弘樹と師走 師走、と世間が言う。 まさには走っていた。 その横を弘樹も走る。2人とも大荷物を持って。 大晦日前日、既に大掃除が終わっていても不思議ではない家々がある中、片山家も同じように正月を待ち望んでいるだけかと言えば、そうではなかった。 も弘樹も、ブルージェネシスでのメンバーから年越ししようと誘われているのを蹴り、今年は家で活動する事を決定していた。 勿論年越しもするし、夜の参拝にも行くつもりだ。 だからこそ急いでいた。 家の扉を空け、が中に入り、その後を弘樹が追う。 問題の部屋の前に立つと、大きく息を吐いて――戸を開けた。 途端に香ってくる埃の匂い。 「うっ……!!」 呻く弘樹を無視し、は口元を押さえたまま中へ入る。 中には惨劇の後が。 「今年は特に酷いわね」 「仕事で直前まで使ってたからね……」 げんなりと部屋を見回す。 誇り――ではなくて埃にまみれた部屋。 歩けば、靴下に間違いなくその痕跡が残るであろう。 カップラーメンを零したのか、妙な染みが残っている箇所があるかと思えば、コーヒーを零してシャツで拭いたらしい、染み付きシャツが放り出してあったり。 本棚は本棚としての用途をなしているのかいないのか、無差別に突っ込まれている本やら書類が。 ベッドの上には脱ぎっぱなしの洋服、読みかけの本、必要なのかそうでないのか分からない書類の山。 何を考えているのか、レンジディナーを箱ごと置いてあったり。 何処で寝ているのかと不思議に思える空間は、相変わらず健在だ。 言わずもがな、ここは片山茂の部屋である。 弘樹やの部屋はともかく、この部屋を野放しに年越しをする気にはなれなかった。 とりあえず、今年は特に。 「しかし、ここまで汚せるのはある意味才能だよなぁ」 しみじみ言いながら、本棚を整理し始める弘樹。 蜘蛛の巣を振り払いながらやる作業は、なかなかに大変そうだ。 は大きくため息をつこうと空気を吸い込んで――むせた。 「ごほっ……けほっ! ……はぁ。才能はともかく、私らを巻き込むのは止めて欲しい」 ベッドの脇にある小さなテーブルを覆い隠すどころか、むしろ山が完全に崩れている書類たちをいちいち見ながら整理しつつ言う。 「ナニコレ。請求書? しかも会社宛じゃん。自宅に持って帰ってきてどうするんだか」 山を崩して、きちんと整理していると弘樹の驚きの声が。 「うわっ、叔父さん何こんな」 「どしたの?」 自分の方が一区切りしたは、弘樹の側に近づく。 彼は微妙な顔で手に持ったものを隠した。 「い、いや……何でも」 「何よぅ。気になるじゃない。いいから見せてよー」 渋々と渡されたその雑誌の表紙を見て、彼が何故渡したがらなかったかを知る。 ちょっと顔を引きつらせ、ため息をついた。 「この程度じゃもう驚かないよ……叔父さんの部屋、何度掃除したと思ってんの」 「だ、だよな」 ぽいっと投げるようにしていらない物へと分別する。 雑誌はアダルト本であった。 「うー、床がなんかヌルヌルするー」 ぶつぶつ言いつつ床拭きをする。 それに倣う弘樹。 叔父の部屋の中が綺麗に片付くまでに要した時間、7時間。 よくもまあこれだけ汚したものだと褒め称えたくなるが、嫌味で褒めても喜びそうなので止めておく。 気付けば夕食の時間をとうに過ぎ、そろそろ御参りに行かなくてはいけない時間に差し掛かっている。 「……年越しソバ作らなくちゃ」 「床掃除も終わったし、ソバ作ろう。叔父さんが帰ってきて何もできてなかったら、レンジディナーで年越ししそうだろ?」 「そうだね」 微苦笑しつつ掃除用具を持って部屋を出る。 「弘樹、先お風呂入っちゃいなよ」 「そうする。も後で入るだろ?」 「うん」 どこぞの夫婦のような会話をして、それぞれ散る。 はキッチンでソバ作り、弘樹は入浴。 その後ソバを食し、が風呂に入って後、2人で元旦祈願。 と弘樹。 恋人同士の2人の今年最後の共同作業は、叔父の部屋の掃除であった。 「弘樹、何をお願いした? 私は叔父さんが部屋をきれいにするようにって――」 「言うと願いが叶わないっていうだろ……」 「うっ! 今年も叔父さんは部屋をジャングル化するの決定……?」 「願っても叶わなさそうだけどね」 でも、と弘樹の本当のお願いは。 『いつまでも一緒にいられますように』 |
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