お姫様のあま〜い罰 今日は女の子の聖なるイベント、バレンタイン・デー。 普段は胸に秘めている想いを、チョコレートという武器で開放してもいい日。 いつもは冴えない男性陣も今日だけは浮き足立ってそわそわしている。 恋人がいる者に関してはそれ以上だ。 そんな中、可愛い高校生の恋人がいる五十嵐 啓介だけは一人、陰鬱な表情を浮かべていた。 大学時代の友人たちが声をかけられない程深く沈みこんでいるのである。 この男の場合、原因はわかりやすい程一つしかない。 恋人である片山とのケンカ、だ。 もう一週間も口をきいていなかった。 「はあ………」 自分が悪いと反省している啓介はなんとか謝罪しようと思っていたのだが、 はその機会すら与えてくれなかった。 こんなに長い間言葉を交わさなかったのは初めてだ。 啓介は今、あらためての存在がどれだけ大切なものだったかを痛感していた。 「……せめて、謝らせてくれないかなあ…」 ボンヤリと大学入り口の階段に座り込んで虚しく煙草をふかす。 落ち込んでいる時の一服ほどまずいものはないな、と苦笑を浮かべた。 灰を落とそうと煙草に指をかけた時、ふと聞こえた足音に気だるそうに振り返る。 背後に立っていた人物を目にした瞬間、啓介の態度は一転した。 素早く立ち上がると乱雑にまだ吸いかけの煙草を足で踏み消した。 「……」 あらわれたのは、己の恋人だった。 この一週間、自分のことを避け続けた人物だった。 啓介は不思議そうにを見つめる。 こうして会いに来てくれた、ということは自分の都合のいい方に考えても構わないのだろうか……? 何も言うことができず、ただ立っているだけの啓介には面白くなさそうな顔を前面に押し出す。 「わざわざ会いに来てあげたってのに、何も言わないの?何も言うことないんだ」 怒りをあらわに、あっそ、と踵を返すをハッと慌てて追いかける。 前に回りこんで歩みを止めさせた。 「ちょっと待って……」 「なあに?何も話ないんでしょ」 意地悪く片眉を吊り上げるを、その広い胸に抱き寄せる。 おそるおそる力を込めるが、特にそういった行為に抵抗はなかったため大胆に引き寄せた。 「ごめん……悪かった」 「本当にそう思ってるの?」 「本気で悪いと思ってる。……ごめん…もう許してくれよ。十分罰は受けたぜ…?」 自分の都合のいい方に解釈してはいけなかったんだ、と情けない声を出す啓介にはふくれっ面を見せる。 「十分……?どの面下げてそんなこと言ってるの?まだに決まってるでしょ!」 「……じゃあなんで来てくれたんだ?許してくれたんじゃないの?」 今にも泣き出しそうな気弱な声に、は意味深な笑みを浮かべる。 その微笑みは恋人を心底怯えさせるのに絶大な効果があった。 「………?その……ほ、本当に悪かった。本当に……あ、謝るから、ごめん!」 「…………」 沈黙が続く。 啓介はいたたまれなくなり、とうとう屈した。 再度を腕の中に抱きしめ、髪を梳く。 「誤魔化されないから」 「わかってるよ。……なんでも言うこと聞くから…許してくれよ……」 ほとんど泣きそうな啓介には満足そうな笑みを見せる。 するり、とその腕から逃れると一際艶やかに魅力たっぷりに微笑んだ。 「じゃあ、今日うちに来てね。準備があるから私は先に帰るけど……。 ねえ、啓介さん。わかってるよね?来なかったら別れるから」 「……行ったら、許してくれるのか?」 「私の言うこと聞いてくれたらね」 「わかりました、お姫様……」 面白そうに笑うを見つめながら、啓介は特大級のため息を零した。 なんでこんなことになったんだろう……。 啓介はケンカの原因となった一週間前を思い出し、また深々とため息をつくのだった。 己の浅はかな行動を呪いながら――。 ――時さかのぼり、一週間前。 この頃はまだ、啓介とは周りがうんざりする程ラブラブなカップルだった。 バカップル、という言葉はこいつらのためにある!と周囲が本気で思った程だ。 この日もいつもと同じように可愛い恋人とお昼を食べるため、うきうきとした足取りで歩く啓介がいた。 今日のお弁当は何かな〜、かな〜、と本気で考えるあたり腐敗っぷりが伺える。 「あら、啓介じゃない。鼻の下のばしてどこ行くわけ?」 唐突に呼び止めたのは、啓介の元恋人である沙夜香だ。 彼女はと付き合いだしてからの啓介の変化に、少なからず面白くない感情を抱いていた。 それもこれも、自分と付き合っていた頃には絶対見せなかった顔を日々さらしているせいだった。 「鼻の下なんかのびてないだろう」 「……自覚ないわけ?あんたは……」 呆れながらかつての恋人に歩み寄り、さりげなく腕を絡める。 この男が自分のものだったのはもう昔のこと……。 しかし教え子にとられた、という事実はプライドの高い沙夜香を打ちのめすには十分な役割を果たしていた。 どこか淋しげな、やるせない表情を浮かべる沙夜香の様子に啓介は居住まいを正した。 「……沙夜香?どうした?」 「あなたは幸せそうでいいわね、啓介……。それに比べて私は未だに独り身だし。 なんか、日々虚しいな〜、と思って」 「沙夜香……」 「なーんてね、ごめんごめん。啓介、優しすぎるのも大概にしなさいよ。 昔の恋人にまで手を出してる暇、あんたにないでしょ」 どん、と胸を叩かれて苦笑を浮かべる。 だが、沙夜香を嫌いになって別れたわけじゃないだけに放ってもおけなかった。 彼女の兄をこの手にかけてしまった事実の負い目も……口には出さないだけで啓介の心の奥底に根付いていた。 心配そうな啓介の瞳に、沙夜香は気丈にも胸を張って笑みを浮かべる。 「同情なんかしないでよ、啓介。私は大丈夫だから」 「お前が強いのなんか誰よりも俺が知ってるよ」 柔らかく微笑む啓介を眩しそうに見つめる。 一度胸にもたれかかってからそっと絡めていた腕を離した。 これ以上甘えることは、自分のプライドが許さなかったのだろう。 「ありがとう」 「俺でよければ、いつでも相談乗るよ。愚痴ってくれてもいいし……。 なんなら、今度食事でもどうだ?いい店知ってるんだ」 「何?それってもしかしてデートのお誘い?」 「……に近いのかな」 いつもの沙夜香に戻ったことに安心したのか、楽しそうに笑い出す啓介。 それにつられるように沙夜香もくすくす笑い出した。 微笑みあう二人を目の当たりにしたは、己の心が冷めていくのを感じた。 言いようのない怒りが全身を満たす。 我知らず、は二人に向かって足を進めていた。 「期待しちゃうから冗談はその辺にしときなさいな、啓介」 「食事くらい構わないだろう?昔の思い出話なんかもしたいし…」 「ふ〜〜〜ん……」 ――瞬間的に、その場の空気は凍りついた。 の一言には、それだけの力があったのである。 慌てて振り返る啓介を冷めた瞳で見つめる。 少女の周りには、まるで聖のようなブリザードが吹き荒れているようだった。 「……」 「いつまで待っても中庭に来ないから迎えに来てあげたってのに……そういうこと」 「あ、いや……あの…」 冷汗ダラダラの啓介を見かねて、沙夜香が一歩踏み出す。 「ちゃん、あのね……」 「沙夜香先生は黙ってて下さい。お願いですから」 にっこりと微笑まれ、これなら怒鳴られた方がましだ、と二人は同時に思った。 それだけの笑顔は恐怖そのものだった。 「……これは、だな……その…」 「……啓介さん…」 「――はい」 「バーーーカ」 の心底からの言葉に啓介はがっくりとうなだれた。 謝罪する暇も与えず、くるりと元来た道を引き返し始める。 慌てて後を追った啓介だったが、掴もうとのばした腕は激しく拒絶されついでにほほに強烈な一撃を浴びせられる。 「サイッテー男!大っ嫌い!!」 その時から、は啓介を徹底的に無視し始めたのであった。 ――その日の夜。 啓介はやや緊張気味にの住むマンションを訪れていた。 が、ここまで来ておいてチャイムを押す勇気が出ない。 一体どんな無理難題をつきつけてくるのやら、考えただけでも気が重かった。 今日何度目になるかわからないため息をつき、一度深呼吸をすると勢いよくインターホンに手を伸ばした……。 通されたリビングは噎せ返りそうな程の甘い匂いに満ちていた。 一歩足を踏み入れた途端、吐き気をもよおした程である。 冷汗を浮かべながら、そういえば今日はバレンタインだったっけ、などと思い出す。 その瞬間、背筋をいや〜な汗が伝い落ちた。 「……まさか…な……」 そこまで酷い罰が待っているとは、思いたくなかった。 しかしこの状況はそれしか答えが生み出せず……。 がお盆を持ってあらわれるまで、啓介は微動だにすることができなかった。 「啓介さん、お待たせ!」 にこやかにエプロン姿のが颯爽と登場する。 お盆の上に乗っているものを見た瞬間、啓介は本気で意識を失いかけた。 真っ青に顔色を変える様子を面白そうに見つめながら、はことさらゆっくりと啓介の前にお盆を置いた。 「夕飯まだでしょ?私が、心をこめて、啓介さんのために作ったんだ。 食べてくれるよね?もちろん、ひとかけらも残さずに」 ほぼ半泣き状態で見つめられはするが、そんなことはおかまいなしだ。 は嬉々としてお盆の上に乗っている物を啓介の前に並べていく。 大きなチョコレートケーキ、甘そうな匂いとともに湯気を立ち昇らせるホットココア(生クリーム入り)。 おまけで何種類かのこれまた甘そうなクッキーとパウンドケーキが添えられている。 啓介は眩暈を起こし、頭を抱え込んだ。 「食べてね、啓介さん。ちょっとでも残したら……わかってると思うけど、別れるから」 その目の輝きで、が本気なことを悟ると啓介はがっくりと肩を落とした。 元は自分が撒いた種である。刈り取らねばなるまい……。 「ね、念の為聞きたいんだけどさ、…」 「なーに?」 「全部食べたら、水に流してくれるのか……?」 おそるおそる、といった発言にの眉が跳ね上がる。 しばし思案した後、にこやかな笑みが返された。 「もう浮気しない?」 「絶対しない。二度としない」 こんな仕打ちは一回でたくさんだ、と本気で思ったらしい。 気迫のこもった答えだ。 その鬼気迫る言い方に満足そうに目を細めると、は食事を促した。 「次やったら、その三倍食べてもらうから。煙草とお酒も没収。わかった?」 「はい……」 「じゃあ、全部食べたら許してあげる」 楽しそうなの言葉に、啓介は泣き出しそうになりながらフォークを手に取った。 「アリガトウゴザイマス、お姫様……」 ほんの少し、ケーキの欠片をフォークの先に取り勇気を出して口に入れた。 次の瞬間顔を真っ青にしてむせる啓介の姿があった……。 「ああ、そうだ。後で今言ったこと誓約書にするから、サインしてね」 ハートマークを周囲に飛ばしながら告げるに、啓介はほとんど泣きながら了承した。 これ以上の怒りは買いたくない!という心のあらわれであった。 「おいしい?啓介さん」 くすくす笑うに、啓介はもう二度と過ちは犯すまい、と心に硬く誓った。 「……す〜〜〜〜っごくおいしいよ、」 病人よりも酷い顔色で笑う啓介に楽しそうな微笑が返る。 ため息をつきつつ、啓介は恋人の許しを得るため目の前のナイトメアより強大な敵に挑むのであった……。 〜後日談〜 「もう一つ聞きたいんだけど……」 「何?」 「……さ、俺の嫌いなもの、知って……た?」 「当たり前じゃない。とっくの昔に調査済み。中々面白い罰だったでしょ♪ 甘い物が大嫌いな啓介さんにとって」 「頼むから、もう二度としないでくれ……」 にこにこ笑みを絶やさない恋人に向かって、啓介が涙目で許しを乞うたことを付け足しておこう……。 サイト一周年おめでと〜〜〜〜!! つたないへぼへぼドリームだけど、プレゼントさせてね♪ 一方的に贈るものだけど、返品は不可なんでそこの所夜露死苦!!(←死語?) 大変だと思うけど、これからもサイト頑張って下さいませ☆ 影になり日向?になり、応援してるからね! 2月14日 バレンタインデー 親愛なる管理人へ・葵 詩絵里 ※ めずらしくタイトルがついておりました(笑) そのままup。 ありがとうございました‥‥ ホントに‥‥バレンタインとかの企画物時期に 凄くありがたい頂き物ばかりで‥‥;; 今後とも宜しくお願いしますです〜。 ‥‥しかし、怖いな主人公‥‥; ・水音 ブラウザback |