glasses




「ねえ守、今度の土日ひま?」
いわゆる放課後デートをしている時、が思いついたように訊ねる。
「土日?……ひまってわけじゃないけど、大丈夫だよ。それがどうかした?」
日々研究に精を出している守にひまな時間などありはしない。
が、ここ数日は大きな実験がないせいか珍しく余裕のある毎日を送っていた。
「本当?じゃあ海に行こうよ!皆も誘って!」
「海………?」
嬉しそうに提案するに困ったような顔を向ける。
「守……海、嫌なの?」
あまり乗り気じゃないのに気が付いたのか、シュンとした顔で隣にいる恋人を見上げる。
その目は今にも泣き出しそうな程潤んでいて、守を慌てさせるには充分すぎる効果があった。
首を振り、優しくの髪をなでて涙を止めようと試みる。
少し落ち着いたのか、浮き出ていた涙が消えたのを確認してから守は口を開いた。
「……嫌とかそういうのじゃないんだ。ただね、僕目が悪いから、眼鏡を外すと何も見えないんだ。
海に行くとどうしても外すことになるだろう?……せっかく行っても、の姿が見られないなんて嫌だから…」
守の事情に頷いていたは最後の言葉にはた、と動きを止める。
何かすごいことを言われた気がするが……が、聞き流しておいた方がいいのだろうか、これは。
悩んだ末、顔をわずかに赤くしながら流すことに決めた。
どうしても海に行きたい……行って泳ぎたい。
この欲求を押さえることはできないし、行くんなら守と一緒がいい。
その時、の脳裏に閃くものがあった。
ポン、と手を叩くと満面の笑顔で守の手をとる。
「コンタクト、作りに行こうよ!」
「ええ………!?」
のナイス提案は、いつも冷静沈着な守を驚かせることに成功した。
今すぐにでも店に行きそうなを引きとめ、守は悩んだ。
いや、自分のことを思って一生懸命考えてくれたのだろうから、その心遣いは非常に嬉しいのだが、しかし……。
そんなことを唐突に言われても困る、というのが正直な心情だった。
コンタクトに変えるというのは前々から考えてはいたが、どうしても目に異物をいれるのだと思うと躊躇してしまう。
やはり辞退しようとしたが、の今にも泣き出しそうな瞳に声を詰まらせる。

結局、愛しい恋人の頼みを断ることができず、コンタクトを作って海に行くことを約束した。
泣き顔を作るのが上手いのは特技なのかそうでないのか……。
すぐさままぶしい程の笑顔を返してきたに、守は心底悩んだという。


―当日―
片山家に集合した一同は、啓介の運転する車で海へと向かう。
が、はふてくされたように窓の外を見ていた。
首を真横に向けて一心に風景を見つめている。
理由はいたって簡単、守が約束したのに眼鏡で来たからだ。
密かに、素顔を見れる!と喜んでいただけに不機嫌さは計り知れないものがある。
そう、はつきあって結構経つ恋人の、眼鏡を外した素顔を見たことがなかった……。
「お、大塚君……」
の険悪な雰囲気に耐えかね、弘樹が守に助けを求める。
しかし、当人がの怒りの原因を全くと言っていいほどわかっていなかったため、
困ったような瞳を逆に向けられてしまう。
周囲をため息の渦が満たす。
あの健吾ですらの苛立ちの理由に勘付いているというのに、それはないだろう。
弘樹はほほをかきながらそっと守に何かを耳打ちする。
その囁きに守ははっ、と気付き慌てて持っていた鞄を開け中を漁りだす。
目当ての物を探し当てると、守はそっとの肩を叩いた。
「……何」
これ以上ないくらい不機嫌な声に、守は内心汗をかきながらにある物を見せる。
初め、それが何だかわからなかったのか眉を寄せて見つめていたが、すぐに思い至りパッと輝くような顔を守に向ける。
苦笑しながらの髪をなでると、その耳元に顔を近づけた。
「僕がとの約束を忘れるわけないだろう?着替える時につけようと思っていたんだ。……ごめんね」
首を傾げすまなそうに謝る守には首を振り、笑顔を返した。
甘えるようにもたれかかると、そっと見上げ囁く。
「楽しみはとっとかなくちゃね」
「あはは、そうそう」
守はさりげなくの肩を抱き寄せながら笑う。
そのやりとりを横目で見ていた弘樹、啓介、健吾の3人はため息をつきながらも暖かくこのカップルを見守るのだった。


「さ、着いたよ。皆車に荷物を忘れてっちゃダメだぞ」
保護者役の啓介の言葉に「はーい!」と元気よく返事をし、いっせいに更衣室へと走っていく。
その光景を微笑みながら見送ると、啓介は車からパラソルとシートを降ろし砂浜に組み立て始めた。
トップで更衣室から出てきたのは、ビキニにパレオを身につけただった。
嫌がる弘樹を無理やり連れまわし、選んだ水着である。
辺りを見回し、まだ誰も出てきていないのを確認すると残念そうに砂を蹴り上げた。
その視線の先に、一人で作業している啓介の姿が映り、慌てて駆け寄る。
「手伝います!」
「え?……ああ、ちゃん、着替え終わったのか…お、その水着可愛いね。後で一枚撮らせてよ」
「え〜、写真は嫌ですよう!」
褒めてもらえて嬉しいのか、さほど嫌そうでもないに啓介は笑顔を返す。
手伝おうと手を出してくるを制し、首を振る。
「女の子にこんなことさせられないからね、俺一人で大丈夫だよ」
煙草を咥えながら笑う啓介に食い下がるが、結局自分ができることはなさそうなので大人しく横に座っていることにした。
諦めてくれた様子に啓介は気付かれないようにホッと息を吐く。
手伝ってもらうのはいいが、万一怪我でもさせたら自分は弘樹と守に殺されかねない。
やれやれ、と肩をすくめた啓介の横に着替え終えた健吾が現れた。
「変わります」
「いや、もうあと少しだから大丈夫だよ。それより……ちゃんの相手してやってくれるかい?寂しそうだから」
小声で頼まれ、健吾は視線を動かして姿を探した。
は浜辺に座り込んで、砂を手にとっては零す、という動作を繰り返していた。
なるほど、あれは寂しそうだ。
健吾は啓介に向かって頷いてみせると、そちらに移動していく。
「………速水さん…」
隣にしゃがみこんできた健吾を一瞬見るが、また視線を砂の上へと戻す。
その様に微笑み、いつも守がしているように髪をなでてやる。
「もう少し待っててやってくれ。コンタクトをするのに手間取っているんだ、あいつ」
「…そうなんですか?」
「ああ、多分お前を待たせちゃまずいと思っているんだろう。焦って逆に失敗ばかりしていた」
健吾の言葉にその光景が容易に想像できるようで、思わずは吹き出した。
つられるように健吾も微笑み、和やかなムードが流れる。
そこに、用意を終えた啓介が声をかけた。
「じゃあ、俺も着替えてくるから。2人ともなるべく日影に入ってて」
「はーい、行ってらっしゃい!」
にこにこと笑うに手を振り、啓介は更衣室へと急いだ。


しばらく健吾と談笑していたの目に、3人の姿が映る。
立ち上がって手を振ると、弘樹が笑いながら振り返してきた。
健吾も、先程待っている間ににせがまれて膨らましたビーチボールを持って立ちあがる。
手の上で弾ませながらさりげなくから離れ、海に向かって歩き出した。
それとなく弘樹と啓介にも合図を送る。
目がまだコンタクトに慣れていないのか、俯いてまぶたを交互に押さえながら歩いている守はそれに気付かない。
健吾に背を向けているも同様だ。
少しずつ弘樹と啓介が移動し始める。
が、守の様子を気にしているはそっちには目もくれない。
近づく守を心配そうに見つめている。
「守……」
思わず呼びかけたに、守はゆっくりと顔を上げ照れくさそうに微笑んだ。
「……変じゃ、ない…かな」
初めて、は守の素顔を見つめる。
眼鏡があるかないかで、ここまで変わるものなのだろうか……?
は想像以上に綺麗な顔に見惚れ、呆けたように凝視し続けた。
あまりにまっすぐ浴びせられる視線に、守は居心地悪そうに苦笑する。
そこでは自分がずっと守を見つめていたことに気付き、慌てて視線を外して俯いた。
おそらく真っ赤になっているであろうほほを両手で押さえる。
……?どうしたの?」
急に俯いてしまったを見つめ。困ったように髪をなでる。
その腕に触れ、は火照った顔を上げ守を睨みつけた。
「ズルい……」
「……え…?ズル、い…?」
の呟きの意味がわからず、首を傾げる。
その見慣れている仕草すらいつもとは違って見え、は触れている腕をぎゅっと掴んだ。
「守ズルい……!」
「えっと……僕の何がズルいのか教えてくれる…?わからないよ、…」
理解できず、眉をひそめる守のほほにあいている手で触れる。
「私たち、つきあって結構経つよね……」
「え?……うん」
それとこれとどう関係あるのかわからなかったが、怒らせると恐いので大人しく頷いた。
「その間……ずっとこんなかっこいい素顔隠してたなんて、ズルい…!」
「……っえ…ち、ちょっと待ってよ…!」
一瞬何を言われているのかわからなかったが、すぐに意味を悟った守は逆に顔を赤くさせる。
「私……今また守に恋しちゃったじゃない………2回も恋するように仕組むなんてズルい…!」
真っ赤な顔で守をなじり、プイッとあらぬ方を向いてしまう。
の嬉しすぎる告白に守は耳まで赤くしていたため、かえって今のの行動はありがたいものだった。
必死に落ち着こうと深呼吸を繰り返し、言われたことを頭の中で反芻する。
やはり嬉しくてまた顔が赤くなりそうになるのを押さえて、守は優しく微笑んでのほほにキスをした。
「守………」
「じゃあ、僕はどうすればいい?……」
「?何を……?」
戸惑うを見つめ、反対側のほほにもキスを送る。
の違う表情をみつける度に、好きになる。いつだって毎日君を想ってる。……毎日君に恋をする…。
上限がわからない、膨らむ一方のこの想いを、日々募る心を、僕は一体どうすればいい?」
囁くような告白に、の顔がさらに赤くなる。
そんな恋人を愛おしそうに見つめ、そっと抱きしめる。
は自分が深く深く愛されていることを再確認し、嬉しそうに守の裸の胸にほほを寄せしがみついた。
「ねえ、守……」
「うん、何?」
「ずっと、私に恋しててね。絶対に離さないで……そばにいて…?」
すりよりながら囁くに愛しさが募り、守はそっと額にキスをする。
こんな可愛くお願いされては、断れるはずがない。
最も、断わる気はさらさらないが。
どちらからともなく見つめあい、目を閉じ初めてのキスをした…。
「いつだって、僕は君に夢中だよ……何も心配はいらない、。……ずっと、ここにいるから…」
ぎゅっと抱きしめてくれる守にしがみつき、生きてる証の鼓動に耳を傾けた。
その時、先に海に出ていた3人の声が微かに届く。
どうやら呼ぶタイミングを計っていたようだ。
守がそっと腕を緩め抱擁を解く。
それでもは離れがたくて、一度自分からぎゅっと抱きついてやっと身を離した。
「行こうか、
微笑みながら差し伸べられた手を握り、頷く。
幸せそうに見つめあい、2人同時に走り出した。
大切な仲間の元へ――。







葵「終わった〜!最短記録!!さすが守……やっぱ愛の力よね…」
守「いつもこのくらいの執筆スピードだといいのにね」
葵「笑顔で毒吐かないで下さい(泣)」
守「しかも僕の話にしてはなんか出番少なくない?健吾のとこなんかカットしちゃった方がいいよ」
葵「うわっ、きついっすね大塚君!」
守「だって、が健吾と和んでるとこ見るとなんかムカつく…」
葵「笑顔で関節鳴らさないで下さい、恐いよう!!」
守「後で健吾はしめておこう…うん」
「守恐い……」
守「そんなことないよ!誤解だ……こんなに僕は君を想っているのに…」
「守……私も、守のことだけ想ってるよ…」
葵「あつっ…なんかここ熱いわ…!2人の世界に入っちゃってるし……。
  なので私1人で寂しいから終わらせます、はい。それでは皆様、これにて失礼致します♪(ぺこり)」

水音「………甘ーーーーーー!!(卒倒)」

2001/8/16

ブラウザback