凍るダイヤ 6




 感じなければいい。考えなければいい。
 愛した心は氷の中に閉じ 眠らせる。

 全てをなくした訳じゃない。
 大事なものが 壊れただけ。




 の仮親であるステイ先の夫婦は、帰ってきた彼女を見て、戸惑った。
 今までに見てきた元気のいい姿はどこにもなく、空元気を振りまき、不自然な笑みを零す。
 何かがあったと理解するには、充分だった。
 けれど、そうなった理由を彼等は聞かない。
 聞かない事が、仮親である彼等なりの優しさだと、にはしっかり伝わっていた。
「‥・元気、出さなきゃ‥」
 自分を叱咤してみても、与えられた痛みは消えない。
 今は何もはめられていない、己の左手の薬指を見て、溜息をつく。
「‥・どうして、こうなっちゃったんだろ‥・」


「‥・案外、時間かからんかったな」
 一方の茂は、が新都市を出てから三日後、彼女のステイ先にいた。
 本当なら、この後すぐにでも彼女の仮住まいに向かいたい所だったが、仕事の絡みでここに来ているため、そうもいかない。
 やらなくてはならない仕事を先に済まし、終わった頃にはしっかりと夜になってしまっていた。
「八時か‥・」
 向こう宅の迷惑も考えたが、翌日も仕事で結局同じようなものだろう。
 何より己の心には勝てず、歩みを速めた。

「‥・会って、何を言うんだ俺は‥・」
 家の近くまで来て、心に躊躇いが生じる。
 勢いのままに来てしまったため、会って何を言うのか考えてなった上に、状況が余り宜しくない。
 大喧嘩中なのだ、自分とは。
 近くまで来たので‥・は、余りに不自然だ。近所じゃないんだから。
 仕事の関係で‥・。間違ってはいないが、わざわざここまで来る必要性を感じない。
 下手をすると、ステイ先の検査をしに来たみたいだし。
 ”に謝りに来ました”‥‥ストレート過ぎる。
 世間体や立場を守りながらだと、どうしても根詰まりを起こしてしまう。
 仮親に、己と彼女の関係を知られてはならない。
 のためにも、叔父と姪でいた方がいいのだ。
 ならば、素直に帰った方がいいのは判っている。
 ‥でも、帰る気にはなれなかった。
「あぁ‥くそっ、男は度胸だ!!」
 理由なんかどうにでもなる!と、かなりアバウト気味になりつつ、無駄に勢いをつけて、インターホンを押した。
「夜分遅くに申し訳ない――」


 茂が家に迎え入れられた時、は二階にある自分の部屋‥・といっても借り物だが、とにかく、そこにいた。
 二日や三日では到底明るくなれるはずもなく、それでも毎日やる事だけは山のようにあったので、その事を‥・茂の事を考えなくても済んでいる。
 学校から出された課題と格闘している時、一階から聞こえてきた声に、思わず字を書くのを止めてしまった。
「‥・空耳よ、空耳‥・」
 こんな所に茂がいるわけがないし、来るはずない。
 今頃、”あの女性”と仲良くやっているはず。
 ―――なのに。
ちゃん、叔父様がいらしてるわよ、降りて来て!」
 おばさんが一階から、ご丁寧にも声をかけてくれた。
 ああ、やっぱり空耳じゃなかったんだと深く溜息をつく。
 下に降りて、茂に会うなんて出来ない。
 とにかく、会いたくない。
 自分は今、間違いなく彼に不信感を抱いている。
 何を言われようと反抗するだろうし、怒ってしまうだろう。
 茂を見て、とても冷静ではいられないという事を知っていた。
「‥・どうしよう」
ちゃん?」
 おばさんが上がって来る。会いたくない、でも、玄関は下。
 ここは二階。当然、靴も下な訳で‥・。
「‥・‥・しょうがない」
 は意を決し、窓から身を乗り出した。
「誰にも見られませんように‥っ!」
 意識を集中し、地上一メートルぐらいの所に、覚醒能力で薄い幕を張る。
 シールド技の応用なのだが、対ナイトメア以外で能力を使うとは思いもよらなかった。
 エーテル能力が人間というか、固体や物質に効くのかと言われるとちょっと分からなかったが、弘樹が深雪の植木蜂攻撃を避ける時、植木蜂にエーテルを当てて避けていたから、効かないという事はないだろう。
 ‥ダメだった場合、骨折は避けられなかろうが。
 悩んでいる間にも、おばさんは上に上がって来る。
 は窓から身を投げ、幕の上に落ちた。
 ふわりとした感触があったかと思うと、思い切り尻餅を付いてしまった。
「あいたぁ‥‥集中不足‥・。でも成功したみたい‥‥そんな事言ってる場合じゃなかった」
 家から誰も出てくる気配がないのを確かめると、こっそり玄関を開け、中を見る。
 ‥‥応接間にいるのか、誰の姿も見当たらない。
 こっそり靴を履くと、また静かに外へ出て、そのまま走り出した。
 とりあえず、今日は仲のいい友達の家に泊めてもらう事にして。
 ステイ先夫婦に心配をかけてしまうけれど、にとっての最良の方法だった。
 ――逃げる事が。

ちゃん‥・いたはずなんですけど‥・」
 いつの間にか靴もないし、と不思議そうな顔をする夫婦。
 茂は、が逃げたと気付いた。
 判ってはいたのだが、捜すのに‥・いや、会うのに骨が折れそうだ。
 しばらく談笑した後、二人に丁寧にお礼を言って、宿泊先のホテルへと向かう。
「‥・、どこに行ったんだ‥・」
 会って、話をしたい。
 だが、余程タイミングを合わせないと、家に行った所でまた今日の二の舞だ。
 それでも、他に方法が見つからず‥・、翌日、また連絡してみる事にした。



 滞在四日目。今日も空振りだった。
 ここ何日か、何とかしてに接触しようとしている茂だったが、全て空振りに終わっていた。
 単なる徒労である。
 項垂れつつ、夕食をとろうと町へ出て‥・驚いた。
「影守君!?」
「‥・どうも」

 手近な店に入り、(といってもファーストフード)腰を落ち着ける。
 どうやら、聖は研究発表か何かでここに来たらしい。
 それだけではないようだったが。
「‥・あんたの甥っ子が喚くもんでな、ついでの視察をしに来ただけだ」
「弘樹か‥・」
 喚いている様が思い出され、なんとなく笑ってしまう。
「それで、あいつには会ったんだろう?」
 聖の問いに、渋い表情を返す茂。
 その対応に、聖は眉をひそめた。
 四日も経っているというのに、会っていないというのは‥・。
 何だか、物凄く妙に思える。
 に会いに、わざわざ仕事を引き受けた茂だから、尚更そう感じる。
 どういう事かと説明を求める聖に、茂は今までの事を話した。
「‥・‥・成る程な、毎回逃げられてる訳だ」
「‥・ああ」
「‥・仕方ないだろうな、それだけの事をしたんだ」
「‥・わかっちゃいるが‥・辛いもんだな‥」
 溜息をつく茂を見て、大の大人が女の一人や二人の事で沈むなんて情けない‥とも思うが、それだけの存在が大きかったのだろう。
 認めたくはなかったが、想いは本気らしい。
「明日、の奴に会いに行く。話をつけて来るから、あんたは仕事をこなしてろ」
「‥・ああ、すまない」
 どっちが大人だかわかりゃしない。

 は出された課題をカバンにしまいこむと、友人に挨拶を交わして、さっさと学校を出ようとしていた。
 校門で、とある人物を目にするまでは‥。
「‥・か、影守さん‥・!?なんでここに‥・」
「ちょっとしたヤボ用でな‥時間、あるか?」
 折角ここまで来てもらって、ノーと言えるではない。
 近場にある喫茶店に入る事にした。

 二人共コーヒーを頼み、それを一口飲んでから話を始める。
 遠い地で会えたというだけで、は何となく嬉しくなってしまった。
「ヤボ用って、何だったんですか?」
「医学研究の発表でな、それを見に来ただけだ。‥‥明日には帰る」
「そう‥・ですか」
 そんな事より、と、聖はいきなり本題に入った。
「‥・いつまで、逃げ回ってるつもりだ」
「‥‥」
 が息を呑んだ。
 何でそんな事を知っているのか‥きっと、茂に会ったのだろうと予測をつける。
 聖が何の理由もなしに自分に会いに来るとは思っていなかったし、何となくこういう理由で会いに来たのではないかと、当たりはつけていたが‥。
 やはり、はっきり言われると詰まる。
 逃げているのは本当なので、嘘をつくわけにもいかない。
 ”そんな事はない”と、嘘を言っても、聖は感嘆に見透かしてしまうだろう。
 そんな小手先が通用する人物ではない。
「‥‥会いたく、ないんです」
「だから、逃げてるのか?」
「――はい」
 素直に頷く。それ以外、何も出来なかった。
「お前を想って、必死で追ってきた男に対してする事か、それは?」
「‥‥あの人は‥私の事なんて想ってない!」
 叫ぶように、聖に告げる。
 その悲痛な声は、周りの雑音に負けて聖以外に届く事はなかった。
 彼は深く溜息をつき、それからを睨みつける。
「バカかお前は。想ってない人間を、ここまで追う訳ないだろう」
「‥‥」
「お前は‥・、今まで好きだった奴を簡単に嫌いになれる女か?」
 簡単に嫌いになっているのであれば、逃げたりはしないだろう。
 それは、聖にもよく分かっていた。
 だが、その想いに蓋をして、は最愛の者から逃げ続けている。
 それが、気に食わない。
 自分が告白したところで、茂以上の存在には決してなれないのだと思い知らされるようで。
「いつまで、不幸者気分でいるつもりだ」
「‥・そんなの‥・わかんない‥・」
 は耐え切れなかった。
 いつもなら軽くかわせる聖の辛らつな言葉も、今の彼女には致命傷。
 涙が、知らず知らず溢れ出していた。
 嗚咽なく涙する姿を見て、聖は珍しくたじろいだ。
 いきなり泣かれるとは思っていなかったから。
 ‥‥それに、好きな女を泣かせるのは、気分が悪い。
 性格上、謝りはしないが。
「‥・泣くぐらい辛いってのは、泣くぐらい好きだって事だ。‥会って、話をしろ」
「‥‥」
「何にせよ、会わないとお前は止まったままだ」
「‥‥はい」
 は、その言葉に深く頷いた。
 随分とヤキが回ったもんだと、聖は空を仰ぐ。
 ‥なんだか、損な役回りだと感じながら。


 逃げるだけではダメ。
 わかってる。わかってるけど――会うのが 怖い。




覚悟を決めて6話目です(爆)
まだ終わらない‥更に終わらない‥ごめんなさい(平謝り)
凍るシリーズと同時に他のも執筆してるんですけど、
どうも‥このシリーズを置いて別のを書くと、こっちがかけなくなってしまうので‥。
スミマセン、と、謝ってばっかりの後書き(汗)
まあ、補足でも。
影守さんをいきなり出してしまいましたが、理由は、
前の話であまり活躍してなかったから‥です;;
じゃあ沙夜香先生や優美ちゃんや、その他の方々はいいのかと言われると
そうじゃないんですけど‥。今回は代表で影守さんご出演。
全体の半分ぐらい彼が持っていってますね(笑)
次回は‥えぇと、やっとこ茂叔父とさん、会います。
ここまで来たら、思う存分書かせて頂きたいです、ハイ。
早く完結させて、ラヴちっくにしたいもんです‥。


2002・1・28

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