Little mis−take




「やぁ、ちゃん、今帰りかい?」
 声をかけられ振り向くと、そこには車と共に覚醒仲間の五十嵐啓介がいた。
 は微笑んで傍に寄る。
「あっ、五十嵐さん。私は今帰りです。…お仕事の帰りですか?」
「ああ、これからシゲさんのところに行くんだけど…乗ってくかい?」
 その申し出に、は一も二もなく乗り込んだ。

 啓介の車が片山家に向かって走り出す。
 彼の運転テクニックは凄いので、は結構関心していたりする。
 自分が免許を取る時には、是非指導願いたいと思う程。
「そういえば、片割れはどうしたんだ?いつも一緒だろ?」
「今日、授業で居眠りして、沙夜香先生に残されてます。」
 その名を聞いて、啓介の表情が柔らかくなる。
 はその表情の変化を見逃さなかった。
「…なんで五十嵐さんって、ヨリ戻さないんですか?」
「なっ…いきなりどうしたんだ?」
 少々慌てた様子の啓介に、は楽しそうに笑った。
「だって、まだ好きなんですよね、先生の事。」
「なんでそう思う?」
 用もないのに(いや、仕事だろうけど)学校にいたりとか、よくに沙夜香の状況を聞いてきたりと、なにかとに会いに来ては情報の提供を求めて来た。
 それこそ、喫茶店に誘ったりとか、デパートで服を見たりとか(先生好みの服を見るためであろうとは推測)、色々手を尽くしているように見受けられる。
 そう啓介に告げると、彼の笑顔が固まった。
「…五十嵐さん?」
 突然がっくりと肩を下げ、少しばかり目が潤んでいるように見えた。
「…いや、なんでもないよ…いい…。」
「?」
 余り元気のない啓介を不思議そうに見たけれど、彼がそうなった理由はわからなかった。
 そうこうしている間に、車はマンションの前へ。

「ただいまー!」
「お邪魔しますっと……相変わらず凄い荷物だな…。」
「これでもこの前、弘樹と一緒に片付けたんですけどね…はは。」
「さすがだシゲさん…。」
 苦笑いしつつ広間へと歩いていく。
 荷物が凄い、といっても、最盛期よりは全然ましである。

 広間には茂がいた。
 二人に気づき、手をひらひらと振る。
「おお、お二人さんどうした?」
「叔父さんただいま。私はお風呂入っちゃうね、上がったらご飯作るから。」
「おう。」
 が脱衣所の方へ消えるのを目で追ってから、啓介は茂の前のイスに座った。
「シゲさん、これ、この前とった写真現像して来たから渡すよ。」
「ああ、すまんな。…ふーむ、よく撮れてるな。」
 写真をチェックしながら茂がビールを啓介に勧める。
 啓介は車だからと断った。
 かわりに茶を勝手に出して飲め、といわれ、冷蔵庫からお茶を拝借する。

「…それにしても、五十嵐。が気になるのか?」
「ぶっ!げほっ…っ…シゲさん!?」
 飲んでいたお茶を吹き出しそうになりつつ、慌てまくる啓介にニヤリと笑う茂。
「おい、五十嵐どうしたんだー?むせたりして…。」
「けほっ……な、なんでもない。」
 誰が見ても全然なんでもないようには見えない。
 茂はさも面白そうに続けて言葉を吐く。
「…今風呂だぞ、覗くか?」
「シゲさんっ!」
「冗談だ、本気にするな、全く…バレバレだな。」
 少し頬を染め、お茶を飲み干す啓介。
「…なぁシゲさん…ちゃんって結構ニブいのか?」
 テーブルに片肘をつき、手に頬を乗せる。
 茂は、こいつは重症だ、と思いつつ啓介の質問に答えることにした。
「あー、ニブいというわけじゃないぞ。ただ、お前の場合はちょっと別だな。」
「どういうことだ?」
 眉間にしわを寄せ、肘をつくのをやめて茂にずずいっと詰め寄る。
 余りの必死ぶりに、茂のほうはニヤけるのを留めるのが大変だったりする。
「お前、あの先生の元彼氏ってのが問題なんだよ。あいつはお前が先生とヨリを戻したがってると思ってるんだ。」
 啓介は事の成り行きを察してがっくりうなだれる。
 に近づけるようにと振った話題が、まさか自分の首を締めているなんてこれっぽっちも思っていなかった。
 確かに、最初から自分が沙夜香とヨリを戻したいと思っている、という前提での会話だったら、そう取れなくもない、と啓介は思ってしまい、力が一気に抜ける。
のヤツは、自分が対象になるなんてこれっぽっちも思っちゃいないだろうからな。」
 茂はわざわざ右手の親指と人差し指で、その“これっぽっち”をサイズとして表現する。
「…はぁ…。」
 深く溜息をつく啓介に、茂は少しばかり考えた。
「…よし、五十嵐。が風呂から上がってきたら、俺に渡す機材を忘れたとかいって、お前の家に取りに行かせるから、なんとかしろ。」
「なっ、なんだって!?」
 茂の言葉に驚く啓介をよそに、茂はいたって真剣な顔。
「いーか、しっかりやれよ。これは貸だからな。」

 …結局、このままでは埒があかないと踏んだ啓介は、茂の申し出を受けてを乗せて自分の家へ。
 すきっ腹のを連れまわすのはかなり悪い気がしたが、この際仕方ない。
「おじゃましまぁす…。」
「ちょっと待っててくれ、機材を車に運んじまうから。コーヒー入れるよ。」
「すいません。」
 啓介はコーヒーをに出すと、自分は車に重そうな荷物を運んでいった。
 本当は渡す予定でもなかったけれど、まあ、こういう状況だからと次の仕事に使う機材を運んでいる。
 手伝う、と言ったの申し出はやんわり断られた。
 凄く重いから、という理由で。

 戻って来た啓介は、の前でコーヒーを飲み始めた。
「五十嵐さんのコーヒー、美味しいですね。泥コーヒーとは大違い!」
「あれほど不味いコーヒーは滅多にないよ。」
 くすくす笑う啓介に、も“そうですね”と微笑んだ。
 自分の心と格闘しながら、啓介はに真撃な目を向けた。
「…五十嵐さん?…あ、早く帰ってご飯の支度しなきゃ…。」
 は自分のお腹が少しばかり鳴ったので、赤くなった。
「そうだな、送るよ。」
 結局、素直に車に乗り込む啓介。
 これじゃいかん!と片山家へ向かう途中の公園の路肩に寄せる。
「どうしたんですか?」
「…、俺の事どう思う?」
 いきなりの質問には一瞬戸惑うが、すぐに返事は返ってきた。
「好きですよ?だから先生と上手くいけばいーなと思ってます。」
「…俺の事好きなのに、沙夜香と上手くいけばいいと思ってるんだ。」
「…五十嵐さん、だって…先生の事…。」
 ちょっとシュンとするが可愛くて、抱き締めたい衝動にかられる。
 そういう自分を隠して、啓介は話を続けた。
「俺はが好きだ。」
「……。」
 目を大きくさせて驚く
 上手く言葉が出てこないようで。
「…俺と付き合ってくれ。」
「あ、えっ…だって…先生は!?」
「沙夜香とはもう終わったんだよ…ずっと前にね。」
 ちょっと複雑な顔の啓介に、はなにを言っていいのかわからない。
「…やっぱ五十嵐さんには…先生の方が…私、お子様だし…。」
「……俺はがいい。」
「信じられないです。」
 ふぃっと窓の方を向くの顎をつかみ、こっちを向かせる。
「…じゃ、これで信じてくれ。」
「…っん……!!」
 啓介の唇との唇が重なり合う。
 触れるだけの優しいキス。
 はポーッっとなってしまった。
「…信じた?」
「……しっ……信じた……。」
「付き合ってくれ…るか?」
「…ん………は、い。」
 何度も繰り返されるキスの合間に返事を返す。
 啓介は“はい”の言葉に微笑んだ。
「…五十嵐さんって強引ですね。」
 は赤くなる顔を隠すように、自分の頬を両手で覆った。
 啓介は、追い討ちをかけるようにの額にキスすると、車を走らせた。
「五十嵐さんって、ホントに熱いですね。」
「そうかい?元刑事だからな、浮気したら恐いぜ?」
「………肝に銘じます。」
 微笑むの視線を感じながら、車を走らせた。
 茂に御礼をしないと後が恐そうだと感じながら………。





2001/6/26

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