お子様両親





「ただいまー!」
元気よく帰宅の挨拶をしつつ、扉を開けると、自分の前を勢いよくクッションが通り抜けた。
右のダイニングキッチンから、左のリビングへ。
更に、小さなプラスチック製花瓶が飛んでいき、左の部屋で、
飛んできたそれを防いだような硬質な音が響く。
「叔父さんのバカーーーーーーーッ!!!」
分厚い辞書が飛んでいく。
「おっ、落ち着け!!」
「落ち着けるかーーーー!!」
叫び声とともに、の覚醒能力が発動し、茂をかすめる。
「うわあっ!!」
玄関で深く溜息をつき、少女は”またか”と呟いた。


片山茂と片山
形式上ではあるが結婚し、二人の子供を授かっていた。
双子として生まれ、兄の名を””、今さっき帰ってきた妹を””という。
は大人しいしっかり者。
は明るく元気だが、少々抜けている。
二人の子供は、両親が大好きだ。
他の親と比べると、実に子供っぽい親ではあるのだが、そんな所も二人は大好きで。
ただし、悪い事をすればその時は物凄く怒られる。
理由もなく怒ったりしない親なので、怒る時は本気で怖い。
そういう所に関しては、人並み以上にうるさい両親だ。

当の本人たちはケンカも多いが、子供から見ても、愛情あるケンカだとわかる。
今日のも、大した理由もないケンカだろうと踏んで、子供は余り心配していない。
「お母さんタダイマ。」
右のダイニングキッチンに、ひょこっと顔を出すと、息も荒く母親のを見た。
「お‥‥おかえり‥‥っ。」
「お母さん少し落ち着いてよ、ちゃんと話しよっ。」
「‥‥うん。」
どちらが子供かわからないような状況だが、片山家ではこれが普通だったりする。
とにかく、左の部屋へとを連れ出した。
左、リビングには、クッション数個と料理用ボウル、プラスチック製花瓶やらケースやら、
が投げた物が転がっていた。
ソファーの裏側で、カリカリと頭を掻く茂を発見する。
「お父さん、鍋のふたなんて握ってないで、座ってよ。」
「あ‥‥ああ。」
は二階?」
「もう降りてきてるよ、。頃合かと思ってさ。」
階段の方からひょこっと現れたは、に”お帰り”と言うと、ソファーに腰を下ろした。
なお、現片山家の座り位置は、、茂とでワンセット状態である。
どちらかといえば、はお父さん子、はお母さん子だからだ。
「で、今日のケンカの理由は?」
が父に問う。
「どうせ、大した事じゃないんでしょ?」
は、母に問う。
「私にとっては大事な事なの。だって‥‥仕事だからって、
女の人と二人で一晩あかしたって言うんだよ!?連絡もよこさないでっ!!」
がイライラを含ませつつ、双子に話す。
そういえば、昨日はお父さん帰ってこなかったね、と、が頷く。
茂は青ざめ気味だ。
「よくそんな事知ってるね。」
の問いに、が冷静に答えた。
”五十嵐の兄ちゃんが、情報提供者だろう”、と。
「‥‥すまん!!」
深ーーーーく頭を下げる茂だが、はじとっと睨みつける。
浮気はしていないのだろうが、他の女性と、というのが気に食わない事この上ない。
一応、前科持ちだし。(凍るダイヤ参照)
は、イラつく母を落ち着かせようと水を持ってきて飲ませる。
「お父さん、お母さんが同じ事したら、怒るだろ?」
言い聞かせるように、が茂に言葉を発す。
「そりゃ、当たり前だ。」
「一緒にいた人ボコボコだよね〜。」
あっけらかんと、凄い事を言う
なかなかに、茂との性格を受け継いでいる。
のしっかりさは、誰に似ているかといわれれば、マジメモードな茂か、弘樹ぐらいだろう。
‥‥‥‥あまりに弘樹に似ているので、茂は自分の子か疑ったぐらいだ。(勿論冗談)
「‥‥だったらさ、もう少し考えなよ、連絡入れるとかさ。」
「‥‥すまなかった!!」
平謝りする茂。
つんっとしているを見ると、茂は彼女の隣に移動し、涙をぬぐってやる。
そのまま、抱きしめた。
双子は、いきなりラヴラヴな空気になったので、少々焦ってしまう。
「‥‥次があったら、ちゃんと連絡してね。」
「ああ、そうする‥‥。」
頬に軽く口付けをし、抱きしめあう両親。
見つめあって、口唇を触れ合わせる。
―――甘。
は慌てて、の目を隠した。
〜、私も見たい〜。」
「お前はまだダメだ!!」
なんとも、可愛らしい光景である。
‥‥‥‥一緒の日に生まれたのに、ずるいと、は思った。

一件落着し、肩を抱いて身を寄せている両親に向かって、は素朴な疑問を口にした。
前々から、思っていた事。
「ねぇ、お母さんって、なんでお父さんと結婚したの?」
これまたいきなりだ。
も、うんうんと頷いた。
「そうだよね、スッゴイ散らかすし、お酒飲んでは絡むし、
お母さんと凄く年離れてるし、床で寝るし、女の人映ってるいかがわし気な物見て喜んでるし。」
実の父親に凄まじい言い様の娘だが、仕方ないともいえる。
何年経っても茂は茂。
あの素晴らしい散らかり具合は健在だし、だらしなさも、おちゃらけ具合も全く変わっていない。
‥‥それにしても、、いかがわし気な物をどこで発見した。
「あははは〜。」
は苦笑いをこぼした。
「どうして、かぁ‥‥、んー、色々あって難しいね。」
人に簡単に伝えられるような、そんな仲ではない二人だからして。
「じゃあじゃあ、プロポーズの言葉は?」
「ぶっ!!」
思わず吹き出してしまう親二人。
だが、子供たちの好奇の目にはかなわず、茂が白旗を上げた。
「あ〜わかったわかった!!‥‥俺がに言ったのは、だな。」
ワクワクしながら聞き入る子供二人。
少し考え、茂は答える。
「”俺の部屋を片付けてくれ”ってな。」
実にマジメな顔で言う茂。
はっきり言って、”毎日俺の味噌汁を作ってくれ”と大差ないプロポーズ。
‥‥‥‥しかも、掃除な時点でこっちの方が性質が悪い気がする。
は、信じられないといった表情で、を見た。
は、嘘だとばかりにむくれている。
「‥‥茂、嘘教えちゃダメでしょ。」
「ははははっ、子供たちよ、嘘だ、スマン。」
ぶーぶー言う双子。
「悪い悪い、本当は、”俺と一緒になってくれ”って言ったんだ。フツーだろ?」
「‥お父さんの事だから、もっと凄いセリフを用意してたかと思ったのに。」
が、少し残念そうに呟く。
きっと、”結婚してくれなかったら、新都市の海から身を投げる”とか
言ってくれると思っていたのに‥‥。
‥‥それは、脅しですか?
「でも、私は凄く嬉しかったよ。」
先程までの怒りはどこへやら、ニコニコ微笑む
双子は、母のその笑顔が大好きだ。
体型だってとても、二人も子供を生んだとは思えない。
なにしろ、まだ二十代半ば過ぎなのだから。
娘の目から見ても可愛いし、若いし。
男の一人や二人、簡単に寄ってきそうな感じ。
『‥‥実際、啓介兄ちゃんなんか、よく来るもんね‥‥。』
意味はないかもしれないが、とにかくよく来る。
ちなみに、弘樹は、この家に一緒にすんでいる。
結婚しておらず、仕事しながら子供の相手をしてくれたりしているので、ありがたい。
今は、仕事で1,2日程出張しているのだが。
「‥‥あとさ、もう1つ‥‥。」
「なに?」
「なんで、お父さんの事、叔父さんって呼ぶの?」
「‥‥‥‥癖、です。」
苦笑いする
そう、結婚した今でも、怒ったりすると、拍子に”叔父さん”と言ってしまう事がある。
気をつけるようにしているのだが、激高してしまうとスパーっと忘れてしまい‥‥。
子供からすると、旦那の事を叔父、と呼んでいるのだから、妙に感じてしまうのだろう。
叔父さんと呼んだらペナルティーと茂に言われているのに、
それでも呼んでしまって、手痛いお返しを食らう事数回程。
「いい加減なおせってのになぁ‥‥。」
「わかってます!」
でないと、夜が怖いんだ夜が。
「‥‥まぁ、お父さんもお母さんも、なんだかんだ言って、凄く仲いいモンね。」
友達にすら誇れる、自慢の両親。
雰囲気にあてられる位、仲がいい両親。
でも‥‥目の前でいきなりキスしだすのだけは勘弁して欲しいと、は思う。
に見せないようにするのも、一苦労なのだから。
「‥‥さて、ご飯作っちゃおうね。」
茂から離れ、夕食の支度に取り掛かる
とりあえず、放られている物達は、茂や子供たちに片付けさせて。



「‥‥、大丈夫か?」
「え?」
夕食を終え、食器の片付け済ませ、子供たちを寝かしつけて一階に下りてきた
の表情を見て、茂は心配になる。
ここの所、随分と疲労しているようで。
は決して専業主婦ではない。
主婦もして、仕事もしている。
茂と同じ、出版の仕事をしているのだが、の場合はほぼ在宅。
企画の調整や、アポ取りなどを家でやっているのである。
その上、子供の世話もしているのだから、疲労が見えても仕方ない。
「うん、平気平気。これぐらい何でもないから。」
「無理するな‥‥、フラついてるだろうが。」
肩を抱き、ソファに座らせてやり、自分も隣に座る。
は、微笑むと茂にしなだれかかった。
「ありがと‥。‥‥ねぇ、茂は‥‥私といて、幸せ?」
「シアワセに決まってるだろ。お前を嫁に出す立場でしかなかったんだ。
今こうやっていられる事自体、信じられない事なんだからな。」
「‥‥よかった。」
ちょっと、疲れで気弱になっている様子のをきつく抱きしめた。
昼間のケンカのパワフルさはどこへやら。
「なぁ、‥‥疲れてる所悪いんだが‥‥もう一仕事しないか?」
「‥‥‥‥‥‥ナニ。」
いきなり軽い口調で言い出した茂に、嫌な予感が身を包む。
体を離そうとするが、がっちりつかまれていて逃げられない。
、子供も大分大きくなってきた事だし‥‥もう一人ぐらい欲しいなぁ。」
「‥‥‥言いたい事はわかった‥‥。」
はぁ〜と、溜息をつく。
だが、今日はとてもそんな気分じゃない。
‥‥気分じゃないのに。
‥‥。」
耳元で甘く囁かれてしまうと、どうも‥‥抗えない。
自分の悪い傾向だと、は思う。
「‥‥疲れてるのに。」
「俺も疲れてる。」
「なら今日はやめとこーよぅ‥‥。」
「聞こえないな。」
がばっと押し倒した瞬間。
「お母さん‥‥のどかわいた‥‥。」
「‥‥‥‥。」


ナイスタイミング。
弘樹に仕込まれてるんじゃないだろうな‥‥。



に水をやり、寝かせる。
茂はを抱きかかえた。
「茂??」
「‥‥部屋行くぞ。」
「ちょ‥‥‥‥もう。」
キスをし、抱きかかえたまま有無を言わせず寝床へと連れて行く。
‥‥これは、どうも逃げられそうにないと思う
強引だが、イヤではなかったりするので仕方がない。


片山家は、今日もシアワセだ。





2002・4・16

ブラウザback