そこにある幸せ もし、貴方が生まれてこなかったら。 私はとっくにあの世行きか‥‥、 もしくは、みなしごとなって、この世界を恨んで過ごしていたかもしれない。 「「誕生日、おめでとうっ!」」 弘樹との声がきれいにハモる。 それと同時に茂は缶ビール、と弘樹はジュースで乾杯した。 本日、片山茂の誕生日。 本当は、相棒である啓介も呼びたかったのだが、彼の方が遠慮してくれてしまった。 折角一年に一度なんだから、家族水入らずで、とかなんとか。 誕生日ゆえに、本当なら茂の好きなものを食卓に並べてあげたかったのだが、 彼の希望第一声が 「闇鍋」 だった為、あえなく却下となる。 その代わり、と弘樹が腕を振るい、いつもより豪勢な料理が目の前に並ぶ事になった。 三人三様、思うように料理をついばむ。 「今年はケーキできなかったね」 少々残念そうに、弘樹が呟く。 も同感だという風に頷いた。 本当は、が作るつもりだった。 けれどオーブンが不調で、どうしても焼くことが出来ずにケーキはお流れとなってしまって。 買って来ようかとも思ったのだが、茂がいいと言ったため、 今年の茂誕生日ケーキは存在しなくなった。 はちょっと残念に思う。 ‥‥‥‥自分が、食べられなくなってしまったからに他ならないのだが。 「それにしても‥‥叔父さんって、いくつになっても叔父さんだよな」 至極当たり前と言えば、当たり前の事を言う弘樹に、 は不思議そうな顔をした。 茂の方は、ビールを飲みながら笑っている。 「当たり前だろう?叔父さんは、いつでも素敵な叔父様だぞ」 「‥‥ちょっとは大人になるとかあっても、いいと思うんだけど」 溜息混じりに言う弘樹を見て、はクスクス笑ってしまった。 昔から変わらない風景。 弘樹と茂と自分と三人で、多分、凄く温かい家庭してる。 茂と想いが通じ合った今でも、やっぱり基本的な線引きは親と娘、なのだが、 それが嫌ではなくて。 昔は嫌だと感じた時期もあったけれど、今ではそんな事もなくなった。 彼氏である茂であろうが、親である茂であろうが、 彼が自分を守ってくれている事に、なんら変わりはないのだから。 「、何ニヤついてるんだよ」 弘樹に言われて、ちょっと頬を膨らませる。 「ニヤついてないわよ。‥‥ちょっと、よかったと思っただけ」 「何がだ?」 茂に問われ、少し頬を赤く染めてしまう自分がいて。 弘樹のすぐ傍だっていうのに、感情というものはままならない。 「‥‥叔父さんが生まれてきてくれて、よかったって」 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 弘樹と茂が、顔を見合わせて固まる。 「な、なにようっ」 ぷくぅっと頬を膨らませ、少し不機嫌になるに、弘樹が呆れたような顔をした。 茂はと言うと、不覚にも彼女の言葉に、ほんのり頬を染めてしまったりして。 「あーあーもう、ご馳走様。って時たま凄いよね」 「な、なんでっ、別に変な事言ってないじゃない!」 「でも、叔父さん赤くなってるし」 指を指されて、改めて茂の顔を見ると、本当に赤い。 は自分がそんなに恥ずかしい事を言ったのかと、内心焦ってしまう。 自分的には別にそんなに恥ずかしい事ではないのだが、聞いている者にとっては 結構恥ずかしい事だったのかもしれない。 「あー‥‥」 「なぁに?」 「‥‥ありがとう」 微笑まれ、の顔が赤に染まる。 ‥‥完全に二人の世界だ。 弘樹は苦笑いしながら、ジュースを自分のグラスに注いで飲む。 「でも、弘樹だって同じでしょ?叔父さんいてくれてよかったって、思うよね」 「そりゃ勿論だよ。‥BGに行く前までは何にも考えてないかと思ったけど、 実は物凄く色々考えてるって判ったし」 最近はどうか知らないけど、と最後に付け加えているあたりは弘樹だ。 も苦笑いしながら、それに同意する。 茂はカリカリ頭を掻いた。 「家族ってのは‥‥いいもんだな」 「叔父さん‥‥」 真面目な茂のセリフに、二人が思い切り感動する。 「何しろ、掃除したり料理したり、一人でやらずに済むしな!」 「「‥‥‥‥」」 ‥‥感動したのに。 やっぱり、叔父はどうあがいても叔父だ。 と弘樹は、お互い顔を見合わせて笑った。 こういう茂に育てられたからこそ、自分達は今生きて、この世界に存在している。 普段からおちゃらけているのは、二人に無用な心配を与えたくないから‥‥だと思うし。 彼が生まれてきてくれなかったなら。 ‥‥考えるだけで、怖くなる。 「あ、そういえばプレゼントだけど」 突然、ポン、と弘樹が手を打つ。 茂は首をかしげた。 二人の周りに、プレゼントらしき物は見当たらない。 部屋に置いてあるのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうで。 「あのね、弘樹と二人で考えた結果‥‥」 「叔父さんへのプレゼントは、掃除にしたから」 「プレゼントが掃除か‥‥物品じゃないのね」 少しおどけて、悲しそうな素振りをする茂。 だが、掃除がプレゼントでもこの場合構わない。 ‥‥何故なら、しばらくゴタついていた為に、茂の部屋を掃除する者がだれもおらず、 とんでもない状態になっていたから。 いつもだったら気にしない、茂本人がそろそろ悲鳴を上げそうなレベルに達していたので、 放置しておく事は非常に危険でもあるし、 折角なので二人からのプレゼント、という形にさせてもらった。 ‥‥お金もかからないし。 「、僕ちょっと下見してくるから」 食事を終え、茂の部屋を覗きに弘樹が立ち上がる。 残る二人はそれを見送り、目線を合わせた。 「‥‥掃除だけってのは少し寂しいから」 「?」 てほてほと歩き、茂の傍まで寄ると、彼の頬に軽く口唇を触れさせた。 突然の事に、目を丸くして彼女を見てしまう。 弘樹がいなくなってからと決めていた、やはりお金はかからないプレゼント。 がすぐに離れようとしたので、思わず手を引っ張って抱きとめる。 「お、叔父さん?」 「‥‥俺の方こそ‥‥お前が生まれてきてくれてよかった」 「‥‥‥‥うん」 本当に、心からそう思う。 も茂の背中に腕を回し、抱きしめる。 茂は、先程のキスのお礼といわんばかりに、彼女の首筋に吸い付いた。 赤い花が一つ散る。 「ちょ‥‥叔父さんっ」 「気にするな、見えない」 嘘だ。 は、茂につけられた痕の辺りを手でなする。 ‥‥‥‥正面から見ても、思い切りついているのが判ってしまう位置。 溜息をつき、茂から離れた。 それと同時に、見計らったように弘樹が帰ってくる。 「ラヴシーン終わった?」 「‥‥‥‥見てたのね」 苦笑いする弘樹に、は頬を赤らめた。 「部屋どうだった?」 「もうなんていうか、ジャングル」 「‥‥‥‥」 茂ですら苦笑いする部屋だ。 と弘樹は、安易なプレゼントを選んだ事に後悔の念を抱いた。 まあ、結局二人がやらねば、茂がやる事はないので ジャングルがさらに大変な事になる。 「ま、叔父さんへのプレゼントはがちゃんとあげたみたいだし?」 少し意地の悪い顔をしながら、弘樹がと茂を見る。 ‥‥‥‥やっぱりバッチリ見られてた。 「ま、気にするな」 「‥‥気にしてよ、少しは」 が呟く。 でも、そういう性格の茂だったからこそ、こうやって自分は元気でいられたと思えば、 それもまたいい事だと思うし。 「弘樹、、ありがとうな」 ありがとう、って言ってもらえたし、喜んでもえらタみたいだし、 誕生日を祝ってよかったと思う。 三人は顔を見合わせ、微笑んだ。 貴方がいてくれてよかった。 ‥‥たとえ部屋がアレでも、掃除をしなくても。 2002・6・4 ブラウザback |