凍るダイヤ 4
走っているのは、何のためだろう。
探しているのは、何のためだろう。
自分が何をすべきかなど、解ってもいないくせに。
茂は、を振りほどき家を出てから、何時間も街を探し回っていた。
の友人の家も粗方探し回ったが、彼女は見つからない。
まるで、何かが邪魔するかのように…見事な程に会えない。
自分が何をしたのかもはっきりと思い出せないまま、とにかくを探し回っていた。
「後は‥‥優美ちゃん家か‥‥」
優美のマンションの近くに来て、やっと一息ついた。
既に結構遅い時間だが、そんな事を気にしている余裕は全くない。
とにかく、会って話をしなくてはならないという思いだけが、今の彼を動かしていた。
朝倉家前まで来て、大きく息を吸って深呼吸する。
多分会えないだろうから、心を落ち着ける準備は先にしておかなければならない。
いないだろうと思ってはいても、ショックは大きいものだから。
ここが最後の、のいる可能性のある家だから、尚更。
‥‥例えいたとしても、が自分を拒否する事は茂にも良くわかっている。
それでも、会いたいと願うのはエゴだろうか。
息を整えて、インターホンを押す。
何分もしないうちに、優美が顔を出した。
茂を見ると、少しばかり‥‥驚いたような、怒っているような‥そんな顔が優美の表情に表れる。
普段の彼なら、その微妙な表情の変化に気付いたのだろうが、今はそんな変化には微塵も気付く事が出来ない。
心の余裕など、ありはしなかった。
「すまん、優美ちゃん‥‥、いるか?」
「え、いないですけど‥‥まだステイから帰ってきていないんですよね?」
「いや‥‥今日、一時帰宅したんだが‥‥。もし、訪ねて来たら、家に来るように言ってくれるかな」
「はい。‥‥あの、何かあったんですか?」
優美の言葉に、茂が苦虫を噛み潰したような顔になる。
いつも他人の前では飄々としているのに、珍しい事だ。
「‥‥いや、とにかく‥頼むな」
「はい」
茂は礼をするとその場を後にして、一度家に戻る事にした。
めぼしい所は全て行った。
後は‥‥はっきり言って、もう見当がつかない。
家で大人しく待つなんていうのは嫌だったが、カラカラに渇いた咽を潤して、少しだけ休憩する事にした。
とにかく、何がどうなったのか冷静に考えなければならない。
‥‥馬鹿げているな、と、自分で自分をあざ笑った。
何がどうなったかなんて、言われずとも、考えずとも分かる事。
は、茂が自宅に戻った時、既に帰った後だった。
そう、何がどうなったかなんて、考えるまでもない。
茂は誰もいない部屋で一人頭を抱える。
自分は、彼女の‥‥の留守中に”浮気”をした。
酒に酔い、に会えない寂しさに流されて――。
「‥‥俺は‥‥最低‥だな‥‥」
断片的に覚えている。
渇いた声、白い肌。
呟き、囁いた名は‥最愛の女の、の名ではなく‥‥。
こんなにも恋焦がれているのに‥‥その恋焦がれた人に、深い傷を与えてしまった。
「‥‥頼む‥‥俺の前から‥いなくならないでくれ‥!」
勝手な言い分。
だが‥‥大切なんだ。
壊したくない。
いなくなられたら――‥‥きっと‥‥無理矢理にでも、奪ってしまう。
彼女の意思を無視して。
を、壊したくない――のに‥‥。
どれ位考え込んでいたのかは定かではないが、玄関のドアが開く音がした。
茂は慌ててリビングのドアを開ける。
が帰ってきたんじゃないかと思って。
「っ!?‥‥何だ、弘樹か」
「何だとは何だよ。ただいま」
「‥‥お帰り」
いつもの軽い切り返しすら出来ず、リビングへ戻ると弘樹も後からついてきた。
「今、って言ったよな?」
「ああ、言ったよ」
カバンを下ろすと、茂の向かいの席に座った。
「‥‥何か、あったんだろ」
「‥‥」
真撃な目に、誤魔化しは聞かないと察する。
深く溜息をつくと『喧嘩しただけ』と、弘樹に話した。
それが全ての真実だとは弘樹には思えなかったが、それは今問題じゃない。
「‥叔父さん、探さないのかよ‥の事」
「探したよ‥でもな、あいつの性格上、俺に会うかもしれないのに、いつまでもその辺フラフラしてるとは思えん」
「誰かの家とか‥‥」
「お前の仲間内は、全部行った。‥それでも、見つからんって事はだ、がいるのを隠してるって事だろう?‥‥俺から、な」
の方が会いたくない、と言えば、無理矢理顔合わせするように仕向ける連中ではない事は、弘樹も良く知っている。
弘樹は弘一の力を借り、彼女がどこにいるか分かったが‥‥教えようとはしなかった。
何の喧嘩かは分からないが、ただ事ではなさそうだったからだ。
明日、朝早くにでも一人で会いに行ってみようと、弘樹はひっそりと思った。
茂には‥‥とても悪いとは思ったけれど。
優美の部屋から、外を眺める。
床で寝る事になってしまった優美に心底申し訳ないと思いながらも、中々眠れずにいた。
目を瞑ると、嫌な事が浮かんできそうで怖くて。
先ほど、玄関から聞こえてきた叔父の声に、心が揺り動かされている。
優美は、自分がここにいることを言わなかった。
約束を守ってくれているのが、嬉しくもあり‥辛くもある。
「‥‥ガンバロ」
意を決し、ぽふっと枕に顔を埋めてベッドの上で丸くなる。
目を瞑ると、やはり色々な事が浮かんでは消え、
嫌な事を思い出して、知らず涙が零れた。
「‥‥大丈夫、きっと」
小さく自分を元気付ける言葉を発し、ゆっくりと眠りに落ちる。
体温は一向に高まらない。
心を冷え込ませたまま、夜は過ぎていった。
2002・1・12
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