み取れない。
の顎に手をやり、指で口唇をゆっくりなぞる。
愛しむように、くすぐるように。
触れてはいけない神聖なもののように‥‥。
桜色の口唇に、何度己を重ねただろう。
口唇だけでも、こんなに愛しいのに‥‥自分でそれを手折ってしまった。
静かに、引き寄せられるように、茂はの口唇を己のそれで塞いだ。
本当に、触れるだけの口付け。
二人はこの一瞬だけ、周りを取り巻く全ての物を取り払った。
長いキスの後、ゆっくりと離れる。
はうつむいて、茂を見ようとはしない。
「‥‥もう、行くね」
「‥ああ」
教室に戻ろうと、はきびすを返し、茂に背を向けた。
茂には、が何を思っているか判らない。
慰め、蔑み‥‥軽蔑。
それとも、愛情なのか、許しの意味なのか。
あのキスの意味は何だったのかなんて――‥‥判らない。
きっと、自身にもよく判っていないのだろう。
「‥‥叔父さん」
「何だ‥?」
「‥‥‥さよなら」
「‥‥‥」
さよならの言葉の意味を測れず、茂はその場に立ち尽くす。
‥‥もう、救いは己にはないのだろうか。
茂は絶望を胸にしたまま、帰路についた。
人の気持ちなど 量ることはできない。
ましてや 真意など 誰にも 測れない。
――ならば、何を信じればいいのだろう。
‥‥暗い(汗)
いや、この際暗いのは置いておきましょう‥毎回だし(爆)
結構自分で書いててヒヤヒヤしてるんです‥‥コレ。
回を増すごとに、段々収集がつかなくなってきて‥いえ、きちんと終わらせますよ!!
全十話できっちり区切るつもりです。
‥まあ、一話二話誤差がでるかもしれないですが。
あと三話分ぐらい、お付き合いくださいませ。
物凄く長くなってしまったので、7、8と分ける事にした今回の話。
‥‥自分的には凄い、いい所で切れてます(笑)
しかし‥相変わらず文章が稚拙な‥‥。
上手い人に書かせると、もっとこう‥‥ねぇ(汗)←自信喪失(元々自信なんぞないが)
2002・2・5
ブラウザback希望
|