My uncle




 きっと茂はわかっていないだろう。
 “あの”部屋で書類を探す事がどれだけ大変か。

 電話で茂から『雑誌うむ』に使う書類を忘れてきたから持ってこいと言われ、仕方なくお使いをする事になった
 今、茂の会社の前にいた。

「あの〜、片山茂に会いたいんですが…。」
 受付の綺麗なお姉さんに編集部を教えてもらい、エレベーターに乗って上へ。
 …ついたはいいが、編集部はごったがえしていた。

「うっわぁ…スゴ……えーと、叔父さんは……。」
 キョロキョロ見ていると、突然耳慣れた声が。
 しかし、どうやら怒っているようで……。
 そぉっと覗いてみると、茂の姿が見えた。
 なにやら忙しそうで…っても、いる人間全員忙しそうだが。
「おい、こんな原稿じゃ本にならねぇだろうが!」
「はいっ、すいませんっ。」
「ちゃんとチェック入れろよ、誤字脱字なんかないようにな。」

 …なんというか、は驚いていた。
 茂がまるで別人に見える。
 家にいる時のグータラ具合が嘘のようで、信じられない。
 なんとなく忙しそうな茂に出辛くなってしまうが、かといって必要といっている書類を放置する事も出来ないし……。
 結局、は編集部に踏み込んだ。
「茂叔父さんっ!」
 ざわつく編集部内。雑音に負けないように声を大にして叫ぶ。
 そのため、一斉に視線が向いてきて、は少しビビッた。
「おー!待ってたぞ!」
「はい、コレ。」
「悪いなぁ。」
 書類を受け取り、確認する茂。
 どうやら、正解だったようで一安心の
「あの素晴らしく美しい部屋の中から探すの、大変だったんだからね。」
「まあ気にするな、そのうち弘樹が片付ける。」
 自分の部屋ぐらい少しは整頓して欲しいといいたくなったが、ここは会社。
 自重することにしたは、それじゃ、と帰ろうとする。
 しかし、茂はそんなの手をつかんでイスに座らせた。
 驚き、目をぱちぱちさせる彼女に、茂はにんまり微笑む。
「な、なに?」
「俺のデスク片付けてってくれ、昼飯ぐらいは食わせてやるから。」
 目の前には、ごちゃっとステキな荷物の山が。
 この前、家の片付けを弘樹に押し付けた罰だろうか、などと考えがよぎる。
 昼をおごってくれる、というのと、お前が片付けやんなきゃ五十嵐にやらせる、という、脅しといえば脅しな台詞に、は茂の仕事机と格闘し始めた。

「ねぇねぇ、ちょっといい?」
「はい?」
 あらかた片付け終わった頃、何人かの女子社員がに声をかけてきた。
 なんだかどの人も美人さんでちょっとビックリ。
「貴方、片山さんの娘?でも彼、結婚してないわよね?」
「あー…私、居候というか…面倒見てもらってるんです。」
 の言葉にキャーとか、えーとか、反応は様々。
 どうやら五十嵐さんが言っていた、“茂が会社でもてる”というのは本当らしいと1人で納得。
 確かに、会社での茂の姿は仕事人でかっこいいと思う。
 けれど、外は外、内は内。
 茂の実際の姿を知らないで、もてはやすのもどうかなと考えてしまう。
 …普通は知りようがないことだけど。
「彼女がいるのか知ってる?」
「家ではどういう風?」
 とにかく、質問集中攻撃にげんなりしているの元へ、茂が戻って来た。
「おっ、なにやってるんだ皆で。…ちゃんと片付けたな、偉いぞ〜。」
「仕事場の机まで掃除させないでよね。」
「ははは、悪いなぁ。」
 ぶーたれつつ言うだが、茂の助けになれたこと自体は嬉しい。
 いつも迷惑ばかりかけているから。
「お前ら、うちの娘に意地悪するなよ?」
「しないですよぉ〜。」
 ある種、質問攻めというのは虐めではなかろうか、とは思っていても、口にはしない。
 茂によって散らされた女性職員は、物足りなさ気な目を向けつつ、自分の持ち場に戻っていった。

「さーて、メシだメシ。」
「食堂?」
「そうだ。」
 茂に連れて行かれたのは、会社の食堂。
 さすがに昼時でにぎわっている。
 茂とは空いている席に座った。
「なに食う?」
「うーん…B定食。」
「んじゃ、俺はA定食。買って来るから、大人しく待ってろ。いたずらするなよ?」
「しないよっ!」

 定食は本当にごく普通の定食だった。
 学食のデラックス弁当の方が見た目にも凄いんだなぁ…なんて考えつつ、食事を始める。
 味はまずまず。レンジディナーよりはるかにマトモ。
「…ねぇ、叔父さんって本当にもてるんだね〜、私ビックリした。」
「俺はダンディーで素敵だからな。これでお前も少しは俺の魅力に気づいたろう、はっはっはっ!」
 なに馬鹿言ってるの、とご飯を一口。
 こうやって二人でいると、完全にいつもの叔父なのだが…女性社員が来ると、少しだけピシッとする。
 なんとなく複雑な
 やっぱり叔父が女の人とべたべたするのは余り見たくない。
 なんでだかは知らないけれど。
「お前ももう少しイイ女になりゃなぁ〜、野郎の1人や2人出来るんだろうけどなぁ。」
「なによ突然…、わっ、私だってあと4年もすれば20なんだからねっ! 叔父さんが惚れるぐらい綺麗になるんだからっ。」
 ご馳走様をして、食堂の外で缶ジュースを飲む。
 編集部まで戻ってくると、編集部内から慌しい動きが伺える。
 雑誌の編集部にゆっくりできる時間はないのかも、と考えがよぎった。
「お前が20歳っつったら、俺は40越えてるな…ううっ、一人身が寒いっ!」
 大げさなアクションをする叔父に笑いかける
 茂が結婚するなんて考えたくもない。
「余りにも結婚できなかったら、私がなってあげるよ。……しょーがないから。」
 ちょっと赤くなりつつ言うに、茂は一瞬間をおいてニヤッと笑った。
 そして、の頭をぐりぐり撫でる。
「お前みたいなガキに言われるようになったら、終いだな。」
「なっ……腹立つなぁ!」
 ぶーっと膨れるの片頬をつかんでひっぱって放す茂。
「痛いなぁ、もおっ!」
「ま、考えといてやる。さーて、愛しの叔父さんは仕事に戻るから、お前も家に戻れ。」
「いっ、愛しのって…」
 さらにかぁーっと赤くなる
 もうバレバレの態度で茂は笑いをこらえるのに必死。
 今まで殆ど見たことがない、自分の養っている娘の女の部分を垣間見て、成長してるんだなぁ、なんて考えがめぐる。
 にやけまくっている茂に気恥ずかしくなって、叔父の腹を殴った。
「う……い、痛いぞ、。」
「ふんっ、帰る!」

 小走りで何歩か出て、くるっと茂のほうを振り向くと、ちょっとスネた顔のままで声をかける。
「お仕事、頑張ってね。」
「…あ、ああ。」
 ばいばいをして走り去るを見送り、デスクへ戻る。

 娘ってのは急に成長するもんだな、と思いながら。





2001/6/25

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