嵐の少年 「あーあ…疲れたぁ…。」 うーんと伸びをし、は窓の外に視線を送る。 見事に快晴。 やることを全部投げ出して、旅行にでも行きたくなる。 年月の経つのは速いもの。 ブルージェネシスの事件から早6年。 何度か引越しをし、結局ブルージェネシス跡地のすぐ傍に作られた新都市に腰を落ち着けた、茂、弘樹、は、たまにナイトメアと戦いながらも(茂は覚醒していないので戦えないけど)普通の生活を送っていた。 大学生になった弘樹とは、それなりに忙しい日々を過ごしている。 新都市には、ブルージェネシスの覚醒仲間がほぼ集まっていた。 弘樹は昔と変わらず、あちらこちらに顔を出しながら、絵の勉強をしている。 雑誌のイラストやらデザインやらで仕事として成り立っているのだから凄い。 一方のは、同じく大学に通いながら、茂の編集部で働いていた。 叔父や啓介の手伝いをして、一応の収入を得ている。 「ちゃん、お疲れかい?」 ぽんっと肩に手を置かれ、振り向くと五十嵐啓介がいた。 荷物を置きに来たようである。 「五十嵐さん……疲れてますよぉ…だって、叔父さん書類溜め込んでから渡すんですもん…。」 茂が、がやるはずの仕事をせきとめていたせいで、一気に片付けなければならない仕事が増えてしまっていた。 啓介は苦笑いすると、“シゲさんらしいな…”とこぼした。 さすが、長年の付き合いをしているだけあって、叔父の性格を熟知しているようだ。 「今日はもう大学行かないのかい?」 「いえ、これからまた行きます。弘樹に頼まれているものがあって…。」 車で送ろうか、という啓介の申し出をやんわり断る。 流石に啓介をタクシー代わりにして、仕事に差し支えでもあったら困る。 「じゃ、気をつけてな。また明日。」 「はい、お疲れ様です。」 弘樹に頼まれていた物を渡した後、自宅へ帰ろうと歩いていくと…… 校門の前に人だかり…という程でもないが、女子生徒数人がたむろっていた。 少し気になりはしたものの、夕食の用意も差し迫っている事だし、と、その横を素通りしようとした…。 ――のだが。 「。」 …そのたむろしている輪の中から声をかけられ、の足がぴたりと止まった。 聞き覚えのない声、と声をした方を向くと…やはり見知らぬ男子。 格好からすると高校生だろうが……あいにくに高校生の友人はいない。 だが、その男子はの名を呼んだ。 向こうには覚えがあるらしい。 「やぁっと見つけた…。」 よっと壁に寄りかかるのを止めて、に近づく。 周りにいる女生徒は、少しつまらなそうにその男子に別れを告げると帰っていく。 「…あの、どちら様ですか?」 の方には覚えがないので、少々丁寧口調。 「……ひっでぇなぁ〜、俺はずっと捜してたのに、は俺の事忘れてんのかよ。」 と言われても、と、言葉を詰まらせてしまう。 は目の前の人物をしげしげと眺めた。 ………やっぱり見覚えがない。 「ごめん、全く覚えがないんだけど…。」 「記憶力たりねーなぁ…んじゃ、コレで判るか?」 カバンからごそごそと取り出したのはゴーグル。 頭につけて、“どうだ?”と聞いてくる。 「……………。」 の頭に、ポンッと1人の男の子の名前が浮かんだ。 ――が……、いまいち確証が持てない。 恐る恐る聞いてみる。 「…か、覚醒してたりするよね。」 「当たり前だ、俺様を誰だと思ってる。」 「ブルージェネシスにいたりしたよね。」 「答えるまでもねぇな。」 「ひ……弘樹と勝負してたりしたよね。」 「……いい加減、素直に俺の名前言えよな。」 この口調、この態度……は思い出した。 かつて、一緒に戦った仲間を。 6年間、ほぼ音信不通だった人物……。 「ほ、保坂良太?」 「ぴんぽーん、正解!」 ゴーグルを外してにんまり笑う。 は思わず“えーーーーーっ!”と叫んだ。 6年間も経てば、人間変わるもんだなと実感してしまう。 ブルージェネシスにいた良太とはえらい差で、似ても似つかない。 「久しぶりだな、姉ちゃんv」 「うわー…ホント久々…あんた変わりすぎだよ…。」 「6年も経ってるんだぜ?デカくだってなる。」 そりゃそうだ、と、改めて納得。 いつ越してきたのか問うと、1週間程前だそうで…。 立ち話もなんだろうということで、近場のファーストフード店に入る。 適当に飲み物を注文して、席に座った。 店内はごった返す、という程でもないが、まあそこそこ混んでいる。 レンジディナーとファーストフードは、暇のない大学生や社会人にうってつけらしい。 「やっと見つけたって言ったけど…捜してたの?」 「捜してたって言ったろ?越してきてすぐ、あっちこっち捜し回った。 この都市にいるのは判ってたからよ。」 なんで新都市にいるのが判ったかというと、優美ちゃんのメールからだそうで。 昔、良太の心の恋人だった優美ちゃんとは、定期的にメールでやり取りしていたらしい。 新都市に来てすぐ、優美ちゃんとは会っていたから、知っていてもおかしくない。 「ふぅーん…素朴な疑問なんだけど…なんで私を捜してたワケ?」 確かに会えたのは嬉しいが、なんで自分が一番初めのターゲットなのかが疑問な。 もしかしたら、すでに他の人と接触しているのかもしれないけど。 良太の顔を見ると、ジト目でを睨んでいる。 「……別れる時、言ったよな。」 「…なにを?」 何かを勝手に約束されたような記憶はあるものの……今ひとつ鮮明でない。 その対応に良太は更にムッとした。 「全然覚えてないのかよ…。」 「えー…ちょっと待って。」 は良太との別れの時を思い出していた。 仲間が皆集まってくれる中で、良太は少し遅れて来て……弘樹に喧嘩売った後、と話をした。 「良太、今度会う時は、私にゲームで勝てるようになってなさいよ〜。」 笑いながら、ぐりぐり頭を撫でるに、負けじと強気な発言を返す良太。 「そっちこそ!」 「別れ間際だってのに元気だねー。」 少しはしんみりしたら?と苦笑いしながら、弘樹に呼ばれて搭乗口へと向かう。 搭乗口近くまで来て、良太がの服のすそをぎゅっとつかんで叫んだ。 「俺、でかくなったらを迎えに行くからな!」 「あはは、待ってるよ。」 …以上が、の覚えている全ての記憶なのだが… 良太の記憶には、もう少しだけ続きがある。 「早く大きくなんなよ。でも、待っててはあげないからね。」 「誰がと一緒にいようが関係ない!奪い取るからな、覚悟しろ!」 ……と、結構な発言をしていたのだが、はその部分を真っ白に飛ばしていた。 どちらにしても、の中では 迎えに行く→会いに来る という認識だったので、良太のそれとはかなりかけ離れている。 「うん、確かに言ってた。会いに来るって意味だよね、そか…だから私に会いに来たんだ。」 「……。」 なんだか妙な理解の仕方をしている。 余りにあっけらかんと言うものだから、良太は思わず突っ伏した。 「り、良太!?」 「………。」 良太は心の中で泣いていた…まあ、確かに10歳当時、美海や優美に心の恋人とか言って、かなりお子様くさかった。 というより、お子様だったのだが。 今、自分が16歳だからわかる事実。 あの時、こっちが本気で告白しても、相手にその本気加減は伝わっていなかったろうということ。 それが、今の良太にはよくわかっていた。 「…んじゃ、今、改めて言う。」 「うん?」 の目をしっかりとらえ、酷く激しい鼓動を感じながらも、良太は頭の中で言葉を整理する。 6年間分、溜め込んできた自分の気持ちを、相手にわかってもらえるように。 「……ガキの頃から…が好きだった。…けっ…結婚してくれ!」 「……っけほっ…げほぉっ!」 思わずむせる。 無理もない。 6年前に別れた仲間に、いきなり結婚しろと言われて動揺しない人間はいないだろう。 その上、相手は良太。 にとって弟のような存在。 「け…結婚ってあんた……」 「安心しろ、大事にしてやるから。」 顔を近づけ、意地悪っぽい表情を向ける。 は聖にフリーズでもくらったかのように固まった。 「だっ……誰も了解してない……」 「大丈夫だ、リョーカイさせてやるから。」 にんまり笑う良太に、はがっくりと肩の力を落とす。 …の苦難が始まった。 2001/7/10 ブラウザback |